探索司令部への報告を終える頃には、クエスト等に出かけていた仲間たちも集まり出す。そうして今、多くの冒険者たちに賞賛と羨望の声を浴びるジルベルトだった。  クワシルの酒場では、タービュランスとストラトスフィア、両ギルドを祝福する盛大な宴会が始まりつつあった。  歌が行き交い、そこかしこで男女が踊り出す。  脂の跳ねる香りに、雑多な料理の匂いが鼻孔をくすぐる。  だが、このめでたい祝宴の中でも、いつもの真顔で無表情を貫くものがいた。  ジルベルトも少し心配なのだが、一緒のテーブルのカラブローネは笑っていた。 「そうかい、お前さんが嘘をねえ」 「はい、私にはそのような機能はないはずです。ウーティス・シリーズは人類の良き隣人でもあり、虚偽の発言や行動ができないように設計されています」 「でも、嘘つけちゃったんでしょぉ? いーんじゃない、別に」  ふむ、と唸ったエイダードの横で「マジまー、どれどれ」とジョッキを手にヴァインが立ち上がる。振り向く彼を見やれば、何故か客なのにメイド服で料理を運んでいるセレマンがいた。  ヴァインはキリリと表情を引き締め、、ギリギリ四捨五入して二枚目な顔で声をかける。 「セレマンちゃーん、今夜暇? よかったら俺と……どうだい?」 「嫌ですが」 「……駄目、とか、無理とか、ちょっと、とか……言い方さあ」 「夜はお坊ちゃまに寝物語を聞かせて御就寝いただき、その後は裁縫や雑事が」 「ああ、うんうん。悪かったな、粉かけるようなことしちまってよ」 「いえ、ヴァイン様は信頼できる仲間。お誘いには感謝いたします。では」  ジルベルトは改めて、ユーティスたち不思議な人種の理に驚いた。同時に、なかなかに流暢なセレマンの断り文句にも感心する。  なるほど確かに、嘘はつけないようだ。  だが、彼女ほどの個体になるとどうやら、フォローも手慣れたものである。  そして、それを知っていたかのようにカラブローネは頷いた。 「ユーティスよぉ、嘘がつけないのに嘘をついてしまった。その戸惑いと不安があるんだろお?」 「……人間の感情表現に合わせれば、そのような思考パルスの乱れだと思います」 「まーた、難しいこというんじゃないのヨ。それはなぁ、ユーティス。お前さんが変化、いい方向に成長したってことだ」 「アップデートのプログラムはここ千年では確認されていませんが」  だが、俯くユーティスの前でカラブローネは杯を置くと、テーブルに両肘をついて手を組む。にぎやかにやってたザッシュやエイダード、ヴァインも静かに言葉を待っていた。  思わずゴクリ! とジルベルトも喉をならす。  だが、いつもの調子でカラブローネは軽妙に喋る。 「人間、なんでもいつでも勉強、成長だよぉ。おっと、私は人間じゃ、なんて言うなよ?」 「しかし」 「その嘘がウカノちゃんを救ったんだろ。そして実際、お前さんは生き残った。大丈夫だったんだから、それは嘘から出た真ってやつだ。違うかい?」  なによりお前さんは、仲間を心配できるようになったんだと言ってカラブローネは笑った。それで思わずジルベルトも、テーブルへと身を乗り出す。 「そうだよ、ユーティス。前より柔らかく、温かくなったんだよ。リベルタのことだって」 「そうで、しょうか。ああ、リベルタは疲労困憊で行動不能でした。仲間としての義務を」 「それが優しさなんだよ、ユーティス。嘘も方便なんて気軽に言っちゃいけないけどさ。みんなのための言動は全て、本当にみんなを助けてるんだよ?」 「……あねさまがそういうなら」  話は終わりとばかりに、再びカラブローネは手酌で酒を飲みだした。エイダートも切り分けた肉にかじりついている。  そして、ザッシュとヴァインがユーティスを挟んで肩を組んだ。 