夕暮れ時、クワシルの酒場は活況に満ちていた。  そんな中、教え子の少女たちの無事にカラブローネは内心胸を撫でおろす。皆の笑顔を見れば、今日も充実した迷宮探索だったらしい。  だが、成果物としてジルベルトたちが持ち帰った話はあまりにも物騒だった。 「んー、こりゃまた細々と書き写したねえ……リベルタちゃんかい。で? なんでどれも左側が破けてんのかナ?」  リベルタが持ってきたスケッチの数々を見て、その中で開かれた文献へ目を細める。なにやら物騒な単語もならんでいるそれは、一枚の絵画としては左側が少し欠けていた。  夕食にありついた同じテーブルの少女たちから、次々と声があがる。 「そこは、シェイレーヌが持っていったんです。気に入ったからって」 「文献は持ってなかった、てか、持てないようなポーズだったんで、まあいいかって」 「むしろ、シェイレーヌに絵を褒められて、デレデレとリベルタがあげちゃったのです!」 「いや、そこの話はいいっしょー、まひろ? ……褒められて嬉しくない人がいるかしら、オホホホホ」  という訳である。  周囲のザッシュやエイダード、ヴァインもふむふむと頷いた。  それにしても、今回のジルベルトたちの冒険はなかなかのものである。教え子とその仲間たちの成長が嬉しい反面、レムリアの秘宝に関する情報にはきな臭いものを感じる。  一通り目を通してから、カラブローネはまず一番簡単な懸案事項から片付けようと思った。 「で? 姫巫女ちゃんはどうだったね。海の一族の艦隊に帰ったって?」 「はい、師匠。……個人的には、信用できる人間だとは思います」 「信頼したいという気持ちにそえるだけの、現実的な根拠もあってだねえ? ジルや」 「もちろんです。それに、彼女はアーモロードの『海嶺ノ水林』の経験者でもあります。戦力的にも申し分ないですし、今のところ怪しい挙動は……いや、怪しい言動ばかりなんだけど、とにかく大丈夫だと思います」  確か、禍神の姫巫女を自称する謎の少女シェイレーヌは、複雑な出自の人間だ。そう、ただの人間なのである。異能や超常の力を持たぬ、ごく普通の女の子なのだった。  だが、海の一族と繋がり、あの冒険王女エンリーカにちかしい人間となれば無警戒ではいられなかった。 「んー、オッケェ。上出来だよ。でも……そうだなあ、ドロテアちゃん、ちょっといいかい」 「ほへ? わ、わたしですか?」 「そうそう、豊穣なる秋の死神にお願いがあるんだよん」 「わーっ! そ、それやめてくださいいいいい……ハズカシイデス」  ちょうど、まひろにパンを取り分けてやってたドロテアが、耳まで真っ赤になって手を振る。今回は彼女の機転もあって、探索司令部を通してペルセフォネ王女にも見舞いの品を献上できた。また、新たに採取された素材はすでにネイピア商店で現金化して両ギルドを潤している。  冒険者とは武芸百般の豪傑もいれば、こうした脇を固めるサポーターたちも立派な戦力だ。五人という限定された枠のなかで、バランスよくパーティを組む必要があった。 「姫巫女ちゃんとは今後も連携したいんでねえ。相手はドロテアちゃんに任せていいかなあ?」 「そ、それは構わないです、けど」 「深刻な話にはならないと思うけど、それとなーく気を配って、さりげなーく守ってあげてちょうだい。よろしくねぇん」 「は、はいっ!」  万が一ということがある、それをカラブローネは経験で知っていた。  不安材料は一つ一つ、先手を打って対抗策を講じるのが彼のやり方だった。  さて、と話をレムリアの秘宝に戻す。 「で、レムリアの秘宝に一歩近づいたわけだがねえ……なんだい? その、永遠に国を繁栄させる宝ってのは」  そう、確かにそう記されている。そんなもの、存在するなら拝見したいもんだと、最初からカラブローネは懐疑的な気持ちでジョッキからビールを飲む。  