逆巻く光の奔流が、圧倒的な熱量でニカノールたちを包んだ。  それが、星喰の最初の攻撃。  まず攻撃ありきの、害意と悪意で燃え盛る白焔が迸る。  まるで全てが漂白されてゆくような錯覚の中、ニカノールは見た。 「ッ、グ! あ、ああ……エランテ! クァイ!」  嘲笑うかのような星喰の下に、小さな小さな少女が両手を広げていた。  そこから広がるほのかな、とても優しい光が炎に拮抗している。  とても儚げにゆらめく、それはブラニーの秘術。アルカディア大陸に生きる四種族がそれぞれに持つ、特別な力だった。  静かに、そして確かに光の盾が若草色に輝く。  その影に守られて、ニカノールたちは消滅の危機を免れていた。  だが、おぞましい叫び声と共に星喰が震えれば、視界が輪郭と色彩を奪われる。  そして、気付けばニカノールは……なにもない場所に立っていた。  無に満ちて、静寂。  天も地もなく、時間と空間も感じられない。  ただ、目の前になにかがいた。  そこだけが黒く歪んで直視できず、気配と存在感だけが薄れながら揺れている。なにかが消える間際の、その瞬間が永遠に引き伸ばされているのだ。  そしてニカノールは、小さくなってゆく魔性の正体に気付いた。 「……そこにいるのは、クァイ、なのかい?」  頷くような気配があった。  そして、くぐもる声が苦しげに絞り出される。 「ク、ハ、ハハ……不意打ちたあ、身も蓋もない野郎じゃないか。なあ、ニカよう」 「そう、だね。でも、君が守ってくれたんだよね?」 「夢を、喰っちまったからなあ。あの子の、夢を……知っているかい、ニカ。あの娘の、エランテの夢を」  聴こえる声が遠ざかるような、薄れてゆくような感覚があった。  目の前で蠢く真っ黒ななにかが、微笑んでいるのだけがわかる。そう感じるからか、不思議とニカノールは怖くなかった。 「エランテは、小さな名も無き村の娘でな……地図にも載ってない田舎だ。でも、あの子は……冒険者になりたかったんだ」  初耳だ。  常にエランテは眠っていて、彼女の身体を借りて戦ってくれるのは常にクァイだった。そのクァイが宿主を語るのも初めてで、でもそれがとても自然に思える。 「知らなかったよ、クァイ。でも、今知った。ならもう、わかったよ」 「……頼める、か?」 「勿論、他ならぬ仲間の頼み、クァイの願いならね。知らないのかい? 冒険者は義理堅いんだ」 「ク、ハハ! ハ! 知っていたよ。ハハ……ニカ、お前は、本当に」  ――喰えない男だ。  それだけ言って、影が霧散してゆく。  その中から確かに、ニカノールは小さな女の子を受け取り抱き締めた。  なにもない無が凪いだ空間で、エランテの身体だけが温かかった。  そして、不意に意識と感覚が現実に戻ってくる。  気がつけばニカノールは、灼けた空気の中にうずくまっていた。 「……受け取ったよ、クァイ。夢は、味わえたかい?」  返答はないし、聞く必要もなかった。  そして、頭上には今……見難い顔をひきつらせる星喰の姿が浮かんでいる。  初手から恐るべき攻撃をしかけてきたが、その様子が妙だ。  それに最初に気付いた男が、そっと盾を構えて前に立つ。 「よお、ニカ……ひょっとしてオイラたち、クァイの旦那にでかい借りを作っちまったかい?」 「そう、みたいだね。なら、借りは返すだけだ」 「そうでなくちゃな。どれ……おっぱじめようじゃないの」  コッペペが銃を抜けば、他の者たちも即座に身構えた。  みんな、無事だ。  怪我一つない。  クァイが、エランテが守ってくれたからだ。  恐らく、ブラニーの秘術……イージスの盾と呼ばれる絶対防御の法がなければ危なかっただろう。この場所は消滅し、ニカノールたちは骨すら残らない。  そして、アルコンの哀しみと世界樹ごと、この惑星は喰われる。  だが、そうはならなかったのだ。  星喰の悪食に、夢喰いの矜持が勝ったのである。 「みろよ、ニカ……やっこさん、初っ端から気合い入れすぎたせいか、お疲れのようだぜ?」  コッペペの言う通りだった。  星喰は苦しげに身悶え、明らかにダメージを表情に滲ませている。  その全身から、禍々しく生えていた無数の機器がボロボロと崩れ始めていた。どの器官にも恐るべき力が秘められているようだが、それを一気に全部使い果たしたかのようだ。  他の仲間もそう思ったのか、真っ先にノァンが気勢を叫ぶ。 「ニカ! みんなも見るです! 星喰が弱ってるです!」  そう、中央の核ブロックを残して、あっという間に星喰は丸裸になってしまった。  罠かもしれないという警戒心もささくれ立つが、ニカノールにとっても答えは一つしか思い浮かばない。躊躇している余裕もないし、そうする理由なんて皆無だ。  そっと横に並んでくれたワシリーサに、眠るエランテの身体を預ける。  そして、即座にニカノールは周囲に三体の死霊を呼び出した。 「よし、やろうかみんな……今度は僕たちの番だ。星より重い一撃、たらふく喰らわせてやろう」 「ええ、ニカ様! わたしも援護します。わたしは、ワーシャは……初めて許してはならぬものを知りました!」  珍しく、あの温厚で穏やかなワシリーサが怒っていた。  拗ねてみせることはあったし、女の子のずるさを見せてくれることもあった。だが、怒ったワシリーサを見るのは初めてかもしれない。  端正な表情が今、凛々しく引き締められている。  彼女の大きな瞳は、苦悶に喘ぐ星喰を見定めていた。  そして、そんなワシリーサに影のように寄り添う長身も大鎌を翻す。 「ニカ、そしてノァン。ついでに、コッペペ。ワーシャは私が必ず守る」 「おいおい、オイラはついでかい? スゥちゃんよぉ」 「コッペペからも守ろう。悪い虫がつくのは、それはいけないことだからな」 「トホホ……オイラってば信用ないのね。んじゃま」  へらりと笑ったコッペペの表情が一変した。  最前線に立つ彼の背中が、いつもの何倍も大きく見える。  そこには確かに、初めて本気を見せる熟練冒険者の姿があった。 「みんなで星喰をやっつけて、逆にお星さまにしてやるです! ううぅ〜、わあああっ!」  気迫を叫んで、ノァンが走り出す。  ニカノールも死霊を操り、改めて戦いを仕切り直した。  真の死闘が幕を開け、未来が天秤の上で揺れ始めた瞬間だった。