結局、エンリーカはジルベルトたちをいたく気に入り、冒険に大満足して帰っていった。  戦争は回避され、後日ペルセフォネとの会談が開かれることになる。  再会を約束して、アーテリンデやシェイレーヌも海の一族の居留地へ去った。  夕暮れ時、死闘を終えて戻るマギニアの空気は、自然と生還の喜びを温めてくれる。 「いやー、大漁大漁! 冒険王女様の激運ハンパないねえ」 「うん。それに、話せる人でよかった。……いいのかな、あれ。もらったから売っちゃったけど」  恐るべき魔獣、キマイラにとどめをさしたのはエンリーカだった。彼女が突き立てた毒の投刃は、劇薬を流し込んで弱ったキマイラを毒死させたのである。  それがまさか、世にも珍しい素材である魔獣の毒翼をもたらすとは思いもしなかった。  流れでもらってしまったが、先程ネイピア商会で大金に変わったのである。 「物凄い高価な素材でしたね、ジル! リベルタも、ユーティスも!」  ドロテアも終始笑顔で、まるで疲れを感じさせない。  彼女は換金時には目を丸くして硬直し、新たに魔獣の毒翼で追加された防具に開いた口が塞がらなかった。 「ネカネに買ってあげたいけど、ちょっと値段が、ね」 「絶体あれ、ボッタクリだよなー! わはは!」  こうして四人は、今日も無事に湖の貴婦人亭へと帰り着いた。  だが、出迎えてくれたのは仲間たちではなかった。  不意に背後で、逼迫した少年の声が響き渡る。 「丁度良かった、お前たち! あいつを、カリスを見なかったか!?」  宿に入ったジルベルトが振り向くと、そこには肩を上下させるロブの姿があった。あちこち走り回ったらしく、汗に濡れて息も荒い。  そして、その目に光る焦りのゆらぎが、状況の全てを無言で物語っていた。 「ど、どうしたの、ロブ」 「ジルベルト、カリスが一人でいなくなっちまった。多分、最近発見された小迷宮だ」 「! カリスが一人で……まずいね、急いで助けにいかないと」  カリスの成長は著しく、今や立派な一人前である。  それでも、小迷宮とはいえ単独行動は危険すぎる。 「リベルタ、ドロテア、それにユーティス」 「あいよー、バッチシ行けるよん」 「わたしも大丈夫です!」 「探索の継続は可能です、ジル。急ぎましょう」  お腹も減ってるし、体力の消耗も激しい。そしてそれは、仲間たちも同じはずだ。それでも、ジルベルトの呼びかけに誰もが笑顔で応えてくれる。あのユーティスでさえ、どこか生真面目な無表情を弛緩させたように見えた。  だが、そんな一同を呼び止める声があった。 「おっと、待ちなお嬢ちゃん。疲れてんだろ? 今日は飯食って風呂入って寝ちまえよ」  ジルベルトを引き留めたのは、ヴァインだった。  彼は手早く持ち物をチェックし、愛用のリボルバーに弾薬を詰めながら歩み寄ってくる。 「でも、ヴァインさん! 急がないとカリスが!」 「ミイラ取りがミイラになる、って話もある。お嬢ちゃんたちの体力じゃまあ、連戦はきついだろうしよ」 「ロブも一緒だし、今なら迷宮の前で追いつけるか、も――? あ、あれ?」  ふいに世界が揺れた。  自分がぐらついたと気付いた時には、ジルベルトは片手でヴァインに背を支えられていた。華奢な少女とはいえ、フル装備の冒険者を抱き留めても全く揺るがない腕力。そのままヴァインは、ジルベルトを立たせてポンと頭を撫でた。  不思議と、妙に懐かしい感じがして不思議に感じる。  なぜか、郷里で病床に臥せっている兄を思い出したのだ。 「おいちゃんたちはちょいと出払っててな。まあ、こういう時は年上を頼るもんだぜ」 「は、はあ」 「うし! ヒロ、行けるか? ウカノちゃんも」  早速食堂から、転がるようにしてヒロが飛び出てきた。  彼はナイフとフォークを持ったまま、手の甲で口元を拭う。 「す、すぐに行けます! ウカノも、いいかな?」 「はいっ! アルサスさんやセレマンさんにも声をかけてみます!」  ウカノはヒロから食器を取り上げると、すぐに食堂へと引き換えしていった。  あれよあれよという間に、急ぎのクエストが引き継がれてゆく。 「うし、じゃあ行くか。へっ、長い夜になりそうだぜ」  手早く仲間たちを集めて、ヴァインはすぐにロブと出発してしまった。  その背を見送ったら、一気に今日の疲れが重くのしかかってくる。自分でも少し無理をしそうになっていたと、改めてジルベルトは思い知らされた。  迷宮は魔窟、まして夜は魔物の時間である。  ミイラ取りがミイラになる……その言葉を脳裏に反芻し、ジルベルトは溜息を一つ。  周囲の仲間たちも、呆気にとられつつ脱力した様子だった。  そんな一同の前に、パジャマ姿をひきずるまひろが現れた。 「ふああ、ふう……あ、おはようです! おかえりなさいなのです、ジル! みんなも!」 「あ、まひろ。え、寝てたの?」 「今日は明け方まで迷宮にいたです。海の人たちと少し仲良くなったのです」 「そ、そう。それは、よかったけど」  まだ半分寝てるのか、しきりにまひろはまぶたをこする。  そんな彼女に、いましがたヴァインたちがバタバタと出ていったと告げる。  だが、まひろは大きなあくびをするだけで、全く動じた様子を見せない。 「ほむ……兄様が。なら、だいじょーぶなのです!」 「大丈夫、って。ま、まあ、ヴァインさんなら問題ないだろうけど」 「いつだって兄様は無敵なのです! だから、ジルたちは着替えてまひろと朝御飯でも食べるです」 「いや、もう夕方なんだけど……ふふ、そうだね。まひろのあにさまを信じて……仲間たちを信じて、休もうか」  意地を張ってたのか、リベルタがその場にへたりこんだ。やはり、皆が疲れていたのだ。ドロテアも、大鎌を杖にずるずると崩れ落ちる。  ユーティスだけが、いつもの冷静な表情で普段通りだった。 「そういえば、師匠は」 「おいちゃんは確か、エイダードたちと迷宮です。凄く凄い強敵がいるらしいのです!」 「あ……そういえば確か、まだ最後の部屋を攻略してない小迷宮があったっけか」 「ですです!」  長い夜になりそうだと、さきほどのヴァインの言葉が脳裏をよぎる。  だが、ジルベルトたちは精いっぱい戦ったし、激闘を終えたばかりだ。今日は少し豪勢な夕食を食べて、お風呂で汗を流して早く寝よう。そう思えば、重い疲労感さえも心地よく感じるジルベルトだった。