耳をつんざく銃声と、絶叫。  そして、巨大植物の魔物が金切り声を歌う。人間で言えば頭部にあたる花弁の部分が、樹液を振りまきながら身悶え震えていた。  トドメを刺したつもりだったが、なんたる生命力か。  思わずジルベルトが驚いていると、背後で不意に声がする。 「おいおい、ボウズ。殺すなら最後まできっちりな? ったく」  振り向くと、若い男が拳銃を手に立っていた。  どこか軽薄な笑みを浮かべて、斜に構えた雰囲気のガンナーだ。彼はそのままニ発、三発と銃弾を叩き込み続けて、リボルバーの弾薬を瞬時に交換する。  熟練を思わせる瞬時の装弾と同時に、男は「んんんー?」と顔を寄せてきた。 「はあ、お前さん……女か! 悪ぃ悪ぃ、そんなナリだからよ。しかも、可愛い顔してるじゃねえか」 「あ、あの、し、失礼じゃないですか?」 「ん? ああ、勘弁しろや。なにせ育ちが悪くてね。それより、まひろっ! そこにいるな!」  突如現れたガンナーが、まひろの名を叫ぶ。  唖然とするジルベルトは、リベルタと顔を見合わせ瞬きを繰り返すだけだった。そう、二人の絶妙な連携攻撃は、恐るべき食人植物を倒しきれていなかったのである。  そして、花粉を振りまく魔物はいよいよ怒りに震えて暴れまわる。  部屋の隅で触手の攻撃を避けつつ、まひろが例の奇妙な死体を抱えて立ち上がった。 「あっ、兄様! まひろはここです、無事なのですっ」 「無事ってお前……あーもぉ、また怪我してるじゃねえか!」 「掠り傷です、すくまた治るのです」 「そりゃ、そうだけどよぉ……まあいい、お前はその、なんだ? そのひょろい姉ちゃんを守れ。死体でも葬式くらいは出してやらにゃいかんしな」 「はいですっ!」  この人物が、まひろの兄なのだろうか。  ジルベルトは思わず、郷里で待つ兄のことを思い出す。 「あにさまとは全然違う……」 「まあ。それはともかく。少し下がりますわ、ジル様」 「あっ、そのキャラまだ押し通すんだ、リベルタ」 「……しまった、イケメンが現れてつい条件反射で」  いよいよ広間は混戦模様を呈してきた。  その中で、男は的確な射撃で敵を追い詰めてゆく。まひろになにかを叫んでいるが、同時に見もせず巨大な魔物を食い止めていた。  どこか粗野でやさぐれた印象が、ジルベルトの兄とは大違いだ。  でも、この人物がいなければ今頃……そう思うと背筋を悪寒が走った。 「お嬢ちゃんたちも一度下がりな。そっちのチンチクリンは帝国騎士だな? その様子じゃ、あと5、6分は戦えねえだろ」 「チッ、チンチクリン……!? 言わせておけば、おめー! 失礼ぶっこきめしませだわさ!」  興奮で言動があやふやになっているリベルタだが、男の言う通りである。インペリアルが使う砲剣は、圧倒的な攻撃力と引き換えに長い冷却時間を要する。今もリベルタの手にする大剣は、白い湯気を巻き上げながら沈黙していた。  そして、いよいよ触手の攻撃が激しさを増す。  激震に揺れる天井がパラパラと零れ落ちて、まひろの兄も舌打ちに顔を歪めた。 「やべぇ、ちょいと火力が足りないぜ……騎士の嬢ちゃん! 冷却完了まであとどれくらいだ!」 「早くても3分かなー? っと、3分ですわ」 「こっちも連れがいたんだが、ちょっとな。ハイランダーってなあ、妙に律儀に過ぎるのがいけねえ。っと、そこっ! ああもう、うじゃうじゃわきわきと鬱陶しい!」  まひろは上手く部屋を回り込んで、扉の前まで戻ってきた。  その姿を見て、ジルベルトは言葉を失う。  