その第三迷宮はすぐに『原始ノ大密林』と呼ばれ始めた。無論、探索司令部が命名した正式な名称ではない。エトリア地方出身の冒険者を中心に、この名前は一気に広まってしまった。  先日、逆に探索司令部があとから正式名称として採用することになった程だ。  そして今……ネカネはその意味をはっきりと自身で体験していた。 「ほんとにほんと、まるっきり同じだ……見た目だけは」  注意深く魔物の気配を探りながら、頭の中の地図を頼って歩く。  時々振り返れば、ジルベルトとリベルタ、ユーティス、まひろも大きく頷いてくれる。  ネカネは若くして、そこそこにベテランなレンジャーだった。戦闘は勿論、こうして迷宮を探索する旅路でこそ、その力を発揮して仲間たちを守る。  だが、やはり妙だ。  ここは本当に、故郷にある世界樹の迷宮、その一部そのものだった。 「ん、ネカネ? 大丈夫? なんか、罠とかあったのかな」  気付けば、すぐ側にジルベルトが駆け寄ってきていた。  どうやら、いつになく警戒心がささくれ立つあまり、必要以上に慎重になり過ぎていたみたいだ。それがかえって、仲間たちを心配させてしまう。  ネカネは小さく深呼吸して、他の仲間たちに合流する。 「大丈夫、ただちょっと……まず、宝箱から回収してこうか」 「う、うん。でも、ネカネ」 「こっちに隠された小部屋があって、たしか宝箱があったと思う」 「そうなの?」 「わたしの記憶が確かなら、ね」  そして、ここが本当に『原始ノ大密林』ならば、確実にそうである。  ネカネは一本道の途中で立ち止まり、そっと壁に手を伸ばす。先日攻略された第二迷宮『碧照ノ樹海』が比較的平和な森ならば、こちらはまさに太古の原生林だ。そこかしこに鳥や虫、獣の息遣いが鳴き声となって響く。陽の光を奪い合うように、無数の大木が天井を覆っていた。  壁にもびっしりと枝葉が這って、触れればその先に手が吸い込まれてゆく。  そう、隠し通路だ。 「あった」 「おっ、マジかー! やるじゃん、ネカネ」  怪我から復帰したリベルタも、目を丸くして驚いてくれる。  実際、顔には出さないがネカネも気持ちは一緒だ。寸分違わず、エトリアにある迷宮と一緒なのだ。この先に小部屋があって、宝箱が眠っている。対して価値のあるものではないが、回収しておくにこしたことはない。  なにが入ってるかまで覚えていたし、危険な罠もないと知っていた。 「ほんとだ、道があるです! 早速いってみるです!」 「お待ちを、まひろ。まずは警戒と索敵です。……問題はないようですね」  すぐさまユーティスが見えない小部屋へと洞察力を向ける。その間も、片手はそっとまひろの猛ダッシュ数秒前をやんわり制していた。  そして、安全だとわかるやまひろが猪突猛進で小部屋に飛び込んでゆく。  その時にはもう、ネカネは次に向かうべき通路を思い出していた。 「観測モノクルは結構便利だから、持ってて損はないと思う」 「って、宝箱の中身までわかるの?」 「わたしの記憶が確かなら、ね。そこが逆に不気味だなって思うけど」  そう、とても不気味だし、不可思議だ。  そして、すぐにネカネの記憶力は証明される。  戻ってきたまひろは、ニッコニコの笑顔で戦利品を見に付けていた。それは、ネカネの言う通りの片眼鏡……観測モノクルという起床なアイテムだった。 「これを見つけたです! さっそくつけてみたのです!」 「ふむ。まひろ、ちょっといいでしょうか」 「はいっ!」  慎重にまひろの顔から片眼鏡を取り上げ、ユーティスが品定めするように確かめる。そして、今の隠された小部屋を地図に書き込んだ。  まひろが強請るので、興味なさそうにユーティスが装備してみる。  ネカネの隣でそれを見ていたリベルタが「オッフ」と妙な笑みでよろけていた。 「なんか……雰囲気変わるね、眼鏡って」 「私には必要のないものですが、どうやら魔物の情報を読み取る術式が施されているようですね。冒険には大変役に立つかと」 「だってさ、リベルタ。リベルタ? ちょっと、大丈夫?」 「ジル、アタシ……やばい、美形に片眼鏡は、やばいってばよ……」  そんな小芝居をよそに、ネカネは周囲を見渡した。  そして、隠し扉の丁度向かいの壁にも視線を走らせる。  すぐにまひろが小首を傾げて並んだ。見上げる長身に説明するように、ネカネはぽつりと零す。それは、彼女の中で小さな確信となって真実を引き寄せかけた。 「どしたですか? ネカネ」 「ここ、見て」 「はいっ! ……なにも、ないです」 「うん、ないよね。でも、エトリアのこの場所には、隠し部屋の存在を示すマーキングがあったんだよ」  そう、ネカネが幼い頃、父と共にこの場所を通った時だ。  冒険者たちは各々に別個の地図を持ち、その書き方も様々だ。だが、そんな誰にとっても迷宮は一つで、奥へ行くほどに手強い魔物と罠が待ち受ける。  必定、冒険者同士で互いの安全に配慮する試みが無数にあった。  不要なアイテムを保存して皆で融通し合う、シェアボックスなどが有名である。 「ここにさ、印をつけたんだよね。向かいに隠し通路があるって。いざという時に逃げ込めるし、魔物を避けることもできるから」 「でもでも、ネカネ。なんにも書いてないです!」 「そう、つまり……ここは『原始ノ大密林』だけど、エトリアのものじゃない」  以前から奇妙な噂があって、その信憑性は徐々にマギニアに広がり始めている。  曰く、絶海の孤島レムリアは世界中の迷宮を模倣した土地が広がっている、と。  だが、それは少し違う。  ネカネには違うと思える。  ここは似てはいても、家族で冒険したエトリアの『原始ノ大密林』ではない。  そのことを心の奥に軽くメモしていると、不意にリベルタの声が尖って響いた。 「おっと、ジル! ちょい待ち、下がって! ……ごきげんよう、よろしかったら通して頂けないでしょうか」  ネカネは内心「まだそのネコかぶるんだ」と呆れたり感心したが、すぐに走る。  隠し部屋から少し進んだ先で、ジルベルトを庇うようにリベルタが砲剣を構えていた。  その先に、一人の青年が立っている。  肩にトントンと遊ばせた大鎌から、リーパーと思われた。  しかし、たった一人で探索とは妙な話で、違和感は警戒心を高ぶらせる。  顔色一つ変えずにユーティスがナイフを握っているのは、ネカネと同じく殺気の類を察したからだろう。  そう、件の人物は妙に殺気立っていて、それでいて静かで無感情な声を放った。 「ボクの名は、レオ。先に進むなら勝手にしろ。……ただ、ボクに関わるな」  突き放すような言葉と同時に、レオは背を向け去ってゆく。  だが、無言の圧力がネカネたちを静かに押し留めてきた。ついてくるなという、拒絶の気配が幾重にも叩きつけられる。  よほどの事情がない限り、冒険者が一人で迷宮をうろつくことはない。  凄腕のマスタークラスとなれば話は別だが、その青年は危うげな脆さと儚さを寝金の心に刻みつけて去るのだった。