そこは、天空の玉座というには余りにも狭いフロアだった。  ジルベルトたちはついに『桜のノ立橋』の最上部へと到達する。そこは、五人で入れば動きが制限される広さ。10m四方もないような、空に浮かんだ小さな島だった。  そして、その全てを覆う巨大な影が、上空で歌っていた。  空気の震えが、いやがおうにも不安のメロディを鼓膜に刻み込んでくる。 「あれが、ハルピュイア……この迷宮の主!」  もうすでに、まひろやユーティス以外にもはっきりと聴こえていた。  それはまるで、聴くもの全てを幻惑の夢に誘うような声音。思わずジルベルトも、気付けば聴き入り意識の輪郭がぼやけてしまった。  だが、ぶんぶんと頭を左右に振って、意思の力で心を支える。  その時にはもう、戦いの火ぶたは切って落とされていた。 「狭いから気を付けて、おっこちたらただじゃすまない!」 「みんなでスペース使って。わたしは隅に陣取るから」 「狭いってことは逆にねえ。方陣で包みやすいってことでもあるのヨ」  ネカネが部屋の隅に下がって、弓に矢を番える。離れた彼女の場所まで、床を滑るように方陣の光が満たした。  同時に、襲い来るハルピュイアの爪が金属音を奏でる。  皆を守って前に出たまひろの、その大きな盾が攻撃を弾き返した。  その時にはもう、ジルベルトはユーティスと共に走り出す。  まるで驟雨のように、刃と化した羽根が無数に降り注いだ。 「なかなか攻撃が届かないっ! とりあえず、あいてるスペースに残像を……あれ? ユーティス?」 「ジル、援護をお願いします。……少し、跳びます」  一撃離脱を繰り返しながら、ハルピュイアは空を縦横無尽に舞い踊る。  その翼とは逆方向へと、突然ユーティスは奔り出した。そして、あっという間に跳躍……申し訳程度に散らばった周囲の壁を蹴って、さらに上へと舞い上がっていった。  危険な三角飛を繰り返して、ユーティスはとうとうハルピュイアの上を取る。必殺の投刃が連続で打ち出され、さらには彼自身が弾丸のように敵へ落下してゆく。  始めてハルピュイアが、ダメージに痛みを叫んだ瞬間だった。 「ユーティス! なんて無茶を!」 「無理ではありませんでしたので。このまま地上に――!?」  だが、そらは翼もつ者たちの領域。  あっという間にユーティスはハルピュイアの巨体から叩き落された。それでも彼は壁に身を投げスピードを殺すと、垂直に切り立つ岩の真横に立ち上がって空を睨む。  なんたる軽業か、人間離れした体幹と運動能力である。  諦めずに空中戦を挑むユーティスだが、ハルピュイアもまた狡猾さに舞う。 「む、いけませんね。まひろ、皆のガードを。奴は我々の弱点を見抜いたようです」  それは、カラブローネが舌打ちを小さく零すのと同時だった。  ユーティスの猛攻をすり抜け、ハルピュイアが急降下してくる。もはや疾風の切っ先と化したその翼が、守りを固めるまひろのすぐそばを擦過した。  瞬間、激震に揺れて思わずジルベルトはよろける。  敷き詰められた方陣の光が、木っ端微塵に砕け散る。 「くっ、私たちじゃなく、床を、足場を狙ってきた!?」 「まひろちゃん、ジルを頼むねえ! ……やってくれるじゃないのぉ!」  ネカネの矢が、飛び去るハルピュイアの影を次々と射貫く。  先読みして移動先を狙っているのに、あのネカネの矢が当たらない。  そして、さらなる衝撃にいよいよ地面が砕けて崩れ始めた。  もともと狭かったフロアが、今は半分ほどになってしまった。このままでは、遥か雲の下まで突き落とされてしまう。  唯一幸いだったのは、ハルピュイアが行く手を阻む先に……先への扉だけがなんとか続いている。だが、あそこまで行けても、ハルピュイアを無力化しなければ進めない。  無防備に背中をさらせば、容赦なく鋭い鉤爪が皆を引き裂くだろう。 「くっ、どうすれば……落ち着け、落ち着くんだ。……そうだ、まひろっ!」 「うゆ? なにか手があるですか?」 「今から、ありったけの力で残像をたくさん出すから」 「あっ! わかったです! この間覚えた、あれを使う時なのです!」  そらでは今、浮遊する岩石や障害物の間をユーティスが飛んでいる。  だが、空ではいかに彼と言えど苦戦は必至。しかも、ハルピュイアはユーティスが使う足場を次々と壊してゆく。結果、ユーティスの機動領域が徐々に狭められていった。  その姿を見上げつつ、ジルベルトは足を使う。  すぐに残像が一つ、また一つと狭い空間に生まれていった。 「ははーん、なるほどねえ。じゃ、おいちゃんもちょっといいとこ見せとこうかナ」  カラブローネが杖を構える、それと同時にまひろは高々と剣を天へ突きあげた。  瞬間、ジルベルトの影たちがあっという間に全て彼女に吸い込まれる。 「必殺、シャドウチャージッ! なのです! ううう、うわああああっ!」  ――シャドウチャージ。  それはマギニアにしか存在しない職業、ヒーローの特殊な力だ。残像を自在に操るヒーローは、その影を自ら吸収することで一次的に驚異的な力を手に入れることができる。  普段ならば、残像を出して、さらにそれを吸い込むので手間がかかる。  しかしここには、ジルベルトとまひろ、二人のヒーローがいるのだ。 「ユーティス、今助けるのです! とぉーっ!」  脅威的なジャンプ力で、まひろが宙を舞う。  彼女は、まるで鉄拳のように盾を振りかぶって、全力でハルピュイアの頭部を殴った。それはもはや身を守る防具ではなく、脅威的な腕力で叩きつけられたハンマーだった。  一瞬、ぐらりとハルピュイアが空中で姿勢を崩す。  そして、ジルベルトは見た。  師の妙技、いかなる時も諦めない冒険者の機転と柔軟性を。 「え? 今……ハルピュイアの脚を封じれた? あれは、パラディンのシールドスマイト? じゃ、ない! シールドスマイトは相手の腕を封じる技だ。……あっ!」 「ちょーっと、やらせていただきましたよん。そーれ、破陣っと」  驚くジルの横で、面倒臭そうにカラブローネが杖を振る。  そう、輝くまひろの盾に今……その表面に、小さな脚封じの方陣が広がっていた。  そしてそれは、カラブローネの破陣の念を受けて、苛烈な光条をほとばしらせる。  圧倒的な怪力による強撃と、破陣による追撃。  一瞬だが、ハルピュイアは脚を縛られその場に滞空したまま止まった。  瞬間、二人の狩人が瞳に光を走らせる。 「狙うなら、いまだね。ユーティス、合わせて。ジルはトドメをお願い」 「現座標より自由落下、機動領域を確保しました。少々お待ちを」 「まひろ! もうちょっと浮いてて! 盾を上に向けて!」  ネカネが二本同時に矢を番え、解き放った。狙いたがわず、双撃がハルピュイアの両眼に突き刺さる。絶叫が響いた瞬間、その喉をユーティスが切り裂き黙らせた。  そして、ジルベルトが地を蹴る。  重力につかまり落下をはじめた、まひろの盾を足場に、さらに上へ、前へ。  振りかざした剣に稲妻を集めて、少女の放つ剣閃が強敵ハルピュイアを両断するのだった。