カラブローネたち一行は、命からがらマギニアに帰り着いた。  そして今、湖の貴婦人亭の食堂で正座する若者が三人。  ユーティスとヴァイン、そして半べそのまひろである。  カラブローネは一応、年長者として然るべき対応をせざるを得なかった。とてもとても億劫で、とてつもなくダルい話だがしょうがない。  ことは命に関わるし、今日生き延びたのはただの幸運だった。  ウィラフと名乗った女剣士が助けてくれなければ、死んでいたかもしれない。 「……とまあ、おじちゃんはそう思うわけだヨ」  さて、どうしたものかと唸る。  もう嫌になってきてるし、それが若干顔にシワワっと出てしまってる。  それでも、腕組み仁王立ちでぐるりと三人を見渡す。 「まず、まひろちゃんよお」 「は、はいぃ……」 「無茶はいけねえナ。無理じゃないって思ってても、見てるこっちはハラハラするんだねえ。それと」 「そ、それと?」 「もっと周りを頼んなさいヨ。いくら強くても、まひろちゃんが死んだら元も子もない。ジルに言われたこと、忘れないよーに」  まひろは普通の人間ではない。強靭な体力と超人的な身体能力、反射神経、加えて言えば以上なまでも代謝能力……しかし、性別こそあやふやだが一人の女の子だ。  そんなまひろに、ジルベルトは今日言ってくれたのだ。  まひろが生き続けることが、結果的にもっと沢山の人を救えると。  これはカラブローネにとっても、成長を感じるいい言葉だったと思う。 「反省してるです……で、でも、こぉ、頭の中が真っ白になって」 「そ、そういうとこだぞ、お前。とにかく、暴走すんなって言ってるだろ」  すかさずカラブローネは、口を挟んできたヴァインの頭をポコン! と杖で叩いた。  どの口がと思えば、一番の元凶とも言える青年は俯き黙る。 「ヴァインもさあ、お前さんはお兄ちゃんだろぉ? 家族やってるんだよねえ?」 「ウ、ウス」 「衣食住に不自由がなきゃいいってもんじゃないの。ちょっとは考えなさいよ、真面目に」  ヴァインは傭兵、戦場を渡り歩く孤高の狩人だ。  そんな彼に、まひろという特異な少女は重荷かもしれない。だが、それを背負うと決めたのは彼自身なのだ。だからからブローネは、絶対に手伝わないが助言だけは忘れないつもりである。  そのヴァインだが、膝の上に拳を握り締めながらボソボソ呟いた。 「まひろ……あんな、一つだけ。一つだけ、俺と約束してくれ」 「は、はいです」 「みんなのために戦ってもいい、誰を守ってもいい。でもな、頼みがある」  ヴァインは相変わらず目を伏せているが、そっとまひろの手を握った。 「いの一番に、真っ先に守ってほしい奴がいんだよ」 「兄様、それは……わたし、頑張るです! 誰ですか? 兄様、お嫁さんとかいるんですか!? あのザッシュとかいう人ですか!?」 「ち、ちげーよ! あれは……腐れ縁というか、お邪魔虫というか。じゃなくてな、まひろ……俺の妹を守って欲しいんだよ。危なっかしくて、でも一途で頑張り屋で、どうしようもなく真っ直ぐ過ぎる……そういう妹をまず、守ってくれ」  まひろは、はっとした表情で固まった。  次の瞬間には、眩しい笑顔でヴァインに抱き着き押し倒す。  まあ、この兄妹は大丈夫だろうとカラブローネは思った。妹を育てるということは、兄として成長せねばならないということ。それがヴァインに少しでもわかっていれば、あとは見守るだけである。面倒だし、巻き込まれない程度に。 「はい、いいよいいよぉ。で、問題はお前さんだ……ユーティス」  そして、最後の一人にカラブローネは向き合う。  ユーティスは今も、すました無表情で黙って座っていた。 