カラブローネの長い長い一日が終わった。  マギニアは今、静かな夜の帳に家灯を連ねている。そして勿論、歓楽街には歌と賑わいが満ちていた。  カラブローネはエイダードを連れ、一緒に二人でヴァインを引きずるようにして店を選ぶ。クワシルの酒場に空席を見つければ、笑顔が胡散臭い名物店主が出迎えてくれた。 「さて……ヴァイン、だったねえ。いーから全部喋っちゃいなって」  席についてまずは飲み物を注文するなり、いきなりカラブローネは切り込んだ。  エイダードもうんうんとうなずきつつ、料理のメニューをパラパラと開く。  そんな二人の前に座らされて、ヴァインはまるで裁判を待つような顔になっていた。それでもヘラヘラと愛想笑いを浮かべつつ、チャージの炒った豆を指に弄ぶ。 「いや、なにから話せばいいか……つか、今日は本当にお世話になりましたぁ!」 「うんうん、大変に世話を焼かせてくれたねーえ? 特に、まひろちゃん、だっけ」 「不出来な妹でして、その、でも助かりました」 「次なねーよん? また助けるかどうかはまあ、別として……事情を知りたいんだよネ」  今日の冒険は、ジルベルトたち若き少女に貴重な経験をもたらした。  友より保護者としてジルベルトを預かる身としては、カラブローネには筆舌し難い心労の数々をもたらしたが。それも、まだいい……若き日の経験は砂金や宝石にもまさる財産である。  だが、よき師を程々に心がけるならば、不安要素には知識と備えが必要だった。 「……ヴァイン、お前さんがそこそこ苦労してきたこたあ、わかってる。今日の助力にも感謝してる。けどねえ? 今後もヨロシクやってくなら隠し事はナシだヨ」  ただでさえ今日、迷宮で奇妙な死体を拾ってきてしまったし、それをジルベルトは助けてしまった。純粋な好奇心と探究心、そして生まれと育ちからくる優しさのたまものだ。  だが、優しいだけでは生き残れないのが冒険者という生業だ。  ヴァインは観念したように、顔を片手で覆った。  その指と指の隙間に、逡巡しつつも殺気立つような瞳がギラついている。  そして、声が走った。 「――人造英雄」  騒がしい店内で、酷くよく通る声だった。  少しハスキーで、艷やかに響く。  そしてそれは、ヴァインが発したものではなかった。カラブローネが店内を見やると、カウンターで美女が静かに微笑んでいた。  際どいチャイナドレスを着た、白い肌に中性的な顔立ちの美女である。  だが、すぐにカラブローネは謎の麗人の正体を看破る。 「なにか知ってんのかい? 綺麗なにーちゃんよう」 「おや、見破られたか。フフ、目ざといな」  細くて華奢だが、骨格は男性のシルエットだ。今日拾ってきた死体とは違って、本当に男性の人間であるということをカラブローネは見抜く。  彼がカウンターから此方に向かって来るのを見て、ヴァインが突然立ち上がった。 「なっ、手前ぇ……ザッシュ!」 「久しぶりだな、ヴァイン……来る途中に見たけど、また賞金が上がってたぞ」 「う、うるせえ!」 「それにしても、マギニアに逃げ込むとは考えたな。流石だよ、バニシング・トルーパー」  ――バニシング・トルーパー。  聞き慣れない二つ名に、以外にもエイダードが反応した。彼は運ばれてきた盃を皆に配りつつ、ザッシュと呼ばれた男にも椅子を勧める。  そして、冷えたエールで唇を濡らしてからボソボソ話し始めた。 「バニシング・トルーパー……そう呼ばれる凄腕の傭兵がいるらしい。任務達成率99.8%、なんの痕跡も残さず霞のように消えてはまた現れ、その都度血が流れる」 「ほうほう、それで? さっきの、なんだねえ……人造英雄っていうのは?」  御大層な通り名よりも、カラブローネが気になったのはザッシュの言葉だ。  人造英雄。  何故か、胸の奥がざわめく。  