向かう先に響くは、剣戟の光。  絶え間なく続くその音は、ジルベルトたちが走るほどに甲高く突き抜ける。  どうやら迷宮の奥で、誰かが激しい戦いを繰り広げているようだった。  すぐに視界に、一人の冒険者が振り返る。 「っ! マギニアの冒険者たち! ちょうどよかったわ」  そこにいたのは、通路からあふれんばかりの魔物をさばくアーテリンデだった。さすがはベテラン冒険者とでもいうべきか、彼女は荒れ狂う魔物の群を前に一人で奮戦している。通路の幅を上手く使って、必ず一対一で戦う形を自ら作っているのだった。  だが、あとからあとから溢れる数の暴力に、その顔は普段の余裕を失っている。 「アーテリンデさんっ、手伝います!」 「大丈夫、ここはあたし一人でなんとでもなる。それより、クロガネJr.を追って!」 「クロガネ……Jr.」 「そっちの扉から奥へ進んだわ! その先に殿下が……エンリーカ王女が! 早く保護しないと」  どうやら、アーテリンデたちはエンリーカに追いつきつつあったらしい。  だが、割って入った魔物たちに苦戦中である。  そこでアーテリンデは、敵の足を止めつつクロガネJr.を先行させた。  そこまでわかった瞬間、ジルベルトは仲間たちと頷きを交わす。  そして、シェイレーヌが一歩前へと踏み出した。 「アーテリンデ、妾が後で援護するゆえな……ジルたちは先に進むがよい!」 「そりゃ助かるけど! 正直、タイマンバトルが終らないのよね!」 「という訳じゃ、ジル……皆も。ここは妾たちに任せていざゆけ、ボウケンシャー!」  杖を手に、シェイレーヌが号令を発する。  アーテリンデの剣が力を得て、徐々に魔物たちを押し返しつつあった。  そんな彼女も肩越しに頷くので、ジルベルトたちは四人で先を急ぐ。  しばらく迷宮を走ると、はっきりとわかる戦いのあとがアチコチに散らばっていた。その先に点々と、血痕を交えた赤い足跡が続いている。  それは間違いなく、黒き狼クロガネJr.のものだった。 「この出血……いけませんね、ジル。急ぎましょう」 「うん。でもいったいなにが」 「結構深くまで降りてきたからね。……ってことは、いるんじゃない?」  そう、すでに地下三階を進むジルベルトたちは、地図の大半を埋めつつある。そして、中央に不自然な大広間……間違いなくそこには、この『古跡ノ樹海』の主が待ち受けているのだ。  リベルタの言う通り、恐るべき強敵の前にエンリーカは飛び出してしまったのかもしれない。  やがて、目の前にうずくまる黒い塊が首をもたげた。  傷だらけになって動けない、クロガネJr.の姿がそこにはあった。 「クロガネッ! 酷い傷……この先にエンリーカ王女が?」  身を震わせながらも身を起こし、クロガネJr.は小さくクゥーンと鳴く。彼が鼻先を向ける方向からまるで誘うような羽撃きと絶叫が鳴り響いた。  やはり、この先には強敵が待っている。  エンリーカの命の危機だ。 「ジル、行ってください! わたし、この子の手当てをしてから追いますから!」 「ドロテア、でも一人じゃ」 「周囲に殺気はなさげ、っぽいです。ですよね、ユーティスさん」  ユーティスが無言で頷くので、ドロテアは手早く鞄の中身を全部ぶちまけた。その中から薬品と包帯を手に取ると、グルルと唸るクロガネjr.の傷を手当てし始める。  最初こそ警戒心もあらわだったクロガネJr.だが、ドロテアが触れると静かになる。 「よしよし、いい子……沢山頑張ったんだね。すぐに止血を……さ、ジルたちは先へ!」  ジルベルトは難しい選択を迫られた。  すでにシェイレーヌが一次離脱し、ドロテアも抜ければ戦力は三人になってしまう。そして、急がなければエンリーカの命が危ない。  胸の奥に、師の教えを思い出す。  熟考している時間はないし、判断を誤れば恐ろしい結果が待っている。  なにより、ここでパーティのリーダーとして決断することが、怖い。  一瞬の逡巡を見せるジルベルトだったが、仲間たちの声に走り出した。 「ここは動ける者だけで先へ急ぎましょう。まずはエンリーカ王女の保護が優先かと」 「だねっ! 行こう、ジル! ドロテアもあとから急いでね。あと、クロガネちゃーん? あとでキレイキレイしたあと、吸わせてねぇーん。なんてな、わはは!」  一瞬、クロガネJr.がビクリ! と真顔になった。  リベルタは砲剣に火を入れながら先へと駆けてゆく。すでに駆け出していたジルベルトも、剣と盾を身構えた。そして、巨大な扉が目の前に出現する。  間違いない、地図の中央に位置するこの場所こそが、この迷宮の玉座だ。  躊躇している時間もなく、軽く戦闘準備を確認して扉を蹴り破る。 「ごめんなさいよーっと! ん、いた! ジル、エンリーカ王女だ!」 「すぐに保護を――! これは厄介な魔物がいますね」  やる気満々で部屋に飛び込んだリベルタが指さす先に……震えながらも戦う背中があった。ダガーを手に振り返る、それはエンリーカその人である。  無事が確認してひとまずは安心した、その時だった。  空気を沸騰させる咆哮と共に、巨大な影が風圧を広げて舞い降りる。  それは、一言で言うならば異形。  複数の生物が入り混じる、なんとも奇妙で歪な魔物だった。 「やば、ジル。こいつ……」 「うん、キマイラだ。昔、本で読んだことがある」 「複数の魔物が融合した危険種です。しかも、このサイズは」  警戒心にユーティスが短剣を抜き放つ。  ドシリ! と着地したキマイラは、見上げるような巨躯で目の前へと迫ってきた。  即座に三人は、阿吽の呼吸で走り出す。  ユーティスが投刃を連射する、その中をジルベルトは走った。 「エンリーカ王女殿下! お救いします!」 「マギニアの冒険者!? ……よかった、間に合ってくれて」  さすがの激運王女も、キマイラを前に苦戦していたらしい。それでも、気丈にダガーで立ちまわったであろう足跡が、彼女を強運だけの少女ではないと無言で語っている。  そして、激戦が幕をあげた。  なにかを呼ぶようにキマイラが唸りをあげる。  呪いを歌うようなその声に、周囲から無数の赤い翼が舞い上がった。 「ジル! 注意して! 例の赤い蝙蝠、大量に湧いて出た!」  すかさずリベルタが、アサルトドライブで真紅の牙を両断する。同時に、バシュッ! と白煙を巻き上げる砲剣を手に、ジルごとエンリーカを庇って振り向いた。  ちょっと、露骨にリベルタは嫌そうな顔をしていた。  インペリアルの切り札、ドライブを使わされたからだ。  しかし、キマイラまで温存しつつこの数をさばくのは無理だと判断したようだ。ジルベルトも、少しずつ嗅ぎまわる大飛鼠を処理する。  少数な上に分断され、キマイラの前には細い影が一人だけ。  それでもジルベルトは、前へと踏み出す弟分の背中を視線で押し出すのだった。