探索司令部からミッションが発せられた。  迷宮『碧照ノ樹海』で暴れまわる、獣王ベルゼルケルの討伐である。早速挑んだギルドが複数あったが、マギニアの墓地に墓碑銘が増えるだけだった。  圧倒的な強さの獣王ベルゼルケルによって、早くもレムリアの調査は行き詰まっていた。  そんな訳で。タービュレンスとストラトスフィア、両ギルドの大人たちは酒場で打ち合わせ中である。無策で勝てるような相手ではないし、そのための準備も入念に必要だった。 「アーッハッハッハ! それじゃ、子供たちはみんなで小迷宮なんだねえ? カラブローヨくん!」 「ああ、まあ。それと、俺はカラブローネだヨ。えっと、クルワシ? クワルシだっけぇ?」 「クワシルだよぉ、カラブリーネくん」 「はいはい、わかったわかったから。はあ、調子狂うんだよねぇ、この人さあ」  酒場の主クワシルが、どうやらカラブローネには苦手なようだった。  そのやりとりを見ながら、エイダードはズズズと茶をすする。今日のメンバーはカラブローネと自分の他には、ヴァインとユーティスである。  クワルシが料理を数皿置いて去ると、すぐに議論が始まった。  昼時で混雑する店内は、どれもエイダーとたちと同じ話題で持ちきりである。 「んじゃま、始めっけどよ。まあ、初手は俺とカラブローネで腕を縛る、これは絶対条件だぜ。あんな丸太みたいな腕で殴られたら死んじまう」  ヴァインが前回の遭遇戦を元に、手早く現状の対策をまとめる。  流石は名うての傭兵だけあって、手堅い印象だ。  エイダードも意見を求められたので、思ったことをそのまま呟く。 「さっき図鑑で見たが、どえらい怪物だな。だが、生き物なら殺せる筈だ」 「ああ。こっちのアタッカーはお前だし、頼りにしてるぜ? エイダード」 「ふむ。まあ、確かにジルやリベルタたちではまだまだ危うい。引き受けよう」  獣王ベルゼルケルの剛腕を封じて、その間に速攻で畳み掛ける。  言うは易いが、なかなかに激戦が予想された。 だからこそ、ミッションには高額な報酬が約束されている。  なにより、獣王ベルゼルケルを排除せねば調査が先に進まないのだった。 「あとはそうだな、うむ……ユーティス、なにかあるか?」  エイダードはさっきから静かなユーティスにも話を向けてみる。彼は話を聞いって頷きながら、冷たい水をゆっくりと飲んでいた。  そして、抑揚に欠くがよく通る声で話し出した。 「私の投刃でも各種の毒薬で援護ができると思います。囮役も私が適任かと」 「おいおい、物騒なことは言うなよ」 「ですが、我々の戦力では防御面に不安があります。誰かが攻撃を引き付けなくてはいけないでしょう」  エイダードは少し驚いたし、怖かった。  闇夜に立って寝るとか、寝かせたらガクブルで悲鳴を上げたとか、そういうレベルの話じゃない。  ユーティスは逆に、自分が一番の危険を背負うことに恐怖を見せなかった。  躊躇も戸惑いもなく、ただ淡々と最適解だけを伸べてくる。  勿論、パラディンのようなパーティの壁となる職業もあるし、知る限りでは防御に長けているのは身内の中ではまひろだ。だが、そのまひろもまだまだ未熟な上に、あまりに自分の命に頓着がないので任せられない。  だが、ユーティスのそれはまひろとはまた別のなにかに感じられた。  見かねてカラブローネが口を挟む。 「お前さんねえ、そんなことして大怪我してみなさいよ。どうなる?」 「怪我ではありませんが、損傷が激しい場合は……機能を停止します」 「うんうん、そうだねえ。そんなことになったらジルやお嬢ちゃんたちはどう思うよ」  ユーティスは真顔で首を傾げた。  わからない、という顔だ。全く表情は変わらないが、僅かに澄んだ目が少し揺れている。  やれやれとヴァインが話の言葉尻を拾う。 「ジルちゃんたちが悲しむだろうがよ。なあ? そゆこと、わかんねえかなあ」 「それは、戦力と人材の損失という意味でしょうか」 「いんや? 仲間に死なれちゃたまらないって話だ。だから、そうだなあ……過度な囮役はいらねえけど、適度に脚を使ってくれりゃいい。