夜の帳が訪れ、眠らない街マギニアが僅かに静けさを増す。  マイカは正式にギルド『タービュレンス』の一員となった。勿論、弟子のライトニングも一緒である。そして今、最初の仕事に頭を悩ませているところだった。  夜の食堂で、ちびちびと酒を舐めつつ目の前の書類を読み返す。  マイカがカラブローネから頼まれたのは、謎の人物ユーティスの素性調査だった。そして、誰もが皆知っていはいた……ユーティスはどうやら人間ではないらしい。 「むー、わからん! せめてこぉ、分解させて貰えればいいんだけどねえ」 「先生、それは先生が分解してみたいだけですよね」 「そうは言うけどねえ、ニング君。表面を調べただけでは限界がある」  向かいの席でライトニングは、剣を磨きながらふむふむと唸る。  彼はアーモロードの機兵、アンドロだ。しかし、機械の体を持つ騎士の彼と比べても、ユーティスは全く異質な存在である。人間と違って機械的な肉体を持っていることは確実なのだが、それでもネジや歯車を組み上げたタイプではないとも知れる。  言うなれば、人造人間というのが近い。  精密機械であると同時に、有機的なパーツが多用されているのだ。 「でも先生、はっきりわかったことがあります。彼も今日は、協力的でしたし」 「なーんか、カラブローネのおいちゃんにこってり絞られてたねえ」 「そのこともなんですが、先生の身体検査にも応じてくれたじゃないですか」 「……接合部分というか、機械ならあるはずの区切れや溝、ネジ山がないんだよなあ」  マイカはテーブルに広げた書類の一枚をつまんで、目の前に指で吊るす。  調べられる限りは調べたが、逆に謎が深まったともいえる。  ただ、発見時の風化具合と埋もれ方から、ゆうに数百年レベルの時間を眠って過ごしてきたようではある。となると、彼が行動不能になった遥かな太古から、あの迷宮がある訳だ。  その迷宮にも謎が山積である。  なんでも、世界各地の世界樹の迷宮にそっくりだという。 「んー、わからん! ニング君、もう一杯だけ」 「あまり深酒はいけませんよ、先生。……おや? 悩める羊がもう一頭。子羊です、先生」  その時だった。  白衣姿の小さな少年が、紙の束を持って食堂に現れた。  ギルド『ストラトスフィア』のメディック、マッフである。彼もなにやら悩ましげに唸って、相当頭を痛めているようだった。  それでマイカは、自分の隣の椅子を引きつつ声をかける。 「少年! マッフ少年じゃないか。どうしたんだい、こんな時間に」 「あっ、マイカ先生。こんばんは」 「はい、こんばんは。こっち来なよ、コーヒーくらいおごるよん?」 「ありがとうございます。そっちは……もしかしてユーティスさんの話ですか?」 「ご名答。そういう君は……ははーん、まひろだね?」  大きく頷き、マッフは溜息を一つ。  それでもマイカの隣に座って、自分の持つ資料を整理し始めた。  あっちはあっちで、トラブルメーカーを抱えているのだ。 「今日、少し詳しく身体検査をしたんですけど……結論から言うと、異常です」 「怪我の治りが早過ぎるしねえ。あの年の女の子にしては精神年齢が低いし、その割にちょっと異常な身体能力だ」 「それなんですが、血液検査の結果……正体不明の薬物が多数発見されました。どれも認可薬じゃないどころか、見たこともない新薬ですよ」 「どれどれ、ちょっと拝見……んー、確かに。これとこれは興奮剤、戦闘薬の類かな?」  ライトニングがコーヒーを運んでくれて、マッフがブラックで口をつける。  ユーティスとまひろ、二人は共に両ギルドの悩みの種だ。同時に、強い可能性を秘めた原石でもある。なにより、迷惑だらけの二人だが、決定的な力で何度か仲間を救ってくれた。  しかも、当の本人たちには悪気はないし、話こそ通り難いが言葉は通じるのだ。 「これさあ、少年……心拍数や血圧もそうだけど、なんていうか……超人?」 「ユーティスさんもこれは、人間だったら死体ですよね。機械にしてはでも、現状の技術力を上回り過ぎてます。オーバーテクノロジーというか、完全にオーパーツですよ」  医学と科学、道は違えども探求の徒であることには変わりはない。