新米冒険者、カリスの奮闘は続く。  その足跡を追って今、ジルベルトは仲間たちと『垂水ノ樹海』を進む。ここ最近の猛特訓で、カリスは既にジルベルトたちに並ぶ実力を身に着けていた。  だからこそ、心配である。  彼女は今日、実力を試すべく単身で迷宮奥深くへ行ってしまったのだ。  だが、ジルベルトの不安をよそに、仲間たちは落ち着いている。 「ああ、スノードリフトの話? んー、エトリアじゃ熊や猪だったこともあるよ」  先日討伐された危険な魔物の話題を口にしつつ、ネカネが慎重に先を進む。  幼少期からエトリアで冒険者一家の娘として生まれ育った彼女は、平静で、ともすればぼんやりとしたようなマイペースだが、仕事は堅実で確実だ。  しっかりと敵の気配や迷宮の罠に気を配りつつ、背後の仲間たちと雑談を交わす。 「えっ、なにそれ……エイダードさんたちが見たのは狼だって」 「一番有名なのは虎、っていうかあれは、サーベルタイガー? 古代種だね」 「ネカネ、流石に詳しいね」 「スノードリフト、その本来の意味は『冬からの漂流者』……冬季になると、いろんな獣が世界樹の浅い階層に入り込んでくるの。そこで群のボスになったら、スノードリフト」 「へー、それでなんだ」  年に似合わず博識なネカネが、とても頼もしい。  早速メモを取るリベルタの隣で、ジルベルトも思わず感心して唸る。  そんな中、背後を歩くユーティスとまひろもふむふむと興味津々だ。  今日も冒険日和、天気もよく迷宮には涼し気な風が吹いている。半ば吹きさらしの天井からは、日光が暖かくジルベルトたちを照らしていた。  だが、迷宮はピクニック気分でいられぬ危険な魔窟でもある。  ただ、緊張感に欠ける少女と、それに付き合わされる青年の声がよく響く。 「れ、れ、れ、れれ……レタスです!」 「スキュレー」 「れ! れ、れれれ……レバー! 塩焼きが美味しいのです」 「爆弾あられ」 「お祭りで売ってるやつです! 美味しいのです……れ? れ……レモン!」 「ん、ですね。終わりです、まひろ」 「ぐぬぬ……これで五連敗なのです」  しりとりだ。  先程からずっと、ユーティスとまひろはしりとりをしている。魔物と戦っている時も、隠し通路を探している時も、二人は割とガチめのしりとりに興じていた。  少しは手加減してあげても、と思いつつ、なんだか微笑ましい。  ただ、時々ユーティスが聞き慣れない単語を出しつつ、メモリの破損がどうとかでなんの名称かはわからないと呟くのが不思議だった。  そんなこんなで、今日も一行は無事に探索を続ける。  立ち止まったネカネがジルベルトたちを手で制したのは、そんな時だった。 「ん? どったの、ネカネママ」 「リベルタ、ここ……ちょっと進んでみて」 「なになに、ははーん! 帝国騎士様の出番ってわけ? どれどれ」  リベルタが一歩を踏み出した、その地面が僅かにぬかるんでいる。  そして、それは彼女の悲鳴で恐るべき罠だと発覚した。 「ちょ、なにこれ! し、沈む……ネカネママ、この床!」 「やっぱりね。このぬかるみには足を取られる、普通に歩いては渡れないみたい。ほら、頑張ってリベルタ。あと一歩」 「んぎぎぎぎ……なんでアタシが、ぐぬー! 鎧が重いー! ブーツが汚れるー!」 「という訳だよ、ジル。ネカネママとしては、地面に注意して進まないとね」  世話焼きの世話好きがたたってか、ネカネはママ呼ばわりされることがしばしばある。まひろの面倒を見てやってる時など、幼い容姿が嘘のような母性さえにじみ出ていた。  でも、本人はそんなつもりはないらしく、いつもの平静な無表情だ。  向こう岸へとどうにか渡り終えたリベルタが、振り向き泥を手で拭う。  冷たい声が響いたのは、そんな時だった。 「またお前たちか……カリスには近付くなと忠告した。……次はないぞ、タービュランス。そして、ストラトスフィア」  ふとジルベルトが首を巡らせると、そこには一人のナイトシーカーが立っていた。  陽光のさすなか、そこだけが影のように澱んでいる。  確か、名はロブ……腕利きの冒険者らしく、以前からジルベルトたちになにかと絡んでくるのだ。それも、カリスに手を貸すなの一点張りで会話が成立しない。  そんな彼が、まるで滑るように近付いてくる。 「ここの地形はところどころに小さな沼地が点在している。移動に時間を取られる危険な場所だ、気をつけろ」 「あ、うん……ありがと」 「礼を言われる筋合いはない。確か、ジルベルトとか言ったな……カリスの件からは手を引け。奴は弱い……迷宮で生き残れるような女ではないんだ、あいつは」  またいつもの話だ。  何故、ロブは執拗にカリスの成長を忌避するのだろうか。  むしろ、恐れているようにすら感じる。  その理由を改めて聞こうとしたが、左右からユーティスとまひろが前に出た。 「失礼ですがロブ、少しよろしいですか?」 「お前は……確か、ユーティスだったな。噂の黄泉還り人形か」 「それはどうとでも。それより、あなたは過度にカリスの実力を不安視しているように思えます」 「当たり前だ。あいつは、弱い。だから、俺はあいつを死なせたくは――」  だが、ユーティスの平坦な声音は鋭く尖る。  そして、その舌鋒鋭い指摘がロブを刺し貫いた。 「であれば、何故あなたは自身の力で彼女を守らないのでしょうか。警護対象に対する防備が不十分で、それに関する問題意識も欠けているように思われます」 「な、なっ……オレは!」 「ロブの実力ならば、カリスとの協力でかなりの成果が期待できるかと。それを実行する気がないのは何故でしょうか。あと、私の概算では、カリスの実力は当初より48%も上昇しています。彼女への過小評価は正しくないかと」  慌ててジルベルトは、ユーティスを止めようとした。  同時に、驚いていた。  あのユーティスが、ほんの僅かに苛立ちや憤りを感じているように見えたのだ。その姿は平時と全く変わらないが、彼の静かな声は鋭い詰問となってロブを穿つ。  そして、最後にズビシィ! とロブを指差し、まひろがトドメの一言を放った。 「弱い子を守ってあげないのは、強い子じゃないのです! それは、強いだけの子なのです!」 「あっ、こらまひろ! 人を指ささない、もぉ」 「本当に弱いのは、弱い子を守らないロブなのです!」  リベルタが、あちゃーと顔を手で覆った。  ネカネは静かに、全てを見守り黙っていた。  フンス! と鼻息も荒くロブを指さすまひろに、ユーティスだけが静かに首肯を返す。 「なっ……黙って聞いてれば、お前らっ! オレが……オレがどんな思いで」  ロブが初めて、本心らしき感情を垣間見せた。  だが、ユーティスとまひろは、そろって小首を傾げるだけだった。 「くっ、もういい! いいか、忠告はしたぞ……オレは奴を追う、お前たちはもう帰れ!」  それだけ言い残すと、まるで旋が逆巻くような風と共にロブは消えた。  ジルベルトは、皆の同意を得てあとを追いかける。確かにカリスは目に見えて成長しているが、単身でこの奥に行ったとなれば心配になる気持ちも十分に理解できた。  そして、予感……いや、確信に近い気持ちがあって、リベルタも同じなのかニマニマ気持ち悪い笑みを浮かべている。  ただ、何が悪かったのかと本気でユーティスとまひろは腕組み考え込んでしまうのだった。