冒険者たちによる『真南ノ霊堂』の探索が始まった。  そして、一歩足を踏み入れた瞬間から、マイカは妙だと感づいた。それは、以前軽く調べた『東土ノ霊堂』でも同じだった。そう、違和感と疑念だ。  すぐに気付いたライトニングが、そっと小声で身を寄せてくる。 「どうしましたか、マイカ先生。なにか」 「ん、いやねえ。うん、やっぱりおかしいなと思って」  そっと、通路の壁に手を当てる。  蔦が這い上がり、苔があちこちを覆っていた。だが、その奥には経年劣化を感じさせない質感がしっかりとある。その手触りは石のような、木のような。金属にも思えて、不可思議な素材で迷宮はできていた。  それは、明らかに他の迷宮……世界各地の世界樹の迷宮を模した場所とは違っていた。 「ちょっとごめん、みんな。少し足を止めてもいいかな? 調べたいことがある」  マイカの言葉に、まひろとヴァイン、そしてエイダードが振り返る。  自然と皆、周囲を警戒しつつ集まってくれた。  まだ、直感が訴えるかすかな予感でしかない。  だが、それを信じてマイカは、技師としても科学者としても成果を収めてきた。最初は閃き、いつだって微かなものでしかない。でも、それを無視できないのもマイカという人間だった。 「前から思ってたんだけど……あちこちの迷宮や小迷宮と違って、この、霊堂? ……なにかがおかしい」 「と、マイカ先生はおっしゃってますがー、んー、確かに僕も少し」  以前は、初めての迷宮が『東土ノ霊堂』だったので、詳しくは感じなかった。というか、もっと大きな『あらゆる世界樹の迷宮と同じ迷宮が点在している島』という謎があった。  だが、改めて見ると霊堂そのものこそが、神秘に満ちている。  ざっと説明すると、真っ先にヴァインが壁の苔をゴシゴシと拭った。 「コンクリ、じゃねえなあ。あ、コンクリートってのは、割りと最近流行りの建材でよ」 「ああ、コンクリートね。その可能性は私も考えた。ヴァイン、君はどこでそれを?」 「戦場でよ、トーチカを作る時によく使われてる。まあ、距離を詰めりゃ問題ない脅威だが、なにせ施工が簡単なもんだからよ。ポコポコ毎日造られちゃ、流石に面倒だ」  同時に、エイダードも壁を手でさすりながら唸る。 「……自然物じゃあ、ないな。俺は詳しくは知らないし、学もない方だ。だが、自然界にこんな肌触りの物質は存在しない」 「僕も同意見ですね。アーモロードの深都でも、こんな技術は見たことがないですよ」  誰もが腕組み唸って、それぞれ思考を巡らせる。  そんな中、突然まひろが剣を抜いた。  マイカが「あっ」と思った、その瞬間に……鋭い刺突が壁を穿つ。  だが、眼の前の壁は傷一つつかなかった。  逆に、鋭い衝撃音と共に、ビリビリとまひろの全身に痺れが広がってゆく。 「ううっ、全然駄目です……ちょっとでも削れたら、持って帰って調べられそうなのです」 「まひろの馬鹿力でも駄目となると、こりゃサンプルの収拾も無理か」 「マイカ先生! わたし、もう一度やってみるです!」 「あー、やめやめ、いいよ。無理すると多分、剣のほうが欠けちゃう。あんがとね」  まひろの頭を撫でつつ、さてどうしたものかとマイカは考え込む。  まずはひとまず、迷宮の攻略を優先すべきだ。  現状では、サンプルも取れないし個々の知識を持ち寄っても前例がない。そんな時、ふと一人の青年が脳裏をかすめた。 「……ユーティスならもしや? ああ、駄目だ。彼は記憶がないんだ。それに、妙なことを悩ませてジルを困らせたくもないしね。ふーむ」  この件は手詰まりとして、他にも難題がある。  さっきからこのあたりを行き来しているが、先に進める手がかりがないのだ。  どこもかしこも行き止まりで、詳しくしらべようにも魔物の数が多過ぎる。自然と戦闘が多発して、もうかれこれ二時間近く探索は停滞していた。  そろそろ、集めた素材で荷物もいっぱいだし、それも全滅すれば全て御破算だ。  今日はそろそろ潮時かと思った、そんな時に陽気な声が響き渡る。 