リベルタたちは今、複雑な立体迷宮を上下左右へと走る。  その間も、どこか焦燥感に苛立つようなジルベルトが気になった。  今、巨大な魔物とユーティスは一人で対峙している。そのことでウカノもうつむき加減で、こんな時だからこそヒロの励ましが心強かった。 「ふーん、ちゃんとお兄ちゃんじゃんね」 「ん? どしたの、リベルタ」 「うんにゃ? ヴァインもこれくらいできればねー、なんて」 「いや、ヴァインさんは凄い冒険者だよ? オレなんて足元にも」 「そういう話じゃなくてねー、っとここだ! 降りるよ、みんな!」  蔦を掴む間も惜しくてズシャリと下層に飛び降りる。  続いて降りてくる一行は皆、ひときわ巨大な北側の扉を見つけた。  ぐるりと周囲を走らされたが、いよいよ怪獣の監獄への扉を見つけたのだ。地図を見ても、これがユーティスの言っていた南側から中央広場に侵入する唯一の道だろう。  そう思っていると、すぐにジルベルトがドアに手をかける。 「行こう、みんな! ……ユーティス、待ってて。すぐに助けるから」 「ちょい待ち、ジル」 「リベルタ、止めないで。急がなきゃ」 「まあまあ、落ち着きなって。ヒロさあ、ウカノとその辺調べてくれない? このフロアの帰りの近道が隠されてると思う」  迷宮では稀に、壁や通路に抜け道が隠されている。  それを開通させることで、後続の冒険者は大幅に道順を短縮できるのだ。勿論、退却時にアリアドネの糸がなくても、こうした近道を知っておけば生還率は格段にあがる。  名誉挽回とばかりに張り切るウカノを連れて、ヒロが周囲の壁を調べ始めた。  その間に、リベルタはトン、とジルベルトの背中を叩く。 「ほれ、深呼吸あそばせ? これから怪獣大決戦ですわよ、オホホ」 「リベルタ……私」 「焦る気持ちはわかるけどね、ちょっと固いかな。いつもの感じで軽くいこ」 「でも、こうしてる間もユーティスが」 「あー、ほら。あの手のキャラって殺しても死なないのがお約束じゃん。……きっと無事だよ、あねさま?」 「ちょ、よしてよもう!」 「ニハハ、そうそう、その感じね! ……今回はあれをやるっきゃねーなあ、もう」  真っ赤になったジルベルトの方をポンポン叩きつつ、リベルタは胸中に覚悟を決める。  それは、帝国騎士の究極の奥義。  手練れの熟練騎士にしか許されない、ある種の禁じ手だ。  騎士学校の授業を終えた日のことを、今もリベルタははっきりと覚えていた。  その日は特別くたびれて、同級生に褒め殺された挙げ句、知らぬ間に男子たちの憧憬を根こそぎ奪い去ったあとだった。  いつもの金鹿図書館で鹿をおもいっきり吸って、リベルタは叔母の執務室を訪れていた。  簡素な調度品が並ぶ質素な部屋だが、大きな砲剣が壁に飾ってある。  重量級の帝国騎士が使うような大型サイズで、前々から格好いいなと思っていた。  が、その日は疲労困憊で、本に埋もれて紅茶が美味しかったのを覚えている。 『あー、茶がうめえ……それに、この本。初版初めて見る……リボンの魔女伝説、いとエモし』 『あらあら、随分とお疲れですわね。ああ、そろそろあの講習がある季節かしら』 『それですよー、それそれ。……あんなしんどい技、二度と使いたくねー』 『ふふ、それを二度三度と使いこなすための訓練でしてよ?』  今日も今日とて、叔母は司書長の仕事で忙しそうだ。  手は書類を片っ端からさばきつつ、優雅な笑みでリベルタのおしゃべりに付き合ってくれる。相変わらず謎の人なのだが、グリントハイム家で帝国騎士の道を選ばない生き方があると思うと、ちょっとリベルタは叔母が羨ましかった。  そして、その日の訓練を思い出せば今も憂鬱になる。 『帝国騎士の砲剣は一撃必殺ですわ。でも、排熱時はなかなか戦力になれない……ある状況を除いては。そういう訓練ですもの』 『そうなのよー、でもさあ。ドライブ連射って、それだけでヘロヘロになっちゃうよ』 『そうね、ドライブニ連撃からの――』 『そうそう、ドライブ三連撃ってさあ。そんな硬い敵なんているかっつーの』 『……まあ、そうですわ、ね。ふふふ』  この時はリベルタにはわかっていなかった。  帝国騎士は最強、その砲剣は必殺必中、まさに必殺技なのだ。必ず殺すと書いて必殺技……訓練の標的でも、ドライブで倒せぬ敵はいなかった。  むしろ、ドライブで大物を処理しつつ、排熱状態の砲剣でいかに小物を処理できるかも大事である。そのへんに関しては、お嬢様と優等生、ダブルの猫を被ったリベルタは完璧だった。  だが、帝国騎士にはさらなる奥義が存在するとその日知ったのだ。  最終奥義も隠されているとはつゆ知らずに。  それを今、解き放つときだと覚悟を決める。  ジルベルトは一度深呼吸して、いつもの凛々しい笑みを取り戻す。  まだまだ不安に瞳が揺れているが、仲間を想う気持ちはリベルタも同じだった。  そして、突入準備が整う。 「ジル、リベルタも! 隠された通路を発見、確保しました」 「いやあ、イクサビトの鼻って凄いよね。かすかな空気の流れも見破っちゃうんだ」 「ヒロ、わたしはもっと頑張って汚名返上しなきゃ。ユーティスさんを助けて、御礼を言わなきゃって。だから」  しょげて泣くかと思っていたが、リベルタは失礼な想像を取り消し頷く。  ウカノは先程落とした大切ななにかを、しっかりとポーチにしまって臨戦態勢だ。流石は凍土と溶岩に挟まれた民、厳しい自然に生きるイクサビトである。  既に気持ちを立ち直らせたウカノは、頼もしい闘志を瞳に燃やしていた。  だから、これはいけると勝機を見出す。  勿論、ヒロもジルベルトも準備は万全である。 「三人でユーティスと合流、まずはあんにゃろの無事を確認してねぇん」 「えっ、じゃあリベルタは」 「アタシがとりま、一人であれを足止めしとくから。てか? 倒しちゃう? みたいな?」 「そ、そんなの危ないよ!」 「でも、今一番危ないのはユーティスだしさ。フッフッフ……奥の手見せちゃうよん!」  そうして決戦の扉が開かれた。  瞬間、濃密な獣臭と共に殺意がこちらへ振り向く。  皆がユーティスを探して視線を走らせ、壁端にその姿を見つけた。負傷しているが無事、ちゃんと自分の脚で経っている。  向こうもこっちを見つけたらしく、無言でうなずきを返してくれた。  皆がユーティスに駆け寄る中で、リベルタも深呼吸。  大きく息を吸って、吐いて、決意を整える。  そうして砲剣をガツン! と地に突き立てた。 「んじゃま、やりますか! ――イグニッション!」  砲剣に備え付けられた、小さなレバーを引っ張る。ワイヤーが引き伸ばされて、内蔵されたモーターのリミッターが一時的に解除された。  帝国騎士の秘めたる奥義……イグニッション。  一時的にリミッターを解除し、短時間ながらドライブの連射を可能にする荒業だ。  限界まで伸び切ったワイヤーがシュルシュル戻ると同時に、砲剣が真っ赤に赤熱化して唸りを上げる。それは迫る巨獣の咆哮さえもかき消すように金切り声を歌った。