その夜、クワシルの酒場は大いに盛り上がった。  そして、意気投合したザッシュとエイダードは、ヴァインを引きずるようにして花街へ消えていった。若さを見送りつつ、カラブローネは酒場のマスターを中心に軽く情報収集しての帰宅となった。  夜も更けて、湖の貴婦人亭へと歩けば月明かりが影を引きずらせる。 「さて、どうしたもんかねえ……ふむ」  足取りは確かで、少し酔っていても意識は冴え渡っていた。  それどころか、おせっかいな義憤に燃えたぎってもいた。  人のエゴと欲、それは種族を問わず常にあり続ける。カラブローネのようなウロビトは勿論、イクサビトやアルカディア大陸の四種族たちにだって根付いているのだ。  時として、愛や勇気、友情へと転換されて夢を目指す。  人の本質であり、それ自体は正邪の別なくただの力だ。  しかし、人はいつでも時々……力の使い方を間違える。 「人造英雄……あー、やだやだ、やだねぇ」  心底うんざりだった。  酸いも甘いも嗅ぎ分けた、冒険者としてもそこそこ世界を旅してきた自負はある。カラブローネは、若い頃から様々なことを見聞きし、経験してきた。  美しい光景や素晴らしい体験もあった。  同じくらい、醜く汚らしい想いもしてきたのである。  その中でも、今夜聞いた話はとびきりのものだった。 「ま、そのへんはねえ……なるようになるでしょうよぉ」  助言はするが手は貸さない、そう決めた。  英雄として生まれ、買われた先で英雄として死ぬ……そういう製品であるまひろの問題は、その生命を引き受け助けたヴァインの問題でもある。  若者の成長と成功を見守ることは、やぶさかではない。  しかし、一蓮托生のリスクは、これは引き受けられなかった。なにより、友人より大切な愛娘を預かる身としては、クレバーな優先順位が確かに存在していた。  そして、はっきりと確信している。  その娘は……ジルベルトは、その真っ直ぐさでまひろを助けてしまうだろう。 「さてさて、どうなることやら」  宿へと戻って、静かにドアを開ける。  既に館内は静まり返っており、店番の少女ヴィヴィアンもカウンターに突っ伏している。というか、カラブローネはこの少女が起きてるところを見たことがない。まだ初日だが、一日中頭に猫のマーリンを乗せたまままどろんでいるように見えた。  その安らかな寝息を邪魔しないように、静かに部屋へと向かう。  しかし、突然の衝撃にカラブローネはあやうく絶叫仕掛けた。 「――ッ、ッハ! ななな、なにやってんのよおたくは……はあ」  薄闇の中、部屋の前にぼんやりと影が浮かんでいた。  酷く細くて白い、それは死体だ。  正確には、今日の迷宮でジルベルトたちが救出した死体、生き返った死体である。便宜上は彼と呼ぶが、その実男か女かもイマイチはっきりとしない。  だが、瞬きすらせず直立不動の影は静かに喋り出した。 「おかえりなさいませ」  酷く抑揚に欠く、おおよそ感情や情緒というものを感じさせない声音だった。それでいて発音は正確で、それ以上のなにものも伝えてこない。  鉱石ラジオが録音や放送ではなく、ラジオ自身の声で喋っているようである。  そう、どこか機械然とした奇妙な不安感があった。 「おおお、お前さん……なーにやってんの、こんなところで」 「任務に備えて休息中です」 「任務だあ? なんだそりゃ」 「……記録データ破損、検索不能」  意味がわからない。  だが、ぼそぼそと喋る青年は、透き通った瞳の奥に小さな炎を燃やしていた。それだけが唯一、彼を機械ならざる存在として立たせていた。  何故、この男は数百年レベルの時を迷宮の大自然に沈んで過していたのか。  どうして、この現代に蘇ったのか。  それもまた、カラブローネにとっては頭の痛い問題だった。 「はあ……ま、いいかあ。お疲れさん、ってことで」 「了解。待機状態を維持します」 「……そういや、お前さん、名は?」 「個体名、登録ナシ。……私たちは、HFW767-[Outis]。なまえのないもの、とも」 「たっは、不便じゃないかね、それ」 「不自由は感じません」 「いや、俺たちが困るんだよって話、な?」  なんだかどうにも、掴みどころがない。  まず、何故部屋の前に突っ立ってるのかも意味不明だ。  しかし、硝子のような視線は先程から一点を見詰めている。  それは、ジルベルトが休んでいる向かいの部屋だった。 「……お前さん、歩哨でもやってるつもりかい?」 「つもり、という表現は不適切です。警戒Lv3相当の警備を実行しつつ休息中」 「ははあ、なるほどねえ。お前さんなりに恩義を感じてるって訳かあ」 「現時点で判断できる最良のコマンドを実行中です」 「うんうん、そういう義理堅い奴は嫌いじゃないぜ? じゃあな、おやすみユーティス」  カラブローネの言葉に、真顔のまま青年は首を傾げた。  だが、カラブローネは振り返らずに寝室のドアを開ける。 「ウーティスってなあ、響きがよくない。少し抜けてんだよなあ。そういう訳でお前さん、ユーティスだ。悪くないだろ?」 「……個体名、登録。私は、ユーティス」 「うんうん。あとな、ここは安全だ。お前さんも頼むから横になって寝てくれや。正直、心臓に悪いからねえ」  しかし、ユーティスは静かに首を横に振った。  だから、カラブローネもなにも言わずにドアを閉めて福を脱ぐ。今日は初日から結構疲れたし、それなりに睡魔も囁いてくれている。  それと、もう一つ。  酒場での情報収集で、奇妙な噂を聞いたのだ。  そのことも考えておかねばと思いつつ、ベッドに身を投げ出す。清潔なシーツからは、日向の匂いがした。毛布にくるまれば、あっという間に意識が輪郭を滲ませる。 「あとはまあ、なんだ……始めてなのに、見たことがある……そんな迷宮、あんのかねえ」  あくまで噂だ。  だが、聞き捨てならないのも事実である。  既に最初の迷宮を超えて、ベースキャンプから次の迷宮へと旅立った冒険者たちが大勢いた。その一部が、こんなことを言っていたという。  ――この迷宮は、何故かどこかで見たことがある。  それがなにを意味するかはわからない。  カラブローネも、若い頃から様々な迷宮を渡り歩いたことがある。世界樹の迷宮に限らず、太古の遺跡や大自然の洞窟は、一つとして同じものはない。外とは隔絶された不思議な空間で、時として四季や昼夜、気温や景色さえもありえない変化を見せるのだ。 「それが、見たことあるだあ? そりゃ、なんだ……この胸騒ぎは、なんだ……」  徐々に瞼が重くなって、カラブローネはまどろみに身を委ねた。こういう時の布団は本当に気持ちがよくて、今日の疲れが白く溶けていくようだった。  しかし、いい気分で寝入った直後……絶叫と悲鳴にカラブローネは叩き起こされる。  なにごとかと顔を出すと、先程と同じ立ちん坊のユーティスの前で、ザッシュとエイダードが恐怖体験に凍っているのだった。