それは、よく晴れた日のことだった。  時刻も正午をまわり、街はどの店も昼食を求める人々で賑わっている。  エイダードもその一人で、今日は中華でもという気分だった。  だが、そんな彼の目に奇異な光景が飛び込んでくる。 「ん……あれは、まひろか? いったい、なにを」  協調体制で冒険している友好ギルド、ストラトスフィアのまひろだ。  彼女は今、ほかほかの特大蒸し饅頭を両手に持ったまま、ベンチに座って固まっている。心ここにあらずといった感じで、その瞳には光がなかった。  いつも太陽のように眩しくて、騒がしくも愛らしいまひろ。  その姿は今は、どこにも見られない。  意外なことだと思って、ついエイダードは近付く。  声をかけようとして、こんなことをしてる自分も意外だなと思いながら。 「おうい、まひろ? どうかしたか?」 「……はう! あっ、エイダード! こんにちはなのです!」 「うん、こんにちは。その……まあ、あれだな、隣いいか?」 「は、はいっ」  すぐにまひろは、一瞬だけ元に戻った。  というか、いつもの自分を取り繕った。  自分でもどうやら、異変に気付いているみたいだった。  それでも、彼女はすぐに手にした饅頭を真っ二つに手で割る。熱い湯気と一緒に、肉や野菜で練られたあんの匂いが鼻腔をくすぐった。肉汁があふれる、とてもいい香りだ。  まひろは一瞬固まり、しばし黙考したあとで……大きい方をエイダードに差し出してくる。 「どうぞなのです! これはベコまんといって、牛さんの肉まんなのです」 「はは、そいつは美味そうだな。どれ、ごちそうになるか」  エイダードはそっと、際しだされたのとは逆の小さい方をとりあげる。  まひろが「あっ」と驚いた顔をしたが、気にせずエイダードは小さい方を一口。じゅわっと口の中に旨味が広がって、濃厚な肉の脂が活力となって流れ込んでくる。刻んだ野菜の歯ざわりもよくて、あっという間に平らげてしまった。 「まひろも食えよ、美味いぞ?」 「は、はいです」  だが、まひろはベコまんを見つめたままで、食べようとしない。  やはりなにかおかしいようだが、ここ最近は彼女も随分変わったとエイダードは思う。成長しているとも言えるし、以前のような危なっかしさは随分減ったようにも感じていた。  今だってそうだ。  彼女は人造英雄、本能的に英雄行為を選ぶし、そこに自分の意志は関係ない。都合よく戦わせて、都合よく死んでもらうための存在……偽りの勇者、それがまひろだ。  だが、彼女は最近その前に思考を挟むようになった。  今だって、普段なら迷わず大きい方を差し出したはずなのである。  常に自分より他者を優先する、そういうふうに造られているから。 「エイダード、わたしは……」 「うん? なんだ」 「わたしは、まひろは、弱くなってしまったかもしれないのです」 「んー、そうかあ」  無論、そんなことはない。  見た目は長身の美少女、まるでビスクドールのように可憐な細身だ。肉付きこそいいが、出るとこしか出てない華奢な女の子で、おまけに実年齢は五歳ほどときている。  だが、そんな見た目を裏切るように彼女の身体能力はずば抜けている。  その戦闘能力は、恐らくエイダードやザッシュ、ヴァインに匹敵するだろう。  なにより、持って生まれた英雄の衝動が、迷いのない行動を選ばせるのだ。 「わたし、このあいだみんなと小迷宮に行ったのです」 「ああ、巨人の遺跡とかいうやつだな」 「奥に大きな部屋があるみたいだったです。でも、その扉を開けられなかったのです」  話はカラブローネから聞いていた。  なにやら、恐ろしい魔物の気配があったため、その部屋の調査を諦めたのだ。その時、とっさにドアを開けようとしたまひろは、自制心を見せてくれた。