絶望の闇が広がってゆく。  大いなる背甲獣の背後に、謎の髑髏が浮かび上がった。  そして、黒い霧が広がり、呼吸に交じって喉を灼く。  だが、ジルベルトは冷静だった。このパターンは以前、ケルヌンノスと戦ったときと同じだ。そして、ポジティブに考える。敵はサポート役の下僕に頼らざるをえなくなっている。そこまで追い詰めたのだと。 「みんなっ! この黒い霧を吸い込まないようにして! ッ、ケホケホッ」  喋るのも困難で、ともすれば呼気を奪われそうになる。  周囲に目を配れば、仲間たちの姿が影となって薄闇に消えてゆく。  心細く思えて、しかしジルベルトは気合を入れなおす。  あと一押し、最後に一発デカいのを当てれば倒せる。  その前準備として、背後に現れた暗夜ドクロを処理しなければならない。トドメの大技には期待があるし、必ず来ると信じている。  だからまずは、この闇を広げる元凶を排除する方が先だった。 「よしっ、回り込んで先に後列を……ん? あ、あれは?」  影が闇に踊っていた。  否、それは仲間の輪郭で、手と指のサインに腕を広げてボディーランゲージだった。  その向こうで頷く気配、それはユーティスだった。  刹那、無言のコミュニケーションを投げ続けていた影が天へっと銃を向ける。それがヒロだと気付いた時には、派手な発砲音と共に光が広がった。  ゆっくり落ちてくる、小さな小さな太陽……ヒロが撃ちあげた照明弾だ。  そして、この数秒のチャンスを逃すジルベルトたちではなかった。 「ジル、先行します。あなたは右側のを」 「オッケ、任せて!」  ぬるりと滑るように、闇を切り裂き影が馳せる。  疾風の如き速さで、ユーティスは一瞬で暗夜ドクロの脇をすり抜けた。  一拍の間をおいて、不気味な頭蓋骨がバラバラに砕け散る。  瞬殺の連撃は刃の閃きのみを散りばめ、闇夜に瞬く星座を象る。  あっという間に一匹駆除され、わずかに空気が弛緩した。  闇が弱まる中、ジルベルトも剣を引き絞って跳躍する。 「これで、二つ目っ!」 「ジル、合わせますっ!」  振るう剣に雷光が走る。  必殺のショックスパークが闇を切り裂いた。  斬撃と電撃にぐらりと暗夜ドクロが揺れる。  そこへダメ押しのウカノの跳び蹴りが突き刺さった。  そして、照明弾が燃え尽きる中で黒い霧が晴れてゆく。  そこには封じられた脚部と頭部で唸る巨影。  その前に今、真紅の鎧姿が燃えていた。ドシリと構えて踏み抜く床がひび割れる。そのままリベルタが砲剣を振りかざせば、逆巻く闘気が黒い霧を吹き飛ばしてゆく。 「強制排熱、冷却完了。モーター出力120%。ッシャ、オラア! これでっ、吹き飛べっ! 見様見真似っ! アクセル・ドライブッツ! ぽいやつ!」  それは、インペリアル最強のドライブ攻撃。弱点を持たぬ相手であっても、物理的な防御力を貫く強烈な一撃だ。  その一撃をジルベルトは待っていた。  眩く炸裂するドライブの光に向かって、背後から巨大な背中を駆け上がる。  ぐらりと揺れた巨獣は、悲鳴にも似た絶叫を張り上げた。  その時にはもう、ジルベルトの剣は敵の首筋に光の線を引いていた。  決着、大いなる背甲獣は断末魔の叫びと共に崩れ落ちる。  飛び降りたジルベルトの先にはもう、ユーティスがフォローに手を広げていた。そのまま抱き留められて着地するや、礼を言って走り出す。  その先には、片膝をついて俯くリベルタの姿があった。 「リベルタッ! 大丈夫、しっかりして!」 「わはは、もう駄目ポ……ごめん、動けない。怪我はないけど、腰が抜けちゃった」  だが、震える手でリベルタは奥を指さす。  その方向に振り返ると、ようやく晴れた霧の向こうに扉が見えた。 「リーダー、最後の大仕事だよ。あの先へ……多分、次の島に続く階段がある」 「えっ、でも」 「行ってその手で確かめてきて」  振り向くと、既にウカノとヒロが協力して魔物の素材を改修し始めていた。  二人も無言で頷き、最後にユーティスが駆け寄ってくる。 「リベルタのことは私にお任せください。ジル、我々の勝利の、その意味を確かめる時です」 「……わかった、ちょっと行ってくるね!」  ユーティスはすぐに、その華奢な身が嘘のような膂力でガッ! とリベルタを抱き上げた。  俗に言う、お姫様抱っこである。  あっという間に、リベルタが鎧よりも赤い熱に支配される。 「ヴワーッツ! ちょ、ちょい待ち! 普通に運んで、普通に!」 「これが最善、最も効率がよいのですが」 「つーかほら、鎧が重いし! 砲剣も熱いし! ……汗、かいてるし」 「問題ありません」 「くっそー、無駄に顔がいい! その顔が近い! はい死んだ! ご尊顔、仰げば尊死!」  どうやら大丈夫なようなので、ジルベルトは走り出す。  疲労困憊で余力もない筈なのに、その足取りは軽やかだ。  仲間たちの視線が、背を押してくれてるような気持ちだった。  思った通りに、長い長い登り階段があった。  疲れに嘘をついて駆け上がる。  勝利の高揚感が、好奇心と探求心に火をつけていた。この先にまた、新たな冒険の大地が広がっている。  ジルベルトたちタービュランスは、ストラトスフィアの協力を得て先に進めたのだ。  すぐに光さす出口が現れて、飛び込めば目の前が真っ白になる。 「……っ、ん。海、だ……これが、次の島」  目の前に今、新たな大地を洗う大海原が広がっていた。  恐らくここが、レムリア群島の西の果て……そこから先は一面のオーシャンブルーだ。  これを探索司令部に報告すれば、ミッション達成完了である。  戦いで火照った体に、海風が優しく涼を運んでくれる。  ジルベルトはゆっくりと深呼吸して、この光景を目に刻み付けた。 「よし! みんなに合流して、まずは帰ろう。でも、なんでだろ? リベルタのあの動転っぷり」  ジルベルトという少女、ナチュラルにユーティスとの距離感が少しバグっていた。  それが、故郷で病床に伏している兄と関係があるとは、まるで無自覚なのだった。  とりあえず、大きく伸びをして引き返そうとした、その時突然ジルベルトの警戒心が励起する。 「やあ、凄い戦いだったねえ。とうとう倒してしまったなあ、あの巨大な怪獣を」  気配はなかった。  疲れていても瞬時に察知できた筈の気配を、全く感じなかった。  振り返るとそこには、一人の男が張り付けたような笑みで立っているのだった。