その日は朝から晴天で、雲ひとつない青空が広がっていた。  まさに、絶好の祭日和だった。  第一迷宮『碧霄ノ樹海』の完全攻略を記念して、ささやかながら祝宴が開かれていた。立食形式のバーベキューパーティで、怪我から復帰したマルコとオリバーが主催したものだ。ウィラフを通じて、探索司令部とペルセフォネ王女からも資金が提供されている。  カラブローネは久々に、穏やかな休日の午後にくつろいでいた。 「いやしかし、よかったよねえ……若い子は本当に怪我の治りが早い早い」  眼の前の光景に目を細めれば、口に運ぶビールがなんとも美味い。  冒険者は危険な家業、明日をも知れぬその日暮らしの毎日だ。見知った顔が突然消える、迷宮から帰ってこなくなる……そんなことは日常茶飯事である。  だからこそ、こうした集まりには誰もが積極的だったし、交流も盛んだった。  皆、気持ちは同じなのだ。  誰かに自分を覚えていてほしい。  誰のことも忘れたくない、覚えていてやりたい。  それはカラブローネも同じだったが、そこまで強く考えたことはなかった。  ただ、友人から託された命に対しては、絶対の責任を心に刻んでいた。  その若者はまだまだ可憐な少女で、今も元気に友人たちと肉を焼いている。 「お待ち下さい、ジル。こちらはあと45秒で食べ頃です。先に野菜をどうぞ」 「あ、ありがと、ユーティス。ほら、ユーティスも食べなよ」 「私は少量で結構です。固形物の接種はある程度なら問題ありませんが、油脂類には気をつける必要がありますので。あ、まひろ。それは牛タンなのでひっくり返す必要はありません。ネギを盛り付けましょう」  何故か、ユーティスがバーベキューを仕切っていた。  まるで精密機械のように、テキパキと肉も海鮮も焼いてゆく。しかも、酷く真面目に気張って働いているので、周囲とのギャップが滑稽で自然と笑みが浮かぶ。  そして、その横では怪我から復帰したリベルタが笑顔で鼻血を流していた。  子供たちは今日も元気だ。  マッフもネカネも、和気あいあいと休日を楽しんでいる。ヒロとウカノも打ち解けてくれたし、あっちはマイカとライトニングが見てくれていが。  その中には、笑顔ではしゃぐまひろも一緒である。 「牛タン! 初めて食べるお肉です! ……牛タンて、なんですか? ユーティス」 「牛の舌です」 「……ベロ、ですか」 「そうです」 「ベロ……噛むと痛いです。わたし、時々噛んじゃうです」 「あなたの舌ではありませんので、食感をお楽しみください。ああ、こちらのレモン汁をどうぞ」  どうやらユーティスも周囲に馴染んでいるし、まひろとも仲良くやってくれているようだ。正直、水と油……それも、純粋過ぎる清水と正体不明な機械油で、カラブローネも一時期は頭が痛かった。  でも、人は成長する。  そしてそれは、人の姿でしかない者も同じなのだと知ったのだ。 「で? さっきの話の続きだ、ヴァイン。エイダードも。もっと詳しく話してちょーだい」  キノコを鉄板の隅で焼きながら、先程の話を続けるカラブローネ。  同じ卓を囲む青年たちも、一度箸やフォークを止めて語り出した。  話題は今、先日発見された次なる島への階段、そしてその過程で遭遇した妙な男のことだった。カラブローネには何故か、次の迷宮よりも謎の男が気になったのである。 「確か、ヴィラーゼとかいったな。妙な男だったぜ? ……男、だったよな?」 「小綺麗な身なりの優男だった。まあ、冒険者ではないことは確かだったと思う」  ヴァインとエイダードの目は確かで、二人が言うならその通りの人物像がカラブローネの中に構成されてゆく。性別不明気味の美丈夫で、酷く痩せてて色白、そして真っ赤な瞳……なにやら、とある宝石を探しているらしい。  そこまで整理して、とりあえずこの話はここまでかなとも思う。  カラブローネたちの冒険とは直接関係ないし、これ以上は確定情報もなかった。  だが、突然背後で立ち上がった男たちが声をあらげる。 「おいっ、あんたら! たしか、タービュランスとストラトスフィアだったな!」 「今の話、本当か? すまない、つい聴こえてしまったもので」 「よければ教えてくれ! その男は……ヴィラーゼはどこに? どこで会ったんだ!」  いかつい巨漢の冒険者たちが、叫ぶように詰め寄ってくる。  