苦しげだったが、彼女は自分で考えて、戦いに逸る自分を止めたのである。  大した成長だと思ったが、本人はそのことで落ち込んでいるらしかった。 「なあ、まひろ。俺は冒険者、そしてハイランダーだ。だが、戦いはいつだって恐ろしいぜ? 国と民のために戦うのがハイランダーだが、恐れ知らずの蛮勇が一番怖いんだ」 「そ、そうなのですか?」 「そうだ。誰もが恐れを知るから戦える。弱さを知るから強くなれるんだ」  柄じゃないのはわかっている。  エイダードは人にあれこれ言えるような立場だと思ったことはないし、先輩風を吹かせる趣味もない。  だが、まひろはなんだかしょぼくれてて、ひどく煤けて見えた。  眩く輝く太陽のような普段の姿が、まるで嘘のようである。 「ヴァインには相談したか?」 「……兄様には、心配かけたくないのです」 「そうか。でも、奴は心配かけてほしいって思ってるかもな」 「そ、そうでしょうか」 「ああ。なあ、まひろ」  エイダードはぼつぼつと、自分の故郷の話をしてみた。  エイダードの国、ハイランドは今も戦火の中にある。何度も休戦を挟みながら、ブリテンの侵略にさらされているのだ。  勿論、エイダードもハイランダーとして戦った。  一時は優勢に立って、結果的にブリテンは切り札たる円卓の騎士を消臭したのだった。  その戦いは今も続いている。  エイダードがマギニアに乗った理由の一つもそれだった。仲間たちが耐えているうちに、神秘の島レムリアから秘宝を持ち帰る。それは停戦に持ち込む交渉材料になるか、それともブリテンを滅ぼす最終兵器か、それはわからない。  だが、仲間たちの希望を背負ってこの船に乗ったのだ。 「まひろ、俺たちハイランダーの教えにこんなものがある。――英雄は一人じゃない」 「ほえ? 英雄は、一人じゃ、ない」 「そうだ。意味がわかるか?」 「え、えと、死んでもまた、次の英雄が出てくるですか? いつの時代も英雄がいるです」 「ちょっと違うな。ま、答はすぐにわかるさ。ほら、見ろよ」  ベコマンを食べた指を舐めて、そっとエイダードは通りを指差す。  そこには、ジルベルトやリベルタ、ウカノ、そしてドロテアやネカネの姿があった。  彼女たちもこっちを見つけたようで、手を振りながら駆けてくる。 「あ、いたいたっ! まひろー、例の『垂水ノ樹海』の調査許可、降りたよー」 「先にすすめるんです! 共に参りましょう!」  英雄は一人じゃない。  孤高のヒーローにだって、常に仲間がいるのである。  ブリテンとハイランドの決定的な違いは、そこだとエイダードも幼少期に学んでいた。ブリテンでは円卓同士の権力闘争もあるし、奴らは一枚岩ではない。円卓外の騎士と呼ばれる、恐ろしい狂戦士もいるが、孤立した特化戦力など恐ろしくはなかった。  ハイランダーの最大の武器、それは仲間……団結の絆は今も、国と民を守っている。 「あ……わたし、少しわかったです」 「ん、じゃあ早く食べて行ってこいよ」 「はいですっ!」  まひろははふはふとベコマンにぱくつき、あっという間に急いで平らげる。そうして立ち上がると、ネカネが差し出した手ぬぐいで手を拭いた。 「一緒に行こうよ、まひろ。カリスも待ってる」 「そそ、ネカネママはこれから買い出しって言うから、一緒にいこうぜー?」 「誰がママか、誰が。ま、いっといでよ。アイテムとか買い足しておくから」  こうして少女たちは、連れ立って迷宮に向かっていった。その中でまひろに、いつもの快活で闊達な光が戻ってくる。エイダードはほっと胸をなでおろしつつ……先程から監視するようにこちらを見ている気配を睨んだ。  例の、ロブとかいうナイトシーカーだ。  彼はエイダードが僅かな殺気を向けると、影のように人混みへと消えてゆくのだった。