「お前さん、そんなこと気にするなよ。ザッシュなんか嘘と偽りの百貨店だぜ?」 「そうですよ、ユーティス。君はどんどん、ふふ、魅力的になってきてるね。ヴァインみたいな偽善の塊みたいな大嘘よりも、かわいくて愛らしい嘘じゃないか」  そして、二人は同時に「あぁ?」「おや」と放れるなりジョッキでクロスカウンターを放った。両者相打ち、どっと酒場に笑い声が広がる。いいぞやれやれ、と煽る声の中、ザッシュもヴァインも酒を一気に飲み干し、おかわりを叫んでいた。  そして、心なしかユーティスも気持ちが落ち着いたようだ。  それを、ほんの些細な表情の機微でジルベルトだけが感じ取っていた。  だが、まだまだ頭の痛い話があって、カラブローネが声をひそめる。 「それより、だ……その、ブロートつったかねえ。何者だい、まったく」 「それが、師匠……特に怖い、強い印象はないんです。ただ」 「目の奥になにも見えない、ときたヨ。そりゃ、カタギの人間じゃないねえ」  ちらりとカラブローネが目を反らした。その視線を追うと、どうやらザッシュとヴァインは飲み比べ勝負に突入したらしく、酷く強い酒をショットグラスでガンガン飲んでいた。悪態をやりとりしてるのに、不思議と二人とも楽しそうである。  だが、カラブローネのいうアウトロー、それが二人の本性だ。  彼等ならば、瞳の奥に揺れる意思や感情を容易に隠すだろう。 「けど、師匠……私は初めてです。なにかを隠してるとかじゃなくて」 「まったくの虚無、ねえ。そりゃお前さん、以後は決して一人で近付くんじゃないよぉ? ユーティス、引き続きジルを守っておくれ」 「心得ました、カラブローネ。確かにそのような人物が存在するならば、警戒レベルを上げる必要があります」  うんうんとエイダードも頷き、エールを追加注文してから次に魚をばらしはじめる。一匹まるまる素揚げにした魚料理は、湯気のくゆるソースの中で脂がのってて美味しそうである。それを器用に人数分の取り皿にわけて、そっとジルベルトに差し出してくれた。 「とにかく、今日は大変だったな。ジル、まあ、食え」 「あ、ありがとう、エイダード」 「それとな……そのブロートとかいう奴な。気をつけろ……カタギじゃないのは勿論、匂いのない笑顔には警戒が必要だ」 「匂いのない、笑顔?」 「俺たちの国じゃな、そういうんだ。仮面を外さない奴には注意した方がいい」  言い得て妙だ。  ブロートの笑顔を思い出せば、不思議と背筋を悪寒が走る。確かにあれは仮面、その奥を見せまいとする悪意が介在していた。  それでも、仮面のその目だけは本物……そして、そこにはなにも見えなかった。  改めてジルベルトは、気を引き締めて注意するよう自分を律した。 「ところで、カラブローネ。……妙な話ですが、私はやはり心配というものを感じます」 「ん? なんだいなんだい。素直に心配してる、でいいじゃねえかよ、っと」 「リベルタが妙なのです。顔がいいとか近いとか、細いけど腕力があるとかわめいたあと……鼻血を吹き出し気絶してしまったのです。なにか特殊な疾病なのでしょうか」  カラブローネがブーッ! と酒を吹き出した。顔を背けたエイダードも、肩をプルプル震わせている。ジルベルトにいたっては、どうフォローしたものかと苦笑があふれた。 「ユーティス、お前さん……鏡、見たことあるかい? いやいい、見てもなにも感じてこなかったか、今までは。ま、若い乙女特有の症状だ、心配ねーんだよなあ」 「同じことされたらな、ユーティス。ハイランドの娘たちだって同じ病に倒れちまうさ」  不思議そうにユーティスは小首をかしげる。だが、その表情は明らかに以前のような、冷たく機械じみた鉄面皮とは少しだけ違う無表情なのだった。