その男は、妙な冒険者だった。  ともすれば、冒険者であるかどうかすら怪しい。  ジルベルトの直感がそう告げてくるのは、向けられる温和な表情だ。 「私の名は、ブロート。いやあ、凄い戦いだったね」 「ど、どうも。私はジルベルト、ジルと呼んでください」  視線をそらさず、相手の目を見てその奥を見定める。  胸の内に、師の言葉が蘇ってきた。 『目を見るんだヨォ、目の奥を。そこに感じたものは、六割くらいその人物そのものだからねえ』  ブロートと名乗った青年は、見た目は軽装でどこか心もとない印象だ。ひょろりと背が高く、その顔には笑顔が張り付いている。  そして、瞳の奥にジルベルトはなにも感じ取ることができなかった。  どんな人間にも、まなこの奥に感情が揺れているものだ。例えばリベルタなど、猫を被れば瞳は星空、しかして普段は無邪気に輝き、戦いとなれば紅蓮の炎に燃える意思が見える。  だが、そうしたものがブロートには一切ない。  強いて言えば、虚無。  あまりにもその笑顔が空虚なものだった。 「まあ、すまなかったね。ちょっと助太刀に割って入るようなレベルの戦いじゃなかった」 「でも、ブロートさんもここまで迷宮を踏破してきた冒険者ですよね」  ジルベルトは決して、傍観を決め込んでいたブロートを責めたりはしない。立場が逆だったらとも思うし、かえって馴染みのメンバー以外が手を出して連携が乱れることもある。  せっかくの辛勝の、その横をすり抜けるように先に進むのもまた知恵だ。  だが、どうにも胡散臭くてどうにも落ち着かない。 「君たちは一度、探索司令部に戻るだろう? 今回のミッション、大手柄は君たちだ」 「はあ、まあ」 「僕みたいな弱虫はね、その隙にチョロチョロと稼がせてもらうさ。ほら、あれ」  ブロートが指さす先へと、ジルベルトは目を細める。  広がる海にばかり気を取られていたが、新たな島もまた鬱蒼と茂る樹海が広がっている。  そして、その中に一か所だけ奇妙な光景が広がっていた。  小高い山が、そこだけ一面満開の桜に覆われている。  ここからでも、潮風に薄紅色の花びらが舞い散るのがはっきり見えた。 「あれが第六迷宮……『桜ノ立橋』だよ。レムリア載記にはそう記されている」  それだけ言うと、ブロートは歩き出す。  ゆっくりとなだらかな坂を下りながら、ふと足を止めて肩越しに振り返る。 「そういえば報告に行くんだから……あの綺麗な姫君にまた会えるんだね、君たちは」 「ペルセフォネ王女、ですか?」 「ああ……本当に美しく育ったものだ。もうすぐ、そう……もうすうその時がくる」  それだけ言って勝手に納得したあと、ブロートは盛りの中へと消えていった。  瞬間、突然ジルベルトはズシリと重い疲労感にへたりこむ。  今になって、先程の激戦の疲れが襲ってきたのだ。  それでも尚、新たな光景に感動し……気配もなく現れたブロートに自然と警戒心をフル動員させていた。  やはり妙な男だった。 「ととっ、ふう……とりあえず探索司令部に顔を出すとして。師匠に少し相談してみよう。……なんだろう、この悪寒、黒い霧のような気持ち」  ブロートに対して、不安ばかりが募る。  見た目ばかりは好青年で、狡猾に立ちまわるのも冒険者のならいと言えばそうでもあるが。だが、あの笑顔の中に洞のような瞳が、今も忘れられない。  階段を引き返して先程の大広間に戻ると、大いなる背甲獣の解体作業はほぼ終っていた。  普段とかわらぬ無表情を、やや怪訝に思えるようでユーティスが駆け寄ってくる。 「ジル、大変です」 「ん、どしたの?」 「見てください、リベルタが」 「えっ! ちょ、ちょっとリベルタ!? ……は?」  慌ててジルベルトは、ユーティスが両手で抱くリベルタを覗き込む。  そこには、猫を被ったお嬢様モードのすややかな寝顔があった。 「先程までなにかわめいていたのですが、プツリと糸が切れたように」 「寝てる、ね……っていうか、気絶? 大丈夫だよ」 「そうですか。外傷もなく、こうして私が保持、護衛していたのですが……何故失神を? 理解に苦しみます」 「……心配、したんだ」  ジルベルトの言葉に、一瞬だけユーティスはきょとんとした。  その端正な表情に、硝子のような双眸が瞬いていた。  やはり、人の目を見れば少しだがわかる。  ユーティスの瞳は酷く澄んで、無防備な程に純真で素直な光だ。  その彼は、自分でも考え込むように俯く。 「仲間を、今、私が? これが心配、でしょうか。私はただ、リベルタに異常が、いえ……リベルタが異常だったので」 「ふふ、それが心配する、仲間同士ってことじゃない?」 「そ、そうですか。今日は驚きばかりです。私は……誤作動の連続というか」  だが、怪獣の始末を終えたヒロやウカノたちも集まってくる。 「ユーティスさん、改めてごめんなさい。わたし、勝手な行動でユーティスさんを」 「いえ、ウカノが気にすることはありません。人間には、大切なものがあると教えられています」 「ユーティスさんにもいつか、そういうのができるかも」  ヒロもうんうんと頷き、兄として礼を述べてくる。  そのことでユーティスは困惑したようだが、ジルベルトには微かに見えた。少し照れたような、やや誇らしげな表情。普段とかわらぬ仏頂面に、ジルベルトはいつも感情の機微を見出すことができるのだった、 「今日は、整理すべき情報が多過ぎました。ただ、一つだけはっきりしていることがあります。確認の上で了承願います、ジル。ウカノもヒロも」  相変わらず神妙な顔で、眠り姫と化したリベルタを抱いたまま、ユーティスは微笑んだ。  そう、確かにジルベルトには微笑んだように見えたのだ。 「探索司令部に報告の後に、クエスト中の仲間たちと合流……クワシルの酒場にて戦勝記念式典、ん、んっ……その、祝勝会を開くべきではないでしょうか」  今度は思わず、皆が笑顔になった。  生真面目にいつもの口調で事務的に、ユーティスが初めてそんなことを言うからだ。  誰もが声をあげて笑い、ユーティスだけが首を傾げてリベルタを運んでゆく。  かつて猛獣の檻だった広場に、アリアドネの糸が広がる。  ユーティスが突然妙なことを言うものだから、ジルベルトも瞬間的に先程の不快感を忘れた。だが、改めて師匠たるカラブローネに相談すべきだと心に結ぶのだった。