クワシルの酒場は活況に沸き立っていた。  その中でヒロは、隅っこのテーブルでちびちびとエールを飲む。冷えてて美味いし、酒の肴も豪華に並んでいる。  だが、なんとなく居心地が悪い。  これは、実家で両親といる時に似ている。  ここにいてもいいのかという、素朴な疑念だ。 「っていうか、盛り上がってるなあ……オレ、なにもしてないんだけど」  タービュランスとストラトスフィア、両ギルドの活躍によって『垂水ノ樹海』は攻略された。冒険者たちは新たな島へと渡り、今は『真南ノ霊堂』を探索中である。  伝説の書、レムリア載記に綴られた話は真実だった。  新たな冒険を祝して、ジルベルトは探索司令部からの報奨金をまひろたちストラトスフィアと山分けし、両ギルドから更に半分を出し合っての大宴会となったのだった。  ヒロも、女の子たちと和気あいあいとはしゃいでるウカノに目を細める。 「ヒロ、なにか物憂げですね……硬みの狭い思いをすることはないでしょうに」 「そーだよぉー? いーから騒げるときは騒いでおきなさいってネェ」  普段から気の合うヴィラーゼと、何故か一緒のカラブローネも同席している。  二人に進められるまま、ヒロは杯をあおってつまみを口に運んだ。  だが、やっぱり悶々としてしまう。  この勝利の宴は、自分が全く関与していないものに思えるのだ。  素直にそう口にしたら、カラブローネがにんまりと笑う。 「そりゃ、お前さんはまだまだ新米だからねぇ……でも、よーく考えてごらんヨォ?」 「え、いや、本当にオレ、なにもしてなくて」 「お前さんがドロテアちゃんたちと採集した素材、採掘した鉱石……そういうものが全て、繋がってるのヨ」 「繋がってる……いやでも」 「あとは、そっちのヴィラーゼが書類仕事を一切合切片付けてくれたし、ウカノちゃんも小迷宮の方で頑張ってくれてた。そういうものの積み重ねよん? 勝利っていうのはネ」  そういうものかと、カラブローネに言われると奇妙な納得感があった。  日頃はヴァインに銃やサバイバルの術を学びつつ、定期的に迷宮の中で物資を集めている。活躍するのは主にドロテアだが、彼女の護衛を務めるのが最近のヒロの日課だった。  そうして集められた素材は、全てネイピア商会で買い取ってもらえる。  新しい武具や薬剤が開発されることもあるし、なによりギルドの大事な資金源だった。 「そういうもんすかね」 「そういうもんすヨォ。なあ、ヴィラーゼの」 「ええ、ええ。カラブローネの言う通りです。ヒロは毎日、いい仕事をしています」  正直、少しほっとした。  なにか、この異世界に飛ばされてきてから、自分という存在にちょっとずつ自信が積み重なるのを感じている。それは充足感となって、日々の暮らしに彩りを与えてくれた。  時々、東京にいた時の孤立感、えもいわれぬ不安が蘇ることもある。  でも、もう部屋にこもって一人きりの自分ではなかった。  そして、今ならウカノに前よりもっと向き合える気がしているのだ。 「オレ、ウカノを故郷に帰してやりたくて……ちょっとずつ貯金してるんですけど」 「マギニアからの定期便を乗り継いで、イクサビトの里へかい?」 「ちょっと遠いんで、結構かかるみたいで。それに、先立つものも少し持たせてやりたいし」 「おーおー、どこぞの誰よりしっかりお兄ちゃんしてるじゃないのヨ」  カラブローネの言葉に、ヴィラーゼも笑顔で頷く。  実際、この世界がウカノの生まれ育った世界かどうかはわからない。しかし、それを知る旅をいつか彼女ははじめるだろう。それが恐らく、ヒロにとって別れの時になる筈だ。  寂しくないといえば、それは嘘になる。  ちらりと見れば、当のウカノはドロテアやまひろと酒場の中央で踊っていた。  歌がたゆたい、楽器が音楽を連ねる中での祝宴。  大いに盛り上がる中で、周囲の客たちにも酒や料理が振る舞われていた。 「……で、こんかいの迷宮『垂水ノ樹海』なのですが」  不意にヴィラーゼが、血のように赤いワインを飲みながら語り出す。  