第四迷宮『垂水ノ樹海』の探索が、突如として中断された。  原因は、階段へ向かう先に居座る手強い魔物の存在である。冒険者の被害拡大を防ぐために、現在探索司令部では綿密な協議が行われているのだった。  カリスはその間に自主練を選び、今は別の迷宮に行っている。  そしてカラブローネたちは、新たなクエストに挑んでいるところだった。 「毎度本当に、すみません……どうしても、ちょっと目を放すと」 「気にすることはないよぉ、ビルギッタちゃん。ちょうど暇だったしねえ」  カラブローネが最後尾をビルギッタと歩く、ここは小迷宮『巨人の遺跡』である。  どうやら、南海の地アーモロードに同じ名前の小迷宮があるらしい。絶海の孤島で冒険者を待ち受ける、謎と神秘に満ちた太古の遺跡……それが、そっくりそのままこのレムリアの大地に根付いているのだった。  カラブローネが軽く調べた感じでは、数千年レベルの経年が確認できた。  突然ポン! と持ってきたものではない。  この場所に大昔からある本物の遺跡である。 「……ふーむ、なるほどねえ」 「? ど、どうしたんですか、カラブローネさん」 「いやねえ、シロちゃんたちが迷い込んだこの迷宮……妙なのヨ」 「妙、ですか?」 「造られた年代が古過ぎる。……こころなしか、外壁や床の構造も珍しいものだからさ」  そう、びっしりと植物や苔に覆われてはいるが、石造りに見える壁や床、天井の造りが目新しいものだった。まるで、機械的な金属でできた秘密基地みたいである。  かといって、手で触れても鉄でもないし、なんの合金かもわからない。  金属とは行ったが、そもそもなにでできているかわからないのだ。  だが、その謎を今は一度心の中で棚上げするカラブローネ。  今はビルギッタの依頼、ペットのシロたちを保護するほうが先だ。  それは、今日の仲間たちもしっかり理解しているようである。 「駄目だー、いなーい! こっちは行き止まりだった。ジル、どう?」 「こっちもだよ、リベルタ。ただ、採取ポイントがあった。ほら」 「おっ、初めて見る薬草だ。あとでドロテアにお願いして、図鑑にまとめてもらうね」  少し先を探索していた少女たちが、分かれ道からそれぞれ戻って来る。  もう、このレベルの小迷宮ならば彼女たちだけでも十分だ。それだけ、マニギアに来てから少女たちは急激に成長しているのである。それを改めて確認し、カラブローネも無言で目を細める。  まだまだ未熟なこともあるが、誰でも最初はそうだ。  そして、これから先にはそれぞれの成長が待っている。  先の見えぬ伸びしろを感じれば、師として妙に感慨深くもあった。 「ジル、リベルタも! こんなに採取できました。こっちの花は結構希少品かもしれません」 「おっ、なになにドロテア! なにその量! えっ、そんなに取れるもんなの!?」 「ドロテアの面目躍如だね。やっぱりファーマーがいてくれると、全然違うよ」  あとから現れたドロテアは、両手いっぱいの草花を抱えてはにかんだ。  新しい仲間ともすぐに打ち解ける、馴れ合いが過ぎれば危険だがそれも感じられない。少女たちは危険な迷宮の中でも、慎重に支え合って青春を謳歌していた。  それはカラブローネにとっては、とても好ましいと思える光景だった。 「でもっ、わたしは戦闘ではあまりお役に立てなくて」 「んなことないって! 瘴気がさ、キラキラーって援護してくれて……こぉ、魔法少女? みたいな? うーん、いとエモし!」 「ま、魔法少女?」 「いや、そういうジャンルがね、うん……あるんだよ。まさにドロテアみたいな娘がね」  ふにゃーっと微笑むリベルタの目が遠くを見詰める。  そういえば小さい頃のジルベルトも、そうした絵草紙をよく読んでたなとカラブローネも思い出した。 「……もっと師匠に、戦い方を教わりたいんです。