マギニアに戻って、一同はそのまままずはクワシルの酒場に顔を出していた。  直接迷宮で探索していた者も、迷宮『桜ノ立橋』でハルピュイアを撃退した者たちも戻ってきている。  十代の少年少女は、すぐに例のシェイレーヌとかいう怪しげなプリンセスと打ち解けていた。今もジルベルトやネカネたちとテーブルを囲んで、先程見学したらしい展望室からの絶景を熱っぽく……あと、無駄に大げさに盛って独特のセンスで語っていた。 「仲良きことは美しきかな、っと……いいなあ、オレもガキンチョの時は結構友達いたんだけどなあ」  賑やかな中央のテーブルを眺めて、不思議とヒロは苦笑にため息が入り混じる。  ウカノも一同の中で、楽し気に食事をしながら言葉を交わしていた。  保護者として、今日も妹分の彼女を守り通せた。そればかりか、守られて助けられたし、二人で大量の素材を持ち帰ることができた。冒険者家業も悪くない、そういう日々が妙に充実だったし、どうやら海の一族との戦争も回避できるかもしれない。  酒をたしなむ大人たちのテーブルに顔を出して、ヒロも冷たいエールを注文した。 「お疲れ様です、ヒロさん。今日は大収穫だったらしいですね」  穏やかな紳士が話しかけてきた。中性的な顔立ちは色白で、ともすれば血色が悪く痩せすぎて線が細い。だが、彼の名はヴィラーゼ……共闘関係にあるギルド、ストラトスフィアのメンバーだった。  意外と気があう、言うなれば壁際が落ち着くタイプの物静かな冒険者である。 「ども、ヴィラーゼさん。そちらはどうでしたか?」 「今日も残念ながら。海の一族の居留地で情報収集をと思ったのですが、つまみだされてしまいましたよ。ふふ、なかなかうまくはいかないものです」 「探し物、早く見つかるといいですよね……」 「……ええ。あれはとても危険な秘宝。私をこの身体に蘇らせた真祖様に、改修するよう言われているのです」  なにやら不穏な言葉が過ったような気がしたが、彼が使命を帯びているのだけは以前からヒロも理解している。それは、共に宅を囲むカラブローネやエイダードも一緒だった。  そこに、素材の売却を終えたヴァインも加わり、今日一日の無事を祝って乾杯する。  かなりの激戦だったが、ハルピュイアは無事に討伐されたらしい。  さっそくヴァインが運ばれてきたジョッキを仲間たちに配りながら話した。 「そら、マイカねえさんもニングも。みんないいか? まあ、乾杯といこうや」 「そういえばヴァインくーん? なんか、あっちの女の子組の新顔、凄いんだって?」 「いやいや、つーか……なんかよくわからんから警戒してるんだが、何者なんだって感じだ。……率直に言ってマイカねえさんはどうだい? なんか、妙な娘でよ」 「かんぱーい! ――ぷはーっ! 最高かよー、もぉ! ……え? ああ、うん。悪意は感じないが実に興味深い。ああいう年頃特有のアレなんだけど、もう少し情報が欲しいかな」  皆で杯を交わし、今日一日の無事を互いにねぎらい祝った。  冒険者はいわゆる、命知らずの無頼の生業。ともすれば、明日の今頃はこの中の誰かがいなくなることもあるのだ。  ヒロはその意味が身に染みてきていて、その上で最近は射撃の特訓と探索術の勉強に夢中だ。正直怖いし恐ろしい、平和な一市民としてモブ生活したい気持ちもある。  だが、ウカノを生まれた土地に帰してやるという小さな夢が、叶うかもしれない。  そう思ったらもう、あとは夢中でがむしゃらな日々を全力疾走だった。  そんな彼に仲間たちは優しく協力的で、厳しい時も決して見放しはしなかった。 「まあ、そんなわけでねえ……迷宮探索を進めて、エンリーカ王女を探す必要があるのヨ」  カラブローネが鳥肉の燻製を串からばらしながらぼやく。彼はここ最近、仲間たちのために頭脳をフル回転させた結果、知恵熱が出そうなレベルで精神的に披露していた。  だが、今日は心なしか少し元気そうだ。  まだまだマギニアと産みの一族の戦争は回避された訳ではない。  ただ、冒険者としてやるべき方向性がはっきりしたのはヒロも有難かった。  大皿の串を半分ほどほぐして、エイダードが「絞っていいか?」と柑橘類の果物を握る。皆が頷いたり好きにどうぞというので、ヒロも承知して酒を飲む。 「実はねえ、次の迷宮を軽く下調べしておいたんだよい。レムリア載記の写本が図書館にあってね……いやあ、マギニアの王立図書館凄い! 一生入り浸りたい……」 「マイカ先生、ランチやお茶を買いに走る僕の身にもなってくださいよ」  ライトニングの言葉に苦笑しつつ、マイカは語った。  