ヴィラーゼの故郷、アルカディア大陸はかつて戦乱に荒れていた。  暴王と呼ばれる男による圧政と戦争によって、四つの種族は一致団結せざるをえなかtった。そうして戦いが終わり……ヴィラーゼはあの時確かに古戦場に死をさらしていたのだ。  ルナリアの術師として参戦していた彼は、討ち死にしつつあったのである。 『これをあの子が……クッ、馬鹿弟子めが。本当にお前という子は、不器用で馬鹿だねえ』  気が付けば、すぐ目の前に麗人が立っていた。  おおよそ人とは思えぬその美貌は、白すぎる肌に赤いドレスを纏っていた。  悲しげに目を伏せつつ、ふとヴィラーゼへと歩み寄ってくる。 『どれ、一つ頼まれてくれぬかのう。数多の秘宝があの子の……正確には、あの子を裏切った男によって散逸してしまった。その一つ、赫き魔眼……あれだけは人の世に残してはならぬ』  その日からヴィラーゼは、真祖に血を吸われて吸血鬼となった。  不老不死、そして若干ながら太陽にも耐性のある眷属に生まれ変わったのである。 (そうだ、それがもう何百年前だったか……)  最初の百年は、死なぬからと無茶な冒険者稼業で豪遊の限りを尽くした。  次の百年はそれにも飽きて、人里離れて隠者の暮らしで知識を貪った。  所帯を持ったこともあったが、男も女も皆、ヴィラーゼを残して死んでゆく。  何百年かを無駄にした挙句、ようやく重い腰をあげて秘宝の探索を始めたのが百年前。暴王の伝説は御伽噺の過去へ去り、四種族は平和に暮らしていた。  そんな時代に故郷の大陸を出て、ヴィラーゼはマギニアに乗ったのである。 「そうだ、私は……ハッ! こ、ここは……そうだ、私は一体どれくらいの時間を」  急に意識が戻って、周囲の薄暗さに唖然とする。  確か、ヴィラーゼは仲間たちと小迷宮『巨人の遺跡』を訪れていた。以前の探索パーティーが、強敵の気配を感じてあえて開かなかった扉の向こう側にいる。  そう、最後の一歩を踏み出したヴィラーゼたちの前に、恐るべき魔物が立ちはだかったのだ。 「よぉし、蘇生完了っと。悪かったねえ、ヴィラーゼ。おいちゃんたちも必死でサ」 「カラブローネさん。私はいったいどれくらい」 「んー、小一時間かな。見なって、もう日も暮れて……それでもゴーレムは元気ときてる」  そう、ゴーレムだ。  様々な迷宮で目撃証言があるが、岩や鉄でできた巨人像である。一説には、ユーティスたちと同じ年代に作られた戦闘用の巨大兵器だと言われているが、今はそれを問うて論じる暇はない。  すぐにヴィラーゼは、カラブローネと共に戦線に復帰した。 「おや、お目覚めかい王子様。私のキスが待てないなんて、つれないね」 「……援護を、頼む。次こそは決める」 「なかなかしぶとい石頭だねえ。……分解してみたい。ああ、こんな時はニング君がいたらねえ」  からかうザッシュも、軽口のわりに表情に余裕がなかった。その隣で槍を振るうエイダードも、長期化した戦いの疲れをにじませている。  逆に、マイカは興味津々で好奇心を術に乗せて放つ。  何度目かの強力な電撃が炸裂したが、ゴーレムは全く止まる気配がない。  そう、この五人で挑んでもう半日近くになる。  倒したかと思えたその時にすぐ、ゴーレムは再起動してしまうのだ。 「ちゅーわけでねえ、ヴィラーゼ。お前さん、なんとか戦況を打開できないかねえ」 「はあ、しかしカラブローネさん」 「あいつ、後列を狙うわ術を跳ね返すわでネ。その、無敵の吸血鬼パワーでなんとかならないかしらん?」 「! ……気付いてらしたんですか」 「ま、詮索は嫌われるのが冒険者のならいだ。