激しい流血の奥では、もう既に傷口が塞がりかけていた。  ますます訳がわからない。  だが、まひろは例の死体を肩に担ぎつつ剣を構えた。 「兄様、わたしが」 「だーめ、だめだっつーの! 流石にこいつはやべぇぜ、逃げる準備しとけ」 「は、はいっ!」 「そっちのお嬢ちゃんたちも――ッ!?」  その時だった。  半開きだった扉の向こうから、ゆらりと人影が歩み出た。  羊皮紙とペンを持ちながら、その男はなんとも自然な所作でこの修羅場に踏み入ってきたのだ。  その顔にジルベルトは見覚えがあった。  まひろも目を丸くして驚きの声をあげる。 「あっ! あ、あなたは」 「さっきのハイランダーさんです!」 「え、えっと、ここでなにを……あと、なんですかそれ」  思わずジルベルトは指さしてしまった。  先程マギニアで助けてくれた、エイダードだった。その彼が何故か、頭に小型犬を乗せたままぼんやりと立っている。どこか眠たげな目は、周囲をじろりと一瞥して溜息を零した。  そのまま彼は、手にしたメモへ筆を走らせる。 「この部屋で最後、っと。おーい、ヴァイン。これで地図は完成だ。あとは探索司令部に」 「ちょっと待てエイダード! 見ろ、鉄火場だっての! お前も手伝え!」 「んー、ああ、確かになあ。って、どえらい魔物が暴れてるじゃないか」 「見ればわかるだろオイッ! さっき言ったよな、俺は言った! 地図ができるまでは協力しようぜってなあ!」  どうにも乗り気じゃないらしいが、エイダードは「ふむ」と唸って槍を構える。  次の瞬間、部屋の空気が一変した。  エイダードの全身から、張り詰めた闘志が漲り広がってゆく。  その恐ろしさがわかるのか、人喰い植物はビクリと震えて絶叫した。  頭の上に乗っていた小型犬が飛び跳ね、逃げ出してゆく。その先へとジルベルトが視線を滑らせれば、追いついてきたカラブローネとビルギッタが丁度そこにいた。  カラブローネはやれやれといった顔をしていたが、コンと石畳を杖で叩く。  あっという間にほのかな光が方陣となって周囲に広がった。  それは、エイダードが気迫を小さく叫ぶのと同時だった。 「おっ、ミスティックの援護か……ありがてえ。んじゃ、まあ、やりますか」  瞬時にエイダードの長身がすっ飛んだ。まるで点から点への瞬間移動だ。縮地にも似た体捌きは、エイダード自身が槍になったかのように鋭い。  あっという間に距離を潰して、エイダードの槍が振るわれる。  大きく真横に薙ぎ払えば、無数の触手が同時に切断されて宙を待った。 「ヴァイン、細かいとこ頼むわ。俺は、トドメを刺す」 「へいへい、人使いが荒いこって! 頼むぜエイダード!」  密着の零距離に肉薄したエイダードを、抱えて包むように蔦と弦が飛ぶ。あっという間に地獄のゆりかごが編み込まれようとした、その瞬間に銃声が歌った。  あっという間の早撃ちで、次々と枝葉が撃ち抜かれてゆく。  ジルベルトは震撼した。  強い、それも戦い慣れた本物の戦士の手練手管だった。  自分やリベルタの攻撃など、比べるまでもなく児戯に等しかったのだ。それがわかるのか、リベルタもグヌヌと唇を噛んでいる。 「さて、こいつで……終わりだ」  徐々に萎びてゆく敵へと、エイダードが一歩下がって槍を持ち替える。そのまま全身をバネに投擲すれば、剛槍は光となって恐るべき敵意を穿ち貫くのだった。  これが、ジルベルトの初めての冒険の顛末。  そして、ここから始まる数奇な運命が回り始めた瞬間だった。