そういう意味では、この小さなお医者さんはマイカにとってはご同輩みたいなものだった。  互いに意見を交わせば、心地よい興奮で夜長の時間がゆっくり流れてゆく。  だが、それも奇妙な悲鳴が響くまでだった。 「んっ、なんだい? ニング君!」 「はい先生! っと、声の音源はカラブローネやエイダードの部屋みたいですよ?」  言うが早いか、ライトニングが走り出した。  キュイン! と関節が小さく歌うや、その身は金属の重さを感じさせずに走る。まるで滑るように、客室のあるフロアへと駆け抜けてゆく。  マイカもマッフを連れて、すぐにそのあとを追った。  そしてやはり、ニ度三度と響く奇異な声は仲間たちの部屋から放たれていた。 「はいはい、ちょっとごめんな、さ、い、ねっ!」  ライトニングがドアを蹴破った。  その先には、奇妙な光景が広がっていた。  ベッドの上に身を横たえたユーティスが、叫んでいる。まるで、チューニングの狂った楽器のようだ。そんな彼が、身をのけぞらせて痙攣状態である。  周囲のエイダードやカラブローネは、困った顔で出迎えてくれた。 「ああ、マイカちゃん。どーしたもんかねえ? おいちゃん、もうお手上げでさあ」 「なにがあったんです? 彼、発狂寸前みたいに見えますけど」 「せめて、ベッドに横になったらどうかなって、そう頼んだだけなんだけどネ」  ユーティスは常に、立ったままで寝ているらしい。睡眠とは人間にとっては重要な要素で、三大欲求でもある。心身を休めて、その日の情報を脳内で無意識に整理するために必要なのだ。  だが、ユーティスの場合はちょっと違うらしい。  そして、闇夜にぼんやり突っ立つ美男子というのは、見て慣れるものではなかった。  やがてユーティスは、ゆっくりと身を起こした。 「す、すみません。あの……身を横たえると『怖い』みたいなものを感じるみたいです」 「えと、寝るのが怖い感じ?」 「少し違います……人間の持つ『怖い』は私にはない筈ですが、極めて近いノイズに襲われるのです。自己修復を上回る風化と劣化で、ゆっくり土に……星に沈んで消える感触です」  遅れてきたマッフによって、精神的な一種のトラウマ、PTSDのようなものではとの意見が出た。また、同じ機械の身体を持つライトニングにも一同は意見を求める。  だが、あっけらかんとライトニングは自分とユーティスの違いを名言した。 「私たちは本来、深淵に淀む深き者どもと戦うために生み出された機械でして……もともと、恐怖を含む全ての感情を論理的に切り離すことが可能です。そういうマシーンなんですねえ」  残念だが論外だった。  だが、マイカはぼんやりと察したし、新しい発見に少しばかりの興奮を感じていた。ユーティスは、戦いに特化した兵としてのマシーンであるライトニングとは違うのだ。なればこそ、徹底的に外観は人間そのものにしてあるし、感情が僅かにあっても、それを機械的に制御するシステムが搭載されていない。  だからこそ、問題点を解決するのは難しかった。  クローゼットの中に立って寝てもらうくらいしか、思いつかない。  そう、その少女がおずおずと手をあげるまで、大人たちは無策だった。 「えと、じゃあ……ユーティス、私の部屋においで。私、立ってても君のこと怖くないし、寝入るまで手を繋いでてあげる。人間だってよく、怖い夢にうなされるしね」  ジルベルトだった。  カラブローネが一瞬口を挟もうとしたが、敢えてそれをマイカが制する。ユーティスは男性として振る舞っており、人格や情緒もそれに準じている。しかし、その肉体には性別がなく、男性機能もないことは明らかだったからだ。  こうして、ユーティスは遠慮を見せたものの、ジルベルトに手を引かれて出ていった。  マイカはこのあと、少しマッフと離しつつ自分の見解をまとめる作業に没頭することになる。  尚、とりあえずの一件落着で解散となったあと……ライトニングが外の廊下で壁に突き刺さって尊死しているリベルタを発見し、部屋まで運んでやる羽目になったのだった。