ユーティスやらまひろちゃんやら、訳アリの人間だらけだからね。で、どうなの?」  ヴィラーゼは改めて細剣を構えてゴーレムを見据える。  真祖に血を捧げた吸血鬼は少なく、その誰もが人智を超えた力を得ているとは知っていた。だが、今のヴィラーゼにはそれがない。赫き魔眼を探す旅でも、ただの冒険者でしかなかった。 「……やってみましょう。ですが、期待しないでくださいね。なにぶん、もう何百年も血を飲んでいないので」 「いーんじゃなーい? 個人の主義にゃ口を挟まないけど、やる気になってくれるのは嬉しいねえ。さて! そろそろこの泥仕合にケリをつけようサ」  そう、ヴィラーゼはある一時期から人間の血液を飲むのをやめた。  慰めのようにトマトジュースを飲んで、あとは普通の人間と同じ飲食で肉体を維持してきた。だが、やはりどんどん弱るし、現状維持で精いっぱいである。  とても真祖の眷属としての力を振るうことはできなかった。  だが、ただ一人の人間、ルナリアの冒険者としてなら戦える。  まして今は夜……ヴィラーゼにとってとてつもなく有利な時間だった。 「皆さん! 次の一撃に最大火力を……再起動するその瞬間に、私とカラブローネさんで」 「おいちゃん、でいいよぉ? んじゃま、やってみる? 合体方陣、ダブル破陣ってね」  誰もがうなずき、四方に散る。  同時に、怒りもあらわなゴーレムが不気味な駆動音を響かせ迫ってきた。  こんな魔物はアルカディア大陸にはいなかった。あそこは外界から隔絶された土地だったからか、冒険者たちの職業や種族が大きく異なる。しかし、今は文化的な交流が世界的に盛んであり、マギニアや海の一族のような存在が他国とアルカディアとを繋いでもいた。  さてと、ヴィラーゼが見のうちに眠る夜の力を励起させる。  彼がその細腕に、まるでヴァイオリンを奏でるように刃を走らせた。  出血が舞う中で、パーティ全員の力を借りてエイダードが必殺の槍を突き立てる。ザッシュの瘴気兵装がうなりをあげて闇を呼び、マイカの炎が夜気を赤々と照らす。  そんな中で、ゴーレムは絶叫とも騒音ともしれぬ金切り声をあげて沈んだ。 「今です、カラブローネさん!」 「あいよぉ! ……なるほど、昼より動きがいい。というか、水を得た魚だネ」  再起動に輝くゴーレムの足元に、巨大な方陣が広がる。その光があっという間にゴーレムの脚を封じて、ことさら強く瞬いた。  同時に、天上にも真紅の方陣が広がり、ゴーレムの腕を縛り上げる。  それは、ヴィラ―ルの血で描かれたものだ。  そして、二人のミスティックは同時に破陣の術で方陣の力を爆発させる。上下から襲う破陣の威力は倍ではすまされない。複雑に立体的な、いわば箱陣とでもいうべき白と赤の光が結び合って、そして爆ぜる。  さしものゴーレムも、そのまま起き上がることなく沈黙するのだった。 「……ふう。ありがとうございます、ええと……おいちゃん。皆さんも」 「ふー、やーっと倒せたねえ? これはさすがに子供たちには荷が重い。おーい、みんな生きてるかーい?」 「ど、どうにか……」 「ギリギリだったが、まあ」 「それより残骸を調査だよ! ザッシュ君! ちょっと手伝いたまえよ、欠片の一つも持って帰れば……ああ、ちょっと! エイダート君、そんな乱雑に素材を探さないでくれたまえ!」  マイカが一番元気だった。  人間の探求心ってつえー、と、気付けばヴィラーゼは微笑を浮かべている自分に戸惑った。そんな彼の背をポンと叩いて、カラブローネは慎重に討伐の後処理をこなすのだった。