「ユーティス、一つ聞くぜ? お前さんに俺ぁ、言ったよな? 嬢ちゃんたちを守れって」 「はい」 「……ジルとまひろちゃんは守ったが、リベルタ嬢ちゃんが危なかったよなあ? ええ?」  だが、意外な答えが返ってきた。  当然とも言えるし、予想もしてた即答だった。 「あの時点で、私に救出可能なのは二人が限界だと思いました。リベルタが背負っていたのは死体でしたし、二人と一人、優先度の高いジルとまひろを優先しました」 「……だよなあ。お前、そういう奴だよなあ」  真顔でユーティスは首を傾げた。  本当に、わかっていないようである。  そして、彼の判断がベターだったとからブローネは理解していた。その上で、やはり言っておかねばならないことがあった。 「いいか、ユーティス。命を数えるな。比べてもいけねえ」 「しかし、リベルタと死体を救出するよりは」 「人間の死にはなあ、一定の尊厳と敬意が必要なのサ。危機的状況じゃ、それもなかなかままならないけどねえ」  それでも、まひろが救ってきた冒険者を、ジルとリベルタは連れ帰ろうとした。その全員をユーティス一人に守れというのは、これは酷である。 「そんな訳でサ、ユーティス。手に余ることがあったら、お前さんも仲間を頼んなさいヨ」 「仲間を……頼る」 「あと、ジルを優先して助けてくれたことには感謝してる。本当にギリギリの時ぁ、遺族だ葬式だは考えてらんないからねえ」  そういう訳で、反省会は解散となった。  カラブローネとしては、非常に不安要素の多いギルドメンバー、そして冒険者仲間だと思っている。だが、強くて賢い者たちをずらりと並べても、ジルベルトの成長には繋がらないだろう。  それに、彼自身も関わってしまったからには、一応それなりに見届けたくもあるのだ。  立ち上がって、三人はそれぞれ自室へと引き上げてゆく。  そんな夕暮れ時、西日の中から意外な人物が声をかけてきた。 「引率の先生も大変、って感じ? お疲れ様、えっと……カラブローネ? だったよね」  振り返ると、茶の湯気がくゆるカップを二つ手にした女が立っている。その片方を渡してくる、それは先程助けてくれた剣士のウィラフだ。  ありがたく頂戴しつつ、カラブローネはやれやれと頭をバリボリ掻きむしる。 「そういうんじゃないけどねえ。ま、さっきは助かったヨ。ありがとさん」 「いいんだ、気にしないで。私も昔は無茶で無鉄砲な新米冒険者だったから」 「……今じゃ一流の竜殺し、ドラゴンスレイヤーだって話だったねえ」 「し、知ってたんだ」 「噂程度には」  そう、このウィラフはタルシス地方の出身で、大陸では有名なドラゴンスレイヤーである。悪さをする竜を人のために狩る、そういう使命に生きる血族なのだ。  そのウィラフが、周囲を見渡し声をひそめる。 「……さっきの迷宮、正式に名前が『碧照ノ樹海』に決まったよ。タルシスにも全く同じ迷宮があってさ。冒険者同士のお助けボックスまで同じだった」  やはりかと思ったが、実際にはカラブローネは辺境伯の土地には行ったことがない。ただ、次のウィラフの言葉は捨て置けなかった。 「だけどね、カラブローネ。あの森には……タルシスの森には本来、獣王ベルゼルケルは出ないんだ。奴は本来、廃坑になった鉱山跡地を縄張りにしてるの」 「ほほーう?」 「この意味、なんだと思う? それに、ベルゼルケルの様子も少しおかしかったし」  このレムリアの迷宮は、ただ世界中の迷宮……世界樹の迷宮を模写したレプリカではないようだ。だとしたら、どんな秘密が隠されているのか? 面倒な話だと思う一方で、カラブローネは既に使い慣れた洞察力をフル稼働させて考えるのだった。