早いもので、マニギアを拠点に迷宮探索を始めて一ヶ月が経っていた。  超先史文明レムリアの残した遺跡群は、そのどれもが冒険者たちを未知と神秘で危険にいざなう。そんな中を進んでいると思えば、カラブローネにとっては旅は順調とさえ思えた。  教訓も多いし、少年少女は日々たくましく成長している。  懇意のネイピア商店とも、気付けば茶飲み話をするような仲になっていた。 「で? 次は第四迷宮『垂水ノ樹海』とか言ったかねえ? ザッシュ」 「ええ。既にほかのギルドも調査を始めていますね」 「……今回も、例のアレかな?」 「ですね。前例に漏れず、です」  女主人が出してくれた茶をすすり、カラブローネはフムと唸る。  海藻で淹れた茶は、どちらかと言うとスープのような感じだが、喉越しも香りもサラリと軽妙で優しい味だ。ほんのりと潮騒の風を感じる、そういう旨味に舌が踊る。  その茶をすすって、カラブローネはヴァインとザッシュと買い物に来ていた。  こうして番台で管を巻いていると、煙管に紫煙を燻らす女主人も目を細める。 「ほう、懐かしいのう。ふふ、ワシの郷里アーモロードの、最初の迷宮がそれよな」 「全く同じなのかねえ。……どういう意味なのか、どうにもわからないのヨ」 「そうかや? お主……もう既に、確信に近い予感があるのでは?」 「ま、推論の域を出ない話だけどネ。それにしても……何でも売ってるのねえ、この店」  振り向けば、すぐ近くでまひろが本棚を物色中である。一緒に連れ添うネカネと話しながら、物語や専門書を選んでいた。  最近、ヴァインが本を読めと小遣いを大幅にUPしてくれたらしい。  冒険者としての収入もあるし、まひろの活躍は時に値千金の大立ち回りだった。そういうところは素直に褒める反面、カラブローネは蛮勇を諌めて知恵を説く。  先日もちょっとしたことがあって、わざわざ隣のヴァインが思い出したように礼を述べてきた。 「でもホント、助かりますよ……カラブローネさんのお陰で、最近少しまひろも落ち着きがでてきたというか。その、俺は……殺し方と生き残り方しか習ったことがないんで」 「んー、まあ、ねえ。人を育てる時、育てる側もまた勉強なのヨ。お前さんも頑張んな」 「なんでも、先日小さなワイバーンが出たって話で……またきっと、冒険者たちとの戦いになるでしょうね」 「それでいいのヨ。だーって、そこまで含めて森で、迷宮で、超えられない奴は先に行く必要もないからねえ」  ワイバーンの巣を再調査したところ、複数の卵が発見された。  即座に破壊しようとしたまひろを止めたのは、愛弟子のジルベルトだった。その訳をあとから、そっとカラブローネがフォローする形になった。  迷宮は、それ自体が一つの大きな生き物のようなものだ。  森に生きて、自然と共に暮らすウロビトのカラブローネとしては、そういう視点を持ってもらえると少し嬉しい。押し付けるつもりはないが、まひろは彼の思想や考え方に何度も頷いてくれた。……ちょっとキャパシティをオーバーしたのか、頭から煙を出していたが、わかってくれたようである。  そのことをざっくり雑に話していたら、茶のおかわりを持ってきた女主人が妙なことを言い出した。 「お前さんはあれだねえ、自分で進んで貧乏くじを引くタイプの冒険者よのう」 「そういうんじゃないヨ。ただ、やれること、やるべきことは自分で選ぶって話」 「じゃが、そうそうおらんぞよ? ……あの人造英雄の子供を教育するなどのう」  一瞬、ピクリとヴァインが片眉を跳ね上げた。  その手はもう、腰の銃に伸びている。  だが、女主人は気にした様子も見せずに話を続けた。 「昔、妙な商品を売り込んできた連中がおってのう。白衣を着て消毒液の匂いを纏った、いかにも研究者といった一団よ。なんでも、頑丈で融通の効く武器を仕入れてほしいと」  勿論、追い出して塩を撒いたと女主人は笑う。  恐らく、例の英雄機関とかいう怪しげな連中のことだろう。英雄的に一騎当千の如く戦い、勇猛果敢に死も厭わない……そういう子供がパーティにいれば、最小限の努力で大きな利を得られる、そう考える冒険者もいるだろう。  