なんとか魔物の大群をやり過ごし、ジルベルトたちは地下への階段を先に進む。  ますます迷宮内は複雑に入り組んで、崩れた壁の向こうには巨大な蝙蝠のバケモノが飛び交っているのが見える。距離を詰められなければ大丈夫だが、その動きの規則性をジルベルトはしっかりと記憶しておくことにした。  どうやらこちらを追いかけてはくるものの、あまりスピードは出ないらしい。 「でも、あっちは飛んでるから厄介かな」 「そだね、崩れた壁の場所は一方的に飛び越えられるもん。っと、あれは?」  並んで歩くリベルタが指さす先に、一人の少女が振り返った。  その装備は、どうやら海の一族の関係者らしい。  見目麗しいその姿は、同性のジルベルトでさえも見惚れて時間を忘れる。美貌に輝く勝気な瞳は、冒険者の一団を見るなり瞬き煌めいた。 「ちょっと、遅いじゃないの! この私をいつまで待たせ……あら?」  少女は目を丸くした。  一瞬で貴婦人のごとき雰囲気が童女のあどけなさに変わる。  ジルベルトは確信した。  間違いない、この人物が航海王女にして冒険王女、海の一族を束ねるエンリーカ王女だろう。その証拠に、彼女は部下や仲間ではないジルベルトたちに警戒心を尖らせる。 「あなたたち、噂のマギニアの冒険者ね!」 「え、ええ。あの、失礼ですがエンリーカ王女殿下であらせられますか?」 「あらせられますわよ! なに? 私の部下たちはどうしたっていうの!」 「えっと、途中で会いましたが、まだ上のフロアを探索してるかと」 「なんてことかしら! こうしてはいられないわ! って、シェイレーヌ! あなたもなにをしているの!」  そういえば、禍神の姫巫女を自称するこのプリンセスは、海の一族の保護下にあるのだった。そのシェイレーヌがフフンと一歩前に出る。  またいつものポージングが決まるなと思って、ジルベルトはちょっと下がって場所を提供した。なぜかドロテアはワクワクしているし、リベルタは無言でスケッチブックを取り出す。ユーティスだけが、油断なく周囲へ警戒心を広げていた。 「お疲れ様ぞ、エンリーカ。妾はマギニアの冒険者たちがお主に会いたいというので――」  やはり謎の恰好いい? ポーズを決めた。  なんだろう、この人は決めポーズを取らないと言葉が出てこないらしい。  なまじ整った容姿をしているので、暗く濁った眼でもそれなりに様になっていた。  だが、そんなシェイレーヌの言葉をエンリーカは片手で遮る。 「あなたは船団で待っているよう言ったでしょう? なにしてんの、しかもマギニアの冒険者を連れてくるなんて!」 「まあ待て、待つがよいぞ。妾たちとて、争いは望んでおらぬだろうに」 「当然よ! でも、あのマギニアとの交渉なんて癪だわ。私は冒険王女エンリーカ……ここからは競争よ、マギニアの! 私の実力でレムリアの秘宝はいただくわ!」  止める間もなく、エンリーカは猛ダッシュで走り去った。  しかし、その先には無数の赤い翼……恐るべき魔物、嗅ぎまわる大飛鼠が乱舞している。その群の中へと、真っ直ぐにエンリーカは突っ込んでいった。  そして、ジルベルトは仲間たちと共に驚愕の光景を目にする。 「え、あ、あぶな……い? くない?」 「くない、ねえ。なにあれ、どういうカラクリ?」 「うむ、あれぞエンリーカの持つ絶体幸運! 我が禍神の加護も真っ青の激運じゃよ」 「うわー、採集とかしたら貴重品ばかり掘り当てそうな人だー」  少女たちは皆、ぽかーんとしてしまった。  なんとエンリーカは、群なす蝙蝠たちの中をするりとすり抜けたのだ。敵意をむき出しに襲い来る翼と牙を、ただただ普通に走って避けた……というか、魔物の方が勝手に接触を失敗したように置き去りにされてゆく。  あれが噂の冒険王女、その強運……それを目にして、ジルベルトも呆気に取られてしまった。だが、ユーティスだけが淡々と今の現象を説明してくれる。 「どうやらあのF.O.Eは音の反射を感じ取って動いている様子……ざっと三万回ほど演算を試しましたが、0.012%ほどの確率で接敵せずにすり抜けることは可能です」  ためしてみますか? と真顔で言われて、思わずジルベルトたちは一斉に首を横に振る。迷宮の冒険は最大限の力と技を振り絞り、その果てに最後は運に頼る時もある。  しかし、最初から運頼みという話は聞いたことがなかった。  そんなこんなで、せっかく出会えたのにエンリーカを見失ってしまった。  ただただ呆れていると、背後で冷静な声が響く。 「あら、一歩遅かったかしら? って、シェイレーヌもいるの? なにしてるの、あなた」  振り向けばそこには、ハイ・ラガートから来たという冒険者が立っていた。確かアーテリンデという名で、相棒の狼クロガネJrも一緒だ。  一人と一匹はすぐにジルベルトたちに歩みより、そして追いこしてゆく。 「あなたたちも見たでしょう? 彼女、運だけは人一倍太いの。脅威の強運、恐るべき悪運というか……それで海の一族の重鎮たちも、彼女を旗頭に担ぎ上げてるのよ」 「え、ええ……でも」 「とりあえず、シェイレーヌの様子を見るに……マギニア側に敵意はないのよね。ただ、殿下はちょっと人の話を聞かない一面があるから」  思わずウンウンと皆で頷いてしまう。  さっき、ようやく話し合いの機会が生まれた。両国の対話のための対話、それが始まりそうだったのだが……冒険王女エンリーカは脱兎のごとく去っていった。それも、人智を超えた運勢を見せつけて。  取り付く島もないとは、まさにこのことだった。 「さて、皆の者! 急いでエンリーカを追うのじゃ。なに、妾たちならすぐ追いつく。アーテリンデもそうじゃろ?」 「まあ、一応護衛として雇われてるしね。……それに、あたしはこの迷宮を知っている。なぜ、ハイ・ラガートの『古跡ノ樹海』がここに? なにか、嫌な予感がするのよね」  それだけ言い残して、アーテリンデも行ってしまった。その先を露払いするように、クロガネJrの牙が空中で炸裂する。あっという間に赤い蝙蝠を蹴散らし、一人と一匹は去っていった。 「やっぱり、そうなんだ……師匠も前から言ってた」 「ん? どしたん、ジル」 「今までいくつも迷宮を抜けてきたけど、その大半が世界各地にある世界樹の迷宮と酷似してるんだって。……謎だらけのこの群島の、一番の謎だよね」  だが、今は腕組み思案を燻らしている場合ではない。  ジルベルトたちは戦闘を避けて上手く通路を回り込み、F.O.Eを迂回して次の階段へと向かうのだった。