ヴァインは仲間たちと共に、小迷宮『桜花天空楼』を進む。  純然たる想い、強い意志……全ては、可憐なる美女と呼ばれる謎の魔物を求めて。カリスの言葉は話半分に信じるとしても、彼の下心はちょっとした好奇心に踊らされていた。  だが、たかが小迷宮と思ったが以外にも複雑な道筋が冒険者たちを翻弄する。 「ヴァインさん、戻ってきちゃいました」 「多分、あの場所に動く床を持ってけばいいと思うんですけど」  ヒロとアルサスが、空中を浮遊する移動床から降りて戻ってくる。無数に点在するこの床が、どういうわけか思うように動いてくれない。乗った場所から真っすぐ動くだけなので、ヴァインが覗き込む地図は直線で囲われた大量の空白地帯に覆われていた。  その地図を書き込むウカノが、先ほどからなにやらふむふむと頷いている。  そうこうしていると、別の床を動かしていたセレマンも合流してきた。 「お坊ちゃま、皆様も。これで全ての床を動かしましたが、進める場所はありませんね」 「あ、セレマン。そっちも駄目だったの?」 「はい、お坊ちゃま。この迷宮には極めて高度なギミックが施されていると感じました。現在演算中ですが、どうしてもあの場所に進むのが難しいかと」  セレマンが振り返って指さす先、開けた空の大広間に小さな通路がある。そこに向かって真っすぐ移動床で進めればいいのだが、どういう訳かそんな直線はこの場所に存在しない。どこの床をどう動かしても、そこにたどりつけないのだ。  だが、地図を書いていたウカノが「よしっ」と元気に歩き出す。 「ヒロ、皆さんも。多分これ、床の動かし方に手順というか、決まった法則性があるんだと思います。ちょっと、試してみますね」  ヴァインたちの前で、ウカノがあちこちの移動床を動かし始めた。  その間、魔物を警戒するヒロがどこか誇らしげに語ってくれる。 「昔からウカノは、パズルとか得意なんですよ。一緒にゲーセンに行っても、長々とテトリスとかぷよぷよとか遊んでるし」 「げえせん? ああ、賭博場みたいなもんか? しかし、頼りになる妹だなあ、おい」 「へへ、多分ちょっとだけ地頭がいいというか……オレの世界の言葉もすぐ覚えましたし」 「お! 戻ってきた……ふむ、そうか。移動床を連結させるのがキモなのな」  ウカノは、あっという間に一か所に全ての移動床を集めてしまった。  そしてヴァインはフムと唸らされる……この移動床は、連結させることで微妙に距離感を調節できるようだ。つまり、直接移動床に乗るより、止まってる移動床から隣のそれに乗ることで位置関係が大きく変わるのだ。  それで一同、ようやく目指していた空の小道へと真っすぐ進んでゆく。 「……演算終了。お坊ちゃま、この小迷宮のギミックが判明しました」 「あ、うん。その、セレマン……今まさに、僕たちはその先に進んでいるんだけど」 「七万パターンほど検索した結果、移動床の組み合わせが……おや?」 「もう大丈夫だよ。ほら、対岸の新しいフロアが見えてきた」  有能に見えてポンコツなメイドが、普段の無表情をことさら真顔に凍らせる。彼女の頭脳よりも、ウカノの利発さの方が今回は勝ったようだ。そのウカノが、真っ先に新たな部屋に飛び乗って身構える。  どうやら、この場所には危険な魔物はいないようだ。  それがむしろ、ヴァインには不自然に思えて警戒心を尖らせる。  どういう訳か、敵意が感じられない。  それなのに、部屋の奥から……扉の向こうから、甘い匂いと共に圧倒的な存在感が圧倒してくるのだ。 「なるほど、噂の美女はとんでもねえ大物みたいだな」  数多の戦場を駆け抜けてきた、傭兵としての第六感が危険を訴えていた。  だが、今はヴァインのスケベ心がわずかに勝った。  彼はそのまま、先頭に立って扉を開く。  途端に、蒸せるような濃密な香りがヴァインたちを包んだ。  そして、皆が見た……大きな広間の中央に、巨大な花が咲いているのを。まるで、そこだけ花園のように、様々な色の草花が咲き誇っている。そう、狂い咲くという表現がぴったりな巨大植物が振り返った。  その中央に、得も言われぬ色香を振りまく裸の女が立っている。 「……やっべ。こいつぁ……おいっ、逃げるぞ! こりゃ、アルルーナじゃねえか!」  ――アルルーナ。  それが、妖艶なる毒婦の名。  冒険者なら誰もが名だけは知っている、危険度の高い強敵……いわば、遭遇がイコール死に直結するタイプの大物だった。  すかさずヴァインが牽制の射撃を放ちつつ、逃げ場を探して視線を彷徨わせる。  だが、すでにアルルーナはこちらを認識して蠱惑的な笑みを浮かべていた。 