彼は今回もどうやら、探しものを見つけることができなかったらしい。いつでも微笑を絶やさぬ彼も、いつになく真剣な表情で言葉を続ける。 「南国の島アーモロードに、全く同じ迷宮があるとの話ですが」 「そうなのヨォ。でも、その奥に巣食う大物は違う魔物だった」 「極めて似た種のようですが、なんと申しますか……ナルメルの亜種との話です」 「フン、それねえ」  カラブローネもまた、手酌で酒を飲みながら表情を引き締める。  そんな時、この賢人の瞳は鋭い眼光を灯して謎を射抜くのだ。  ちょっとした謎解きに、ヒロもついつい熱くなる。 「他の迷宮もそうだって話でしたよね? 世界各地の世界樹に、全く同じ迷宮が」 「しかし、今回は違った……正確に言えば、最後に待つ迷宮の支配者が違ったのです」 「うん、それだけどね、ヴィラーゼ。オレが聞いた話では、ほぼ同じ魔物だって」 「ええ。魔魚シルルス、あーもロードの魔魚ナルメルに酷似した亜種とのことです」  今回、初めて奇妙な不一致が現れた。  今までずっと、冒険者の誰かが見たことのある光景が続いてきたのである。  ヒロは新米冒険者だが、カラブローネやザッシュ、ネカネには既視感の連続だという。そのカラブローネだが、炙った魚の皮に軽く塩を振ってかじりながら呟く。 「それねえ、うーん……おいちゃん、ちょっと思うわけヨ」 「えっ?」 「本当に、今回のシルルスっての、アーモロードのナルメルの亜種なのかねえ?」 「探索司令部の方でも、図鑑に登録された記録を照会したみたいですが」 「ああ、まあ、どうみても同じ種だわな。あんなデカい魚の魔物は、そんなに種類がないからねェ」  なにが言いたいのかと、ヒロは焦れつつ引き込まれてゆく。  自分も前から不思議だった。  ここは異世界だが、その中でもさらにレムリア群島は様子がおかしいと皆が言う。マギニアの冒険者たちの中では、その話題でもちきりだった。  謎の古代文明を匂わす絶海の孤島には、あらゆる世界樹の迷宮が凝縮されている。  そして、カラブローネは小さくそっと呟いた。 「ひょっとしたらネェ……シルルスが原種で、アーモロードのナルメルが亜種なんじゃないかな? つまり、世界中に散らばる迷宮は」 「え、そ、それって!」 「まぁ、ちょっとまだわからない話なんだよネェ。……酔っ払いのたわごとだヨォ」  今、ヒロの眼の前を真実の断片が通り過ぎた。  ような気がする。  普段は物語を読む側だった自分が、今は物語の中に完全に入り込んでしまった気分だ。この異世界は、謎に満ちている。それを解き明かしてきた冒険者たちでさえ、このレムリア群島に潜む謎には首を捻るばかりだった。  だが、カラブローネにはなにかが見えかけているようだった。 「ま、飲みなさいヨ。今日は無礼講だからネェ」 「ど、どもっす」  なにはともあれ、今夜はめでたい祝勝会だ。  難しいことは忘れるとして、ヒロも勝利の美酒に舌鼓を打つ。  晴れやかな音楽が響いて、誰も彼もが浮かれて笑みに溢れていた。  そんな中から、突然ウカノが駆け寄ってきた。 「ヒロ、またこんな隅っこの方で……一緒に踊りましょー! ほら、音楽が」  曲調が変わって、楽団の奏でる調べがスローテンポにしっとり響く。 「あっ、ウカノ……飲まされちゃったな? もう、お酒には気をつけないと」 「エヘヘ、ちょっとだけですよぉ。ほら、手を!」 「え、あ、ちょっと待って! 陰キャにそれはちょっと」 「大丈夫です、いいですから! ヒロが、いいんですから」  ちらりと見れば、何組か冒険者がペアになって既に踊っている。ジルベルトとユーティス、ザッシュとドロテアといった面々で、何故かアルサスとセレマんは男女逆でトンチキメイドが主を振り回していた。  そんな中へと、ウカノがヒロを連れ出し輪に加わる。  おどおどしつつも、ヒロは見様見真似でウカノをどうにかリードしてみる。  尚、リベルタはスケッチブックを抱き締めたまま笑顔で鼻血の海に沈んでいるのだった。