すぐに声をあげたヴァインが、ガツン! とフォークを皿に突き立て、鴨のローストに手をつけながら呟いた。 「金銀財宝、宝石の山……つまり、安定した国庫ってやつじゃ?」 「あるいは、レムリアよりさらに太古の文明の叡智……奇蹟の御業とか」  同じ肉に同時にフォークを伸ばしながら、エイダードもぼそぼそと呟く。二人は最後の一枚になった鴨のローストを引っ張り合い、結果的に大小二つに引き裂かれてしまった。  その小さい方を苦笑しながら食べつつ、ヴァインが言葉を続ける。 「エイダードの言う線もありるよな。なにせほれ、あいつを見てみろよ」 「だろ? ……俺たちが思っているより、古代文明ってのはどえらい技術を持っていたらしい」  珍しくニヤリとわらって、大きな肉切れを頬張りつつエイダードも頷く。  二人の視線の先では、少女たちにせっせとサラダを盛り付けてまわるユーティスの姿があった。  そう、あまりにもはっきりとしたエビデンス、そして人間を凌駕した力。  ユーティスは人間ではなく、人を模した一種の機械人形といえた。だが、それは遺都シンジュクの技師マイカでも解析不能、加えて本人は記憶喪失ときている。 「ユーティスや、お前さんの意見も聞きたいもんだが……なにか心当たりは?」 「すみません、カラブローネ。現在のメモリ復旧率11%、該当するデータは思い出せません」 「メイドさんはなんて言ってた? その、セレマンちゃんだったか」 「彼女との情報共有も試みましたが、彼女の記憶にはプロテクトがかかっています。将校クラスの権限を持つ人間でなければ開示できないとのことです」 「そういう人はみんな、何百年も前に死に絶えてるって話だよねえ……はあ、困ったもんだ」  カラブローネも魚の燻製を千切って口に運ぶ。  正直、ユーティス方面からの情報にはあまり期待していなかったので、そこまでは困っていない。むしろ、彼らは戦力的にもギルドへの貢献度が高いし、なによりもう冒険の仲間だ。そこに出自や生い立ちなんて関係ないのだった。  そう思ってると、パンを両手に突然まひろが立ち上がった。 「わかったです! 永遠に国が繁栄……パンです! バケツいっぱいの、いや、バスタブいっぱいの沢山のパン! パンがあれば誰も餓えないで生きてけるのです!」 「あー、うん。そうだねえ、うんうん。……なるほど、おいちゃんたちが難しく考えすぎてるのかな?」 「はいです! 多分、無限にパンが出てくる機械とか、そういうのがレムリアの秘宝なのです! もしくは、沢山パンを作ってくれる動物さん」  ふと、僅かにユーティスが片眉を震わせた。  そして、それを見逃すカラブローネではなかった。 「じゃあ、この……絶望の滅び、レムリア文明の破滅って記述はなんだろうねえ。まひろちゃん、どう思う?」  まひろは実際年齢で五歳、見た目に反して中身も相応の精神年齢だった。だが、そのことをカラブローネは軽んじたことがない。むしろ、子供というものは時として鋭い洞察力や観察眼、常識を超えた閃きを見せてくれる。  ジルベルトとその兄の家庭教師として、カラブローネはそんな無限の可能性をなんども見てきたのだ。 「うー、むー、んー……乱暴な動物さんもいたのかもです。それは悪い魔物なので、わたしが見たら退治するのです!」 「なるほど。国家存亡レベルの災害級な魔物……前例がないわけじゃない。いや、待てよ……」  もぎゅもぎゅとまひろは、鼻息も荒くパンを頬張っている。  カラブローネの中で、なにかが輪郭を持ち始めていた。それはまだ、想像上の産物ではないが……自然と心胆を寒からしめる。  ユーティスの忘れた記憶の中にもしかしたら、恐るべき怪物が眠っているのでは?  それは平和利用もできれば、世の終焉を呼べるほどのなにか……そう思うと、自然と震える手でジョッキを握って、カラブローネは一気にビールを飲み干すのだった。