それがさらに「ヴィラーゼだって?」「とうとう幽霊がまた出たか!!」と、大勢が集まってくる。驚いたが、カラブローネはそのことを決して顔には出さない。 「んんー? 皆さんどーしたのかなあ。いや、うちのがちょっとねえ。例の、新しく見つかった階段の近くだったって話さあ」  嘘は言っていない。  だが、妙だと直感が告げてくる。それに従うことで今まで、カラブローネは多くの修羅場をくぐり抜けてきた。今回も多くは語らず、必要最低限だけをとぼけて零す。  男たちはバーベキューもそこそこに、武器を持って大勢で去っていった。  恐らく、今話した『碧霄ノ樹海』の奥へと行くのだろう。  御苦労なこったと思ったが、同時にきな臭さも感じる。  そして、それを察して言葉を挟んだのは、意外な人物だった。 「やあやあ、皆さんおそろいで……ヴィラーぜに会ったのかい? まったく、運がいいやら悪いやら、だね」  突然、カラブローネの隣に長身の美貌が現れた。  勝手にエビと貝を焼き始めた、それはザッシュだった。神出鬼没の謎のリーパーである。彼は鼻歌まじりに勝手に肉と野菜も追加し、さも当然のように自然に溶け込んでくる。 「ああ、ヴァイン。またお肉ばかり食べてるね? 野菜も食べなきゃ駄目じゃないか」 「うるへー! なんだお前っ、どこから湧いて出た! ああ? やんのかこらっ!」 「ヤるならいいけど……んふふ。それより、ヴィラーゼの話だけど、あまり近付かない方がいい。怪しい情報ばかりで不確かなことだらけ、危険だとは思うからね」 「こらあ! 俺を無視するなーっ! くそー、肉だ肉! 肉を食ってやるっ!」  ふがふがとヴァインが肉をビールで流し込む。  ぼんやりそれを見ていたエイダードも、ザッシュがトングで程よく焼けたモツを差し出すので皿に受け取った。この男、やはりなんとも言えぬ胡散臭さがあるのに、妙に馴れ馴れしくて憎めない。  カラブローネもやれやれと、コップを出してザッシュに酒を注いでやった。 「ああ、これはどもう。ありがとう、ええと……おいちゃん?」 「こらこら、馴れ馴れしいってーの。まあ、いいよん? それで、少し話してくれるかナ」 「怪しい奴でね、なんとも眉唾ものな情報ばかりさ。関わらないほうがいい」  すかさずヴァインが「おめーが言うな!」と声をあげる。  だが、ザッシュの話を要約するとこうだ。  謎の男、ヴィラーゼはとある宝石を探して迷宮を彷徨っている。それは彼にとって大事なもので、酷く高価な代物らしい。国が一つ買える程度の値だという話もあるとのことだ。  何故なら……ヴィラーゼは吸血鬼で、宝石は一族の秘宝だというのだ。  そこまで聞いて、あとは流そうとカラブローネも杯をあおる。  つまらぬ嘘だと切り捨てた訳ではない。  むしろ、真実だった時の危険を察して深入りを避けたのだ。 「なーるほどねえ。あんがとよ、ザッシュ。ま、もうちょっと飲みなさいよ」 「これはこれは……ふふ、たまにはこうしてみんなで食事も楽しいね」 「仲間面するんじゃないの、まったく……そうそう、もう一つついでに教えてくれよん? ……次の島に進めたし、新しい迷宮も見つかった。なにか聞いちゃいないかなぁん?」  瞬時にエイダードやヴァインも真顔になる。  そこにはもう、二人で高級ロース肉を奪い合っていた姿は微塵もなかった。彼らもまた、冒険者……迷宮は生活の糧であると同時に、自分たちの存在理由そのものである。  ザッシュはカラブローネの鋭い一言に目を丸くしたが、ニヤリと妖艶に笑う。 「攻略を進めてるギルドは、まだ数える程しかいないよ。ただ」 「ただ? ……ははーん、読めたよん? なんて名だい、今度の迷宮は」 「流石に話が早いね、おいちゃん。誰もが初めてな筈なのにね、一部の冒険者が言うんだ……ここは『原始ノ大密林』にそっくり、そのものだってね」  静謐なる樹海を抜けた先は、生命力に満ち溢れた熱帯の原生林だった。  そしてそれを、一部の冒険者は見たことがあるという。  カラブローネも、書物でその名を知っていた……確か、エトリア地方にある世界樹の迷宮内部に、そう呼ばれるエリアがあったと記憶している。  またも謎が立ち塞がり、ふむと賢者はは考え込みつつ……今は黙ってキノコを頬張るのだった。