樹海の玉座は今、混迷の大乱戦に沸き立っていた。  次々と襲い来る赤き蝙蝠の中、必死にジルベルトはエンリーカを守る。  結果、分断される形でキマイラの前に今、ユーティスだけが身構えていた。 「ユーティス! ……くっ、周りが邪魔で近付けない!」 「心配ありません、ジル。目標キマイラ、エンゲージ」  線の細いユーティスへ向けて、山のような巨体が襲い掛かる。見た目を裏切る俊敏な機動力に、ユーティスもまた瞬発力を爆発させて応えた。  一頭の獣たちからの連なる咆哮。  飛び交う投刃。  その全てが、赤い翼の向こう側へと霞んでゆく。  焦るジルベルトは、自分と同じ顔を隣のリベルタにも見た。 「ちょっちヤバいねー、ジル」 「うん、いや、でも……まだ手はある、はず。絶望なんかしない、してやらない」 「おっしゃ、その意気だぜー? こっちは援軍のあてもあるしね!」  白煙を巻き上げる砲剣を振るって、リベルタが次々と敵を切り裂く。  どうしても大振りになる彼女をフォローして、ジルベルトも残像を刻みながら足を使った。だが、敵の数は減るどころか、怒れる迷宮の主に呼ばれて舞い込んでくる。  圧倒的な物量に、徐々に焦りが恐懼となって背筋を這い上がった。  派手にバーン! と部屋の扉が開かれたのは、まさにそんな限界ギリギリの時だった。 「ま、まにあった? 颯爽登場! ですっ!」 「今こそ猛る時ぞ、いざゆけボウケンシャー!」  一瞬、後光がさしたかに見えた。  威風堂々、おそろいのポージングで現れたのは、ドロテアとシェイレーヌだった。  二人とも、肩で息して疲労も露わだ。  だが、息ぴったりの呼吸で同時に走り始める。  群がる敵の半分が、新たな冒険者へと翼を翻した。  その瞬間をジルベルトは決して見逃さなかった。 「今ぞ、ボウケンシャー! 妾の姫巫女たる力を今ここに……禍神よ! 御身の力をここに! イア! イア!」  突然、シェイレーヌが本当に輝き出した。  それは、一次的にプリンセスの号令を強化する秘技……彼女の声が深く響いてジルベルトたちを包む。全身の力が湧きたつような、胸の奥から気力が込み上げるような感覚。気付けばジルベルトは、周囲を振り切りユーティスの隣に踏み出していた。  その横を、疾風のように死神が馳せる。 「師匠みたいに、やってみる!」  駆け抜けるドロテアの全身に、暗い花びらがほころんでゆく。瘴気兵装の発動と同時に、彼女は振りかぶった大鎌を真横に薙ぎ払った。  その一撃を避けたキマイラだったが、ドロテアの力が咲き誇る。  それは、斬撃をフェイントにしたリーパーの技だった。  ゆらぐ瘴気兵装の一部がキマイラを包み、わずかに力を弱らせる。  とっさにジルベルトは、師であるカラブローネの講義を思い出していた。 『冒険者の肉体が耐えられる強化は、まあ、多くても三つだヨ。同時に、魔物への弱体化もまた、せいぜい三つ。それ以上は冒険者の身体が耐えられないし、魔物の耐性もあなどれないねえ』  冒険者は時に、一次的な肉体強化や弱体化を駆使して戦う。  プリンセスの強化とリーパーの弱体化が同時に発動すれば、その相乗効果は二倍以上。あっという間にドロテアは、二つ目の術をキマイラに叩き込む。  機敏に動き回るキマイラも、その瘴気の力は逃れられなかった。  同時に、シェイレーヌの声がさらに高まれば疲労が薄れてゆく。 「ありがと、ドロテア! シェイレーヌ! 流れが変わった……いくよ、ユーティス!」 「了解」  背後は気にしなくていい。  遊撃に回ったドロテアが、リベルタと一緒にエンリーカを守ってくれている。そして、どんよりと加護の力を発するシェイレーヌからは、不思議と魔物たちが遠ざかっていた。  だが、後方のドロテアが三つ目の術を瘴気兵装ごとぶつけても、キマイラは怒りに燃えて襲い来る。 「ジル、尾の蛇に注意を。毒を持っている可能性があります」 「うん。それに、この連撃……つけ入る隙がない」 「投刃、連続投擲。いずれかの状態異常が成功した後、しかけましょう」  威圧の咆哮が響けば、ジルベルトの本能的な恐怖が手足を硬直させた。  すかさずシェイレーヌが防御の号令を歌い、身震いする全身の感覚が戻ってくる。魔物たちが使う弱体化の力も、相反する強化の力で打ち消すことができる。これもまた、師から学んだ冒険者の基本だった。  そして、激しい波状攻撃の中をユーティスの投刃が穿つ。  だが、その全てが複数の爪と牙で叩き落された。 「すみません、ジル。予想外の手数です」 「大丈夫、謝らないで! あんなに頭がついてんだから、一つずつ潰していこ!」  圧倒的な強敵だが、こちらも負ける気がしない。  そして、激戦の中でキマイラは炎を吐き散らしながら突っ込んできた。  左右にわかれて突進を回避しつつ、後列の仲間たちを振り返る。  その時、奇蹟が起きた。  否、それは強運を通り越してもはや、悪運とでもいうべき運命の悪戯か。 「まったく、そこのイケメン! 投刃っていうのはねえ、こうやるのよ!」  エンリーカだ。  彼女もまた、ダガーを構えたナイトシーカーとしての技を披露する。一見してでたらめにも見える投擲の数々が、部屋の隅でターンするキマイラへと吸い込まれた。  その大半は避けられ弾かれたが、意外なものが眉間に直撃する。  直後、キマイラは昏倒したようにその場に崩れ落ちた。  一瞬、ジルベルトは目を疑い、耳にするユーティスの言葉に唖然とした。 「目標、沈黙。……寝ました」 「寝た、って」 「即効性の睡眠剤です。この手の投刃はリスクが大きいので、私はあまり使わないのですが」  そこからのジルベルトたちは、無言で頷きを交わし合う。  ユーティスはキマイラを起こさぬように、周囲に群がる嗅ぎまわる大飛鼠を引き剥がす。  シェイレーヌが改めて攻撃の号令を下すや、ドロテアもしっかりと防御力を弱体化させる。同時に、バシュッ! と音を立てて、リベルタの振り上げる砲剣が輝き出した。 「おっしゃ! もらいっ!」  ドライブの光が雷となって、キマイラを叩き起こす。そのまま崩れ落ちるかに見えたが、巨獣は最後の力でジルベルトに襲い掛かってきた。かざした盾を強撃が遅い、死に物狂いの気迫にジルベルトは間合いを取る。  直後、またもエンリーカがやってくれた。 「みんなっ、援護して! とどめは私がっ、決めるわ!」  煌めくダガーの一閃と共に、エンリーカが逆手に投刃を握って突き立てる。丁度真ん中の頭部を貫かれる形で、しばらく痙攣に震えたのち……恐るべき怪物は地に伏した。  おいしいところを持ってかれたかー、と笑うリベルタに笑みを返して、ジルベルトはその場にへたりこんで脱力してしまう。だが、恐るべき冒険王女の激運は、ここからが本番なのだった。