「よお! ターヴュランスとストラトスフィアじゃねえか!」  振り向くとそこには、妙に収まりのいい二人組が立っていた。  頑強そうな巨躯はオリバーで、その隣の学者風な優男はマルコだ。  どうやら二人もこの迷宮を調査中のようだが、マイカたちよりも先を進んでるようにも思える。そもそも、彼らはどこから? そう、マイカたちが行き止まりだらけだと思ってた、その先から戻ってきたように見えた。  早速事情を話し、情報を共有する。  ふむふむと頷き、マルコが感心したように微笑んだ。 「この壁の材質か……思ってもみなかったよ。確かにこれは、未知の物質としか言えないね。シンジュクではこういうものは掘り出されないのかな?」 「私が知る限り、前例がないね。多分、掘り出されても加工できないよ、まひろの一突きでも傷一つつかないんだ」 「ふむ、なるほど。ということは、オリバーがやっても同じかな?」 「サンプルとして欠片でも粉でもいいから、取れればいいんだけど」  だが、もう一つの謎についてはあっさりと解明された。  何故、屈強な傭兵やハイランダー、頼れるアンドロの助手がいるのに気付かなかったのだろう。どうやらこの先は、行き止まりに見えるが進む道があるらしい。 「蔦? 太い植物の……ふむふむ。それは盲点だったね。私としたことが」 「いや、偶然見つけたんだ。掴んで登ると、その先に道がある」  すぐにマイカは地図を確認し、マルコの指差す場所にペンを入れた。  そして、気付く。  この迷宮は多層構造、前後左右の他に上下も気にする必要があるのだと。  登れる蔦の先が道ならば、今までうろついていた通路の壁、今まさに目の前にある謎の壁の、その上にもう一つの通路があるのだ。 「助かったよ、マルコ。オリバーも」 「いやいや、なになに! 美人さんにゃ親切にするもんだぜ。なあ、マルコ?」 「逆にこっちも、有益な情報が得られた。迷宮の材質か……今までの、世界樹の迷宮のコピーダンジョンでは、ほとんどオリジナルと同じだって言われてたけど」  他にも、魔物の情報やアイテムの融通など、二人とマイカは冒険者同士のよくある協調体制を大事にする。向こうが持っていない素材は、お礼も兼ねていくつか譲渡した。  冒険者たちは基本的にパーティ単位で行動するが、他者との協力は惜しまない。  一匹狼を気取る強者もいるが、その選択はすぐに限界が見えると知るだろう。  もっとも、マイカは知っている……この世には、迷宮の魔物などものともしない、屈強な伝説級の冒険者がいることを。 「さて、それじゃあ僕たちはここいらで失礼するよ」 「おう! あ、そうだ……マイカちゃんよう、みんなも。この先、蔦を登って壁の上が通路になってるが、さらにその奥は危険だぜ?」  珍しく神妙な顔で、オリバーが語気を尖らせる。  危険は百も承知だが、あの熟練冒険者のオリバーが言うのだ。恐らく、驚異的な罠が待ち受けているに違いない。そして、マイカの予想は悪いことにバッチリ現実になった。 「この先、狼の魔物がうろうろしてるがな……ちょっと、戦って勝てる相手じゃねえ」 「わたしでもだめですか? まひろ、頑張るです!」 「いやいや、まひろちゃんでも無理なもんは無理だ。ありゃ、かなり用意周到に準備して挑まねえと……でも、何匹もいるんだ、いちいち相手してられねえよ」 「そうですか……あ、でもわたしジルに言われたです。なんでもかんでも、突っ込んで戦っちゃ駄目なのです!」 「うんうん、そうだな……どうやら視界に入ると襲ってくるようでな。目を合わせなきゃ通り抜けられるんだが」  そう言い残して、オリバーとマルコは去っていった。  マイカも、今日はこれ以上の強行軍を諦める。だが、迷宮の脅威と共に、その材質の謎が脳裏を離れない。名うての傭兵も、自然とともにある防人も知らぬ物質。人造英雄のパワーでも傷一つつかず、遺都シンジュクやアーモロードの深都にも前例がない。  とりあえず謎は謎として保留し、マイカも仲間たちと帰路につくのだった。