だが、そんな歪な陰謀は、たった一人の傭兵に叩き潰された。  権力のための英雄として戦い、都合よく死んで伝説になる人間はもういないのだ……ただ一人を除いて。 「ま、ワシは人身売買なぞもってのほかじゃしのう。商道にも人道にも反する。それに」 「それに、うんうん……コスパも悪いしねえ」 「そうじゃな。冒険者は戦争してるわけではないからのう。兵士を奮い立たせる孤軍奮闘も、詩や歌劇になるような伝説の憤死もいらん訳じゃ」 「それね、ほんとにね」  うんうんとヴァインも神妙な面持ちで頷いた。普段からチャラチャラと三枚目崩れで通しているが、彼は彼で妹のまひろを想ってはいるのだ。  妹にすると決めた時から、流離い彷徨う逃亡の日々を生きてきた訳である。  しかし、ザッシュはそんな彼の過去を知るからこそ、ニヤニヤと笑う。 「いやでも、あのヴァインがねえ。ちょっとこの間調べてみたら、また賞金が上がっていたけど? 君、どんだけ逃げ回ってきたんだか」 「う、うるへー! そりゃもう必死さ、必死。バニシング・トルーパーとか呼ばれてるが、正直ドロンと消えちまいたいくらいだぜ。でもま、マギニアに逃げ込んで正解だったが」 「ま、兄妹ごっこを頑張るんだね。……追手に関しては、気が向いたら教えとくよ」 「……お前、なんか変わったか? なんだよ気持ち悪いな。カラブローネさんも気をつけた方がいいっすよ、こいつは――」  その時だった。  黄色い声が弾んで、今度はザッシュがビクリ! と身を震わせる。  それは、店の奥からガシャガシャと鎧のおばけが歩いてくるのと同時だった。 「お師匠さま! お、重い……でも、身の守りを考えると、こういうのがいいんでしょうか!」  ドロテアだ。  彼女はファーマーなのだが、パラディンが装備するような重鎧の中でよろけている。  やれやれと溜息を零すザッシュを、今度はヴァインが面白そうに肘で小突く。 「いや、私は違うからね? そういうの、ガラじゃない。……どれ、ドロテアちゃん」 「はいっ、お師匠さま! 他にはええと、なにか装備は」 「その鎧はちょっと重過ぎるかな? 先に靴を選ぼう。おいで、あっちの棚だね」 「わたしも、お師匠さまみたいな綺麗な靴がいいです」 「最初は、頑丈で足に馴染むものを選ぼうね。鎧も軽いものがいいだろうし」  そう言って、ザッシュはカツカツとピンヒールを鳴らして行ってしまった。どうにか鎧を脱がしてもらったドロテアが、そのあとを嬉しそうについてゆく。  あんな靴で誰よりも疾く駆けるのだから、伊達と酔狂も含めて感心してしまう。  そう思っていると、女主人が神妙な顔でカラブローネに身を寄せてきた。  グイと前のめりになってくるので、自然とカラブローネは少しのけぞる。 「それはそうと……少し頼まれてほしいのじゃ、タービュランス。そしてストラトスフィアよ」 「んー、いいヨ」 「まだなにも言うとらんが?」 「馴染の店だしネ。それに、無茶や無理は頼まないクチでしょうよ、アンタは」 「ヤな奴じゃのう、人を見透かしたように」 「損して得取れ、ってネ。今後も長らくいい商売がしたいからさ、お互い」  女主人もニヤリと笑って、同じ悪い笑顔のカラブローネに頷く。  依頼の内容は、とある新人冒険者のフォローだった。女主人と同郷の少女で、まだまだ未熟なのに単身で迷宮に突撃してしまったらしい。  さして面倒とも言えないし、ついででいいならとカラブローネは快諾した。  冒険者にとって、ネイピア商会との関係は切っても切れぬ重要なものだ。そこに貸しを作っておくのも悪くないし、女主人が葬式を出すようなことになられても気分が悪い。  そう思ってると、フンス! と鼻息も粗く少女の声が店内に響き渡った。 「わかったのです! そういうことなら、わたしたちにお任せなのです!」  沢山の本を抱えたまひろが、ドヤ顔で輝いていた。  君が言うかね、君が……などと思いつつ、改めてカラブローネは依頼内容を詳しく聞き出し、今後の冒険と合わせて脳裏に計画を立ててゆくのだった。