けど」 「あー、あれじゃない? ザッシュさん的には、見て覚えろ、技を盗め! みたいな」 「凄いありそう……なんだかあの人、ちょっと掴みどころがないというか」 「でもでも、師匠は凄いんです! この間も森で……あっ、あとでわたしもやってみますね! 確かこう、瘴気兵装をぶわーっと、こう、ぐいーっ! っと」  人に教えを説くこと、技を授けて鍛えることは責任重大である。  カラブローネは長年の生活で、それが身に染みていた。だから、闇夜の狩人が純真過ぎる光に内心戸惑っていても、おかしなことではないと思った。  ただ、これはザッシュ自身の成長にも繋がると考え、黙って見守っている。  そんなことを思い出していると、最後にまひろが合流してきた。 「みんな、お待たせなのです! シロたちを保護したのです!」  ニパッ、と太陽のような笑顔で、まひろが歩いてくる。両脇にそれぞれ何匹もの猫を抱え、猫塗れだ。そして、頭の上の真っ白な猫がおそらく、シロだろう。  その姿を見て、ビルギッタが飛び出した。 「シロ! みんなも! よ、よかったぁ……ホッとしましたあ」 「あっちの奥で固まってたです。ジル、これで地図は全部埋まったですか?」  ビルギッタは猫を一匹一匹丁寧に受け取り、抱きしめる。一件落着だが、不思議とジルベルトは地図を広げて小首を傾げていた。隣から覗き込むドロテアとリベルタも、なにかに気付いたようである。  無論、カラブローネも歩幅と距離で感じていた。  まだ、この小迷宮には足を踏み入れていないフロアがある。 「ここ、さあ。不自然な空白がない?」 「あっ、本当ですね」 「まひろが戻ってきた方の、さらに北だね。ちょっと行ってみよう」  基本、迷宮は地図に全ての道順と部屋を記入し終えて、初めて踏破したと言える。探索司令部でも地図を集めており、報告すればかなりの恩賞が期待できた。  だが、ふとカラブローネの胸中に嫌な靄が黒く煙る。  そして、奥に扉が見えてきた瞬間、その予感は確信に変わった。 「! ……ちょいとお待ちよ、お嬢さんたち。はいはい、ストップ。ストーップ」  背筋を突き抜ける悪寒。  それは、長らく探検や調査など、フィールドワークも欠かさなかったカラブローネの直感だ。そしてそれは、今まで何度もカラブローネ自身を救ってきた。  奥にある扉の向こうに、とても恐ろしい気配が感じられた。  無音で姿もまだ見えないが、ここまではっきりと殺気が感じられる。  冷たく凍った、無感情な殺意の塊が待ち受けているのだ。  そう思った時には、まひろが表情を引き締める。  彼女もまた、まるで機械のように虚ろな目で扉に手をかける。 「師匠、どうしたんですか? あの部屋になにが」 「……うーん、まだジルたちにはわからないよねえ。それはいいんだけど、とりあえずまひろちゃんを止めようか。……それも、大丈夫っぽいかなあ?」  まひろは無言で闘志を漲らせ、扉を開けようとしている。  その右手を、左手で握って何故か葛藤に固まっていた。  それは、英雄として造られた戦闘人形の中で、一人の少女が戦っている姿だった。 「だ、駄目です……ジルも言ってたです。こういう時は、まず考えるのです!」  苦悶にも似た表情のまひろには、おそらくカラブローネと同じ危険が感じられているのだ。そして、本能がそれを排除しようとしている。同時に、それを理性と教訓で戒め、パーティの一員として自分での判断に迷っているのだ。  すぐにジルベルトが駆け寄り、そっと後ろから抱きとめ扉から引き剥がす。  だが、自分で自分を止めたまひろは、あわあわと震えて瞬きを繰り返すだけだった。  こうして一行は、無事にビルギッタの依頼をこなして遺跡をあとにする。地図の空白に残った謎の敵意が、その正体が知れるのはまだまだ先の話なのだった。