迷い悩んで知恵を巡らせる、そんなカラブローネをさらなる難題が襲った。  なんと、マギニアの王女ペルセフォネが疲労で倒れたというのだ。命に別条があるわけではないが、彼女もまた海の一族の介入に心労が溜まっていたのだろう。  これは内密にと、冒険者ギルドも束ねる補佐官のミュラーに口止めされた。  同時に、妙な言葉も聞いてしまって、半ば雑念のように思い出される。 「鈴の音がした、ねえ……? まあ、それはそれとして、だ」  今日も今日とて、カラブローネは若者たちと一緒に『桜ノ立橋』に来ている。この迷宮を抜けない限り、その先の海の一族には出会えそうもない。  さりとて、海路で彼女らの居留地に向かえば、発見され次第海の藻屑となるだろう。  結局、冒険者らしく迷宮を探索した先にこそ、成果も報酬も得られるのだ。  しごく単純だと自分に言い聞かせつつ、そのあとの立ちまわりに不安は募る。  対応を一歩間違えれば、海の一族とマギニアは全面戦争になるだろう。  それを知ってか知らずか、今日も少女たちは元気である。 「あっ、ジル! 大変です、沢山の葉っぱがイモムシさんに食べられてるです!」 「はいはい、そこ。小枝を拾わない。思い出して、まひろ?」 「……はっ! そうでした、迷宮の自然にうかつに干渉しては駄目なのです。イモムシさんは悪い子ではないのです」 「そゆこと。……ひょっとしたら綺麗な蝶に育つかもだし、このイモムシを食べて生きてる動物もいるだろうからね」  ジルベルトとまひろを連れてきたのは、これはカラブローネなりに考えがあってのことだ。危険な任務で戦闘も考慮に入れるなら、エイダードやザッシュ、ヴァインといった大人たちを連れてきただろう。  だが、どんな時でもカラブローネはジルベルトの師でありたいと思った。  こうした交渉や折衝の類も、勉強させておくに限る。  それに、まひろはまだまだ危なっかしいが、逆にそれがジルベルトに繊細な判断力を励起させている。そして、まひろもまた日々勉強で急激に成長を遂げていた。 「まあ、そーれはいいんだけどねえ……はあ〜」  今日、何度目かのため息がこぼれた。  酷く陰鬱な表情になってるなと自覚していたし、華やぐ少女たちを前に自分だけよどんだ空気を発散していた。回転し過ぎてオーバーヒート気味の脳味噌が重く感じる。  背後で声がしたのは、そんな時だった。 「おいちゃーん? またシオシオになってる。はい、お茶」  振り向くと、特性の水筒から熱い茶を出しだすネカネの姿があった。エトリア育ちのベテランレンジャーは、装備品もなかなか不思議で便利なものが多い。中身が冷めにくい水筒に、通常よりも高性能な遠眼鏡、ボタン一つで火の出る道具などだ。  マイカの話では、エトリアの世界樹に住む遺都の民が発掘して取引しているらしい。 「ありがとよぉ、ネカネママ。うんうん、やっぱりママみがあるねえ」 「だれがママか、だれが。ほら、しゃきっとしないとね?」 「あっつ! ほぉ……いやあ、なんだか頭の痛い話ばかりでさあ」 「大丈夫だよ、多分。まずは迷宮の探索に集中しよ? 大丈夫、なんとかなるから」  ネカネは年頃の女の子にしては、やけに落ち着いている。彼女は冒険者一家の出で、キャリアも長い。なにかと目配せが利くし、世話焼きな一面もあってとても頼れる。  彼女を今日のパーティに誘ったのは、やはり正解だったとカラブローネは頷いた。  そして、お茶で一服して別種の溜め息がでる。  こんな迷宮のド真ん中で、熱い茶が飲めるなんて不思議で、そしてありがたい。  だが、そんな彼のゆるんだ心に、突然平坦な声が突き刺さる。 「カラブローネ」 「うおっ、あ! ああー? ……気配を殺して忍び寄るの、やめなさいヨ」 「すみません。こういう設定になってますので。あとでセレマンと調整してみます」  突然現れたのは、ユーティスだ。  