基本は『命を大事に』だぜ?」 「確かに、部隊単位での作戦行動に関してはそのようなドクトリンが存在します」 「……お前さん、軍隊生活でも経験あんのか?」 「わかりません。覚えていなのです。ですが、そういう知識の断片だけは」  エイダードは改めて、ユーティスの不思議な感覚に興味を抱いた。  人間ではないというのは受け入れたし、人間とは違うユーティスの主張や意思も尊重したい。だが、人間じゃないから危険なこともやらせる、これは反対だ。  なにより、ハイランダーという生き方は仲間を守る戦いを信条としている。  そういう訳で、攻めに関して話は早いものの、守勢に回った時の対策はなかった。  今この瞬間までは。 「やあやあ、皆さんお集まりだね?」  誰もが振り向く先へと、エイダードも視線を投じる。  そこには、中性的な顔立ちのリーパーが立っていた。男の装束を着ているが、どこか妖艶で艶めかしい、その人物はザッシュだった。 「……今日は男の方か」  つい、呟きが言葉になってこぼれ出た。  ザッシュも「そういう気分なんだ」と薄い笑みを浮かべる。  彼は勝手にエイダードたちの席にやってきて、テーブルに腰掛けるなり脚を組む。 「少し手伝おうか? 私の力なら、封じの術や毒の効果を引き伸ばせる」 「! ……そうか、リーパーの瘴気による技か」 「そういうこと。盾役も私と彼とで分担すれば安全だよ? フフ……ねえ君、どうかな」  不意にザッシュは、隣で見上げるユーティスのおとがいに触れる。抵抗しないのをいいことに、クイと上を向かせてにんまりと笑みを浮かべた。  完全に捕食者の顔だったが、ユーティスは全くの無反応である。  店中の女性がざわめき視線を殺到させたのにも、全く動じていない。 「戦力として有用な上に、有意義な提案かと思います。しかし」 「しかし? なんだろう、言ってご覧よ」 「貴方は信用に足る人物でしょうか」  そうだそうだと、ヴァインが立ち上がった。この男は、ザッシュと浅からぬ因縁があると言っていた。そういう仲だったかととは詮索しないが、エイダードはなんとなく血と硝煙の雰囲気を察していた。  そのヴァインが、珍しく真面目な目付きでザッシュの手をユーティスから振り払う。 「こいつを信用するなんて、とんでもない話だぜ」 「そういう君は珍しいねえ? 誰も信用しない男が、冒険者になるなんて」 「う、うるせえ! とにかく駄目だ、駄目! 話にならねえ」 「そうか、残念だね」  敢えて口は出さなかったが、エイダードとしては逆にアリではという話だった。カラブローネが是非を口にしないのも、そういう可能性を感じていたからだろう。  この面子にリーパーを加えれば、戦術の安定性が向上する。  身軽さが売りのユーティスに加え、ザッシュがいれば撹乱にもなる。それは同時に、後列で術や銃を使うカラブローネやヴァインの安全にも繋がった。  だが、確かに信用は大事だ。  そして、信頼を結べぬ者に背中は預けられない。 「ほら、いったいった! しっし!」 「つれないねえ、ヴァイン。ま、気が向いたら声をかけてほしいな……特に夜にはね。今日から同じ宿に世話になるんだからさ」 「げっ! マジかよ」 「じゃ、お邪魔虫は消えることにしよう。――ああ、そうそう。そこの男前なハイランダーさん」  不意に呼ばれて、エイダードは自分を指さしてしまった。  しかし、にんまりと笑うザッシュは情報屋、裏社会を闇から闇へと影の中である。その彼が口にした、それはもしかしたら信用を買うための必要経費だったかもしれない。 「ブリテンとの戦争が終わりそうなのは知ってるかな?」 「……は?」 「ハイランドの粘り勝ちというか、ブリテン側も余裕がなくなったんだ。栄えある円卓の騎士もたった6人、あ、いや、7人になってしまったしね」  それだけ言うと、ザッシュは去っていった。  エイダードは突然のことでぼんやりしてしまったが、頭の中で情報が現実味を帯びてくれない。結局、後にザッシュに詳細を尋ねることになるのだが、その時はそれなりの出費を強いられるのだった。