「ヴァインさん、ヒロが……ヒロ、どうしたんですか! しっかりしてください、ヒロ!」 「お坊ちゃま、あれを直視してはなりません。過去のデータに好戦履歴が五件……非情に危険な魔物です。ここ数百年での討伐記録はありません」  しくじった、素直にヴァインは自分の大失態を認めた。  だが、もう遅い。遅過ぎたと後悔する前に彼は行動に移る。  その時にはもう、微笑むアルルーナへとヒロとアルサスがふらふらと吸い寄せられてゆく。ヴァインはそんな二人を追い越し、巨大な妖魔の前に立った。 「とにかく、二人を正気に戻すんだ! 急いでくれっ! ……ったく、しょうがねえ男だぜ、俺もよ。だが、自分のケツは自分で拭くのが大人ってもんだ」  冒険者になってから、多くを学んだ。その中でもヴァインは、責任というものを仲間たちの言葉と行動で思い知らされたのである。なんの目的もなく、展望も持たずにまひろと世界を逃げて流離う。そういう日々はもう、マギニアで終わらせたのだ。  だから、こんな大失敗をしでかしたツケは自分で払うのが当然だと思った。  だが、まさか仲間たち……女性陣たちが諦めを知らぬ芯の強さを見せてくれるとは思ってもみなかった。 「お坊ちゃま、失礼を」  突然セレマンは、ふらふらと焦点の合わない目で歩くアルサスを抱き寄せた。そして、あろうことかそのままズギューン! と唇に唇を重ねる。  瞬間、うつろな闇を澱ませていたアルサスの、その瞳に光が戻ってくる。 「あ、あれ? 僕は今、なにを……セレマン? 今、僕は」 「私は人間ではありませんので、ノーカンです。問題ありません。粘膜の接触によるショック療法を試みたまでです」 「……ちょっと待って、今……え? そ、それって」 「さて、次はヒロ様をお救いするとしましょう」  このメイド、やはりどこかおかしい。どこがと言われれば、あらゆる全てがいかがわしい。それは前から知っていたが、ショック療法がショッキング過ぎて、思わずヴァインも戦いの中で戦いを忘れた。  そして、対峙するアルルーナさえも、面白いものをみたようににんまりと笑う。  セレマンがちらりとヒロを見たので、すかさずウカノが飛び出した。 「え、えっちなのはいけないと思います! ヒロ、しっかりしてください! わたしが……そ、それは、無理! 駄目、だから……ごめんなさいっ、ヒロ!」  ウカノは申し訳なさそうに一度手を合わせてから、ビビビビビ! と連続でヒロに平手を見舞った。頬を真っ赤にして、ヒロも勝機に戻ってうろたえ驚く。 「あ、あれ? オレは今なにを……だ、大丈夫かい、ウカノ! 頬が真っ赤だ!」  いやいや、お前さんが真っ赤に腫れあがってるぞ……思わずほほえましさに笑みが浮かべば、ヴァインにも余裕が戻ってくる。  そして一同は、改めてアルルーナに向き合った。  戦闘は不可避、しかしこんな大物を想定しての準備はヴァインたちにはない。  それでも、覚悟を決めねば生き残れない中で瞬時の判断が彼を突き動かす。 「ヒロ、みんなと退路を探せ! 俺が殿に立つ」 「ヴァインさん、無茶ですよ! 一人じゃ」 「こちとら、逃げて逃げ延びることだけは得意でね……急げ! もと来た扉にはもう戻れねえ! それでもどっかに抜け道があるはずだ。迷宮のお約束ってやつだな」 「た、確かにここが最奥のフロアなら……でも、その可能性は」 「なーに、この程度はただの絶望でしかねえさ。……っと、そこだ!」  飛び交う無数の触手を、ヴァインが全て空中で撃ち抜く。  その間に、ヒロたちは手分けして周囲の床や壁を調べ始めた。  こういう場所には、かなり高い確率で出入り口への近道が隠されている。向こうからは通れないが、奥側から開くことで使えるショートカットの通路だ。  それが存在することに賭けて、ヴァインは一人でアルルーナへと飛び込んでゆく。 「ったく、どえれえ美女様だぜ。……かわいいもんだが、ちと愛嬌がねえな。抱きたくも、ならねえ、よっ!」  とっておきの切り札、魔弾を使った。それは、ガンナーの極限の集中力がもたらす精密射撃。狙いたがわずアルルーナの額にに弾痕を穿って、その動きが一瞬止まる。 「ヴァインさん! ここです、ここから出られます!」 「退路を確保。ええ、ええ、完璧です。では、地図に書き記しておきましょう」 「セレマン、そんなことしてないで早く! ヴァインさんも!」  こうして一同は、まさに絶体絶命の危機から脱した。命からがら逃げ延びたヴァインは、その夜カラブローネにこってりと絞られる。そのカラブローネたちが同じような大物を限界バトルで討伐してきたという話に、ヴァインは凹みつつも内心で猛省するのだった。