そして、脳裏には自分でも嫌になるくらいの最悪の予想が広がっていた。  だが、現実は賢人の憂いを悪意で凌駕してきた。  悪趣味極まりない、それは人の夢が歪んだ妄念。  唇を噛んで黙るヴァインに代わって、ザッシュが話してくれた。 「とある国に、英雄機関と呼ばれる研究所があってな。そこでは、世界中の名だたる英雄の再現を目標に、様々な実験で無から最強の英雄を生み出そうとしていた」 「……ほうほう」  思わず、グラスを握る手に力が入るカラブローネ。  自分が思い描いていた事態の、何倍もの凄惨な非道を感じたのだ。  普段は温厚でのらりくらりとしているが、カラブローネは人の道に反した行為には人一倍敏感だった。ウロビトと人間、両方の社会を行き来する中で積んだ人生経験が彼を象っているからである。 「そこで造られた子供は、性別もなく、人造英雄同士で繁殖することも可能らしい。そして、あちこちの国から注文が殺到した訳だ。強くて眩しくて、いらなくなったら処分も簡単な人造英雄がな」  ザッシュは特になんの感慨もない様子で淡々と話す。  そして、最後にその英雄機関は数年前に壊滅したと告げてきた。硝子の中の養液で育った子供たちも、容赦なく殺処分されたという。  その作戦に参加した唯一の生存者が、忽然と姿を消した。  それが彼にとって、最初で最後の任務失敗になったとも。 「……なーる、なるなる……ふむ。じゃあ、まひろちゃんはあれは」 「いまや、世界で唯一の貴重な生きたサンプルだ。当然、各国が血眼で探してる」 「おっと、にーちゃんよう……サンプルなんて言うなヨ。怒るぜ?」  もう、少し、いやかなりの憤りを感じていた。  人が生命を弄んで、ただ用途と需要があるだけの存在を生み出し、使い捨てる。それはあまりにもおぞましい。同時に、カラブローネの経験が教えてくれる……ウロビトであれ人間であれ、そういう誘惑に身を焦がす者たちは枚挙にいとまがないのだ。  愚かしい、あまりにも凄惨で残忍である。 「人造英雄として造られた子供は、生まれながらに英雄行為を選択する、本能にそう刻まれてる。だから、勇者や救世主として身をいとわず戦い、英雄的に死ぬよう仕組まれてるんだ」  淡々と話すザッシュの言葉で、合点がいった。  まひろの見せた愚直なまでの献身、損得や有利不利を無視した無謀さ、無茶の連続……それは全て、一部の大人が彼女に「そうあれかし」と刻みつけた呪いなのだ。  英雄としてしか振る舞えず、英雄として終わるように仕組まれた乙女。  それがまひろの真実なのだった。  そこまで真実が告げられたところで、ヴァインが押し潰すように呟いた。 「あいつは……まひろは、死に方すら選べない娘なんだ。そういうあいつに、ここで……マギニアで、本当の自分の生き方を探してほしい」 「んでー? 探してなければ? ……いや、まあ、その時は創ればいいさなあ」  それだけ言って、カラブローネはグラスの酒を飲み干した。  厄介も厄介、とんでもない爆弾娘の真相が知れたが、意外と自分でもドライな怒りに驚いている。そして、ジルベルトとの冒険の日々にとって、不確定ようそであることもはっきりした。  だが、同時に思う……知って理解すれば、それはもう悪癖ではないと。  そうあれと望まれ生まれた生命にも、必ず別の未来があると信じたかった。 「まあ、イイヨイイヨー? ヴァイン、妹だっていうなら兄貴の仕事をしな? おいちゃんたちもまあ、同じ冒険者として今後ともヨロシクってことで」 「い、いいのか? カラブローネ、あんた……」 「若人たちを見守り、必要なら助力する。それが誰でも、手が届く範囲内でだけは、ネ」  話は終わったとばかりに、次々とエイダードの注文した料理が運ばれてくる。  カラブローネは世界の闇を垣間見て尚も、その先に灯る光を信じられるのだった。