次なるダンジョンは『古跡ノ樹海』……すでに挑んだ冒険者たちの大半が、複雑怪奇な魔宮に翻弄されているらしい。魔物の強さもレベルが高く、危険なF.O.Eも徘徊しているとのことだった。さすがはマイカ、デスクワークの達人、いうなれば安楽椅子冒険者とでもいうべき情報収集能力である。  そして、情報といえばこの人物を欠かすことはできなかった。 「あと、おいちゃん……調べておきましたよ? 禍神の姫巫女シェイレーヌ、その正体を」 「うわっ! び、びっくりした! ……ザッシュさん、気配を殺して現れないでくださいよ」 「ごめんごめん、ヒロ。みんなも無事でなによりだね」  ヒロは漫画やアニメ、ゲームで知っている。いわゆる、おねえ系キャラというものだ。だが、現実にはザッシュは雄々しく頼もしい暗殺者としての側面を持ちながら、男女を問わず誘惑する美貌の持ち主で、しかも性に奔放なうえに「くるもの拒まず」のメスお兄さん属性なのだった。  その彼が、エイダードが隣から拝借した椅子を並べたので座って語り出す。 「禍神の姫巫女……とんでもない話でしたよ」 「えっと、アーモロードの世界樹、その深淵に今も禍神の亡霊が定期的にでるんだっけ?」 「ええ。マイカのエトリアや他の世界樹でも、稀にそうした恐ろしい存在が確認されてます」 「いやー、私はシンジュクより下層にはあまりいかなかったからなあ。でも、どの世界樹にも隠されし禁忌の最奥、封印されし迷宮の噂はあるよね」  ザッシュは情報収集の結果を端的にわかりやすく語ってくれた。  アーモロードの世界樹、その海底にある深都の更に奥……フカビトと呼ばれる者たちの崇める邪神が祀られているという。  そしてそれは、あの伝説の冒険者、リボンの魔女とその仲間たちに倒された。  だが、定期的にその澱んだ残滓が形を成して蘇るという。 「ロード元老院でも、海都と深都で連携してその怨念を討伐している。このへんはニング君が詳しいよね?」 「ええ、ザッシュ。ですが、この僕にもわからないことはあります。ただ、噂では……蘇った禍神を討伐したパーティの女性が、処女懐胎で妊娠したとか」 「そう、そしてそれは噂ではなく真実。なんだけど……なんで秘密なのかわかったよ」  ザッシュは杯片手に、自分の取り皿に丁寧に酒の肴をとりわけてゆく。そうして唇を一杯のエールで濡らして、話を続けた。 「……その女性冒険者が、一人の女の子を出産した」 「それが、あのシェイレーヌって娘」 「まあまあ、ヒロ君? もう少し複雑な事情がある。……深都でも海都でも、度肝を抜かれた。……ただの人間、普通の赤ん坊だったんだ。呪われてるとか、異能の力があるとか、そういう赤子ではなかったらしい」  ザッシュは持ち前の人脈をフル稼働させて、かつて深都の深王代理騎士だった女性と手紙をやり取りしていた。その人は今は、共和制に移行したファフナント手刻……もとい、ファフナント共和国で王室の近衛長を務めているとのことだった。 「諸説あるけど、あの世界樹の迷宮に巣食う邪神はリボンの魔女が討伐した。その際、神竜に祝福された二人の少女……人と異形の混じる娘と、男と女の混じる娘が奇跡を起こした、とさ。で――」  情報を集めてまとめたザッシュ自身、半ば信じられないような顔をしていた。異形ながらも強い友情で結ばれた二人の乙女のために、あの伝説の神竜が「真なるまっとき少女になるための力」を用意したらしい。  だが、二人はその申し出を断った。  相反する自分同士が入り混じる、生まれながらの自分で生きる道を選択したのだ。 「よく絵草子や叙事詩に語られてるくだりだけど。じゃあ、二人の女の子を普通の人間にするための力……神竜が用意した、二つの人間としての半身はどこへ? その答が」  ヒロは驚いたが、確かに以前ウカノが部屋で本を読んでいたのを覚えている。大半が誇張された創作だろうが、アーモロードの世界樹での冒険譚は今や世界中で愛読されているベストセラーである。  つまり……シェイレーヌという少女は特別でもなんでもない普通の人間で、神竜が使い損ねた奇蹟の残骸なのだという。ロード元老院は深都の重鎮たちとも相談し、爵位を与えてプリンセスとした後、かの冒険女王エンリーカにその身を委ねたとのことだった。  だが、振り向くヒロの目には、ドロテアやまひろと楽しそうに語る無邪気な、邪気がないのに邪気眼な女の子が笑っているだけだった。