彼の無機質なまでの冷静さ、そして正確無比な能力は頼りになる。ジルベルトを守るには最適な人材だし、ネカネとはまた別種の観察眼があって時々驚かされた。  そして今、物理的に驚き身構えてしまったカラブローネは、あらためて茶をすすりつつ話を促した。 「なにか見っかったかい?」 「ええ、戦闘のあとです。それも多数の足跡がありました。接地面の圧を見るに、かなり重武装の人間たちが魔物と戦ったようです。それと」 「それと?」 「その者たちは敗れて逃げたようです。犠牲者を埋葬したあとがありました」  新しい発見で、思わずカラブローネはピクリと片眉を跳ね上げる。  すぐに、ユーティスが先行して調査していた区画に全員で向かった。そこかしこを巨大な怪鳥が飛び回っているが、猛スピードで同じ空域を旋回しているだけ、気をつければエンカウントの心配はない。  そうして五人で向かう先に、小さな部屋があった。 「なるほど、ねえ……こりゃ多分、海の一族の水兵たちかナ?」  墓標に見立てた斧が、少し盛り上がった土の上に並んで立っていた。  そんなに古いものではなく、ここ数日で弔われた、それも非常事態で急いで埋めざるを得なかった様子が見て取れる。  なにはともあれ、カラブローネは左胸に手を当て頭を垂れた。  ジルベルトもネカネも、それぞれに哀悼の念静かに注ぐ。  まひろだけが、目を丸くして小首をかしげていた。 「なにをしてるです?」 「まひろ、これは人間たちの祈りです。さ、あなたもこちらに」  ユーティスに連れられ、まひろもジルベルトたちに並ぶ。ただ、よくわかっていないようで、見よう見まねで両手を合わせていた。ユーティスもまた、頭でしかわかっていない概念なのか、やけにメリハリのある動作で祈ってみせる。  カラブローネたちには、これといった信仰はない。  だが、迷宮では誰もが他者への敬意を欠かさない、これも冒険者のならいだった。 「さて、と……よし、よしよし……いいじゃないかあ」 「おいちゃん、悪い顔になってる、よ?」 「いやいや、そんな……やっぱり? ま、とりあえずネカネママもみんなも。周囲を創作して遺留物を集めてくれないかなぁん?」  カラブローネは閃いた。  冒険者特有の仁義にも反していないし、自然と相手に対してこちらの敵対秦のなさが伝わる方法を思いついたのである。  すぐに墓と同じ数の兜が集まり、水兵が持つ身分や氏名を刻んだタグも見つかる。  どうやら水兵たちは、かなり手痛い敗北を喫したようだ。  兜はどれも血で汚れて割れていたし、他には原形をとどめた遺留物は見当たらない。  急いで埋葬を済ませるなり、一目散に逃げざるを得なかったのだろう。  ネカネがどこからともなく花を摘んできて、それを捧げた、その時だった。 「ほえ? 歌……歌が聴こえるです」 「えっ? ……私にはなにも聴こえないけど」 「ジル、確かに音声、何かしらの音源を探知しました。このさらに先、奥の方です」  もちろん、カラブローネにも聴こえなかった。  だが、まひろが聴こえると言えば聴こえるのだろうし、ユーティスがなにかいると言えば本当にいるのだろう。それは信頼を重ねてきた仲間同士の、確信。  そして、それを立証する人物がいつのまにかドアの前に立っていた。 「ハルピュイアよ……この『桜ノ立橋』に巣食う巨大な怪物」  気付けば、アーテリンデが腕組み佇んでいた。相棒のクロガネJrも一緒である。そして彼女は語った……自分も水兵たちの先遣隊を探していたと。 「よかったら、あなたたちマギニアの冒険者からそれを居留地の王女に渡してくれないかしら? エンリーカ王女は兵を大事にする人間だから、心象もよくなるだろうし」  ただ、そのためにはどうやらハルピュイアなる魔物を倒すしかないらしい。この先にしか道はなく、避けて通れぬ戦いにカラブローネは思わず身構えるのだった。