海の王、その名はケトス。海底の深淵に待ち受ける強敵である。  二つのギルド『タービュランス』と『ストラトスフィア』のメンバーたちは忙しい日々を送っていた。アイテムの補充、武具の新調、そしてなにより自己の鍛錬。  今、冒険者ギルドの奥にある修練場で、激しい模擬戦が繰り広げられていた。 「くっ、重い! リベルタはよくあんな細腕でああも振り回せるっ!」  今、ジルベルトは新たな試みに挑戦中だった。サブクラスとしてインペリアルを選び、その手には普段の剣ではなく巨大な砲剣が握られている。ヒーローゆえに左手には盾を持っているため、結果的に装備の重量に普段の脚を殺された状態だった。  対して、相手は普段からガチガチ美少女要塞なので、なおさら分が悪く感じた。 「さあジル! どこからでもかかってくるです! まひろは憧れの聖騎士になるのです!」  新たな力を得ることをジルベルトは選んだ。  対して、長所をより伸ばす選択をした者たちもいる。  今日の模擬戦は2on2、ジルベルトの背はリベルタが守ってくれている、彼女もまた長所を活かすためにゾディアックのサブクラスを習得していた、  その彼女が、ジルベルトをフォローしつつ敵前に踏み込む。 「ジル、最初はみんなそんなもんだよん? ……でっ! 砲剣はこう使うっ!」  ドン! と大地を踏みしめ、大上段からの一撃をリベルタは振り下ろす。モーターが唸りをあげて、必殺のドライブがさく裂した。しかもそれは、ゾディアックの職能を得て普段よりもパワーアップした強撃だった。  だが、まひろが掲げた盾が金切り声で歌って、表面に炎を弾いて飛び散らせる。 「っつ! 硬っ! なに食ったらそうなるんじゃーい。んもーっ!」 「これがパラディンの力を合わせた、鉄壁の防御なのです! これでみんなを守るです!」  周囲で見守る無数の冒険者から歓声が上がった。  同時にリベルタを援護しようとする、そのジルベルトの足さばきが重く鈍る。生み出される残像も、普段ほど長持ちせず数も少ない。 「やっぱり砲剣が重い。だったら! 待ってて、リベルタ!」  潔くジルベルトは盾を捨てた。そして、両手で構えた砲剣を引き絞る。そして、地面をひっかき引きずるように加速すれば、風が逆巻き残像が乗算的に周囲に広がった。  そのまま、見よう見まねでドライブを放つ。  ワンテンポ遅れて、全ての残像がまひろの盾に雷を放った。 「わわわっ、やばいです! ネカネ、フォロミーなのです!」 「あいよ、っと。残像はね、脚を縛ればいいんだけど」  狙いすました矢が飛んできて、一瞬前のジルベルトを影に縫い留めた。が、間一髪で回避したジルベルトは、後へ引きつつ放熱状態の砲剣を構える。  その頃には、しりもちをついて倒れていたまひろも立ち上がった。  あれだけドライブの連撃を一転集中させたのに、盾が焦げた程度で本人は無傷である。  いつしか聴衆は静まり返って、少女たちの本気の実践訓練に目を釘付けにしていた。 「どう、ジル? 使いこなせそう?」 「いや、ちょっと……今度、少し軽くて小さい盾を用意しようかな。バックラータイプの」 「アタシと違って、ヒーローには盾もあると便利だしね」 「てか、リベルタさ……よくこんなの毎日気軽に使ってるよね。っと、冷却終了」 「オホホ、やはり筋肉、筋肉ですわよ? 筋肉は全てを、解決っ、しますわ!」  今度は再び、リベルタがまひろの前に立つ。援護の矢を軽々と砲剣で叩き落しつつ、彼女は再び鉄壁のヒーローに対峙した。  そういえば確かに、ジルベルトも鍛えた自分に過不足はないと思う。でも、お風呂場での記憶を掘り起こせば、リベルタは細身ながらも引き絞られた筋肉が二の腕や肩、背筋をしなやかに包んでいた。  それはジルベルトも同じなのだが、彼女の場合はバランスのいい上半身に対して、下半身の脚力に胆力と膂力が集中している。  今まではそれでよかった。  脚を使っての残像戦法は得意技だった。  そして、これからはそこに一撃の重さをえられるのだ。 「おーい、まひろー? 守ってばかりじゃ勝てないよー?」 「はいです! ネカネ、わたしの盾は攻防一体……これが新しい必殺技なのです!」 「なんのっ! アタシゃ昔から『攻撃は最大の防御』なんだってばよー!」  矯正冷却と同時に、再びリベルタが必殺の一撃を振りかぶる。  だが、盾を構えて身を硬くするどころか、まひろはそんなリベルタの前に突出してきた。  予期せぬ行動に一瞬、リベルタの動きが止まる。 「これがっ、エトリアの聖騎士、の絵本直伝っ! シールドスマイトッ、なのですっ!」  なんと、まひろはかざした盾でリベルタに打撃を浴びせた。  強烈なシールドバッシュに、さすがのリベルタも姿勢を崩す。  その時にはもう、次手を読み切ったジルベルトが走り出していた。  だが、僅かに遅かった。 「ぬあっ!? 盾をハンマーみたいに……って、嘘ぉ! 腕封じかよー!」  迷宮の魔物や冒険者たちのスキルには、相手の肉体を一部拘束できる技術がある。頭を縛られれば術の類が使えなくなり、属性攻撃への耐性が下がる。腕は剣技や武器による攻撃を封じ、その命中率さえも下げてしまう。脚などは広範囲に及ぶ攻撃を封じ、逃走さえ不可能にしてしまうのだ。  腕を縛られたインペリアルなど、牙を抜かれて狼にも等しい。  それを知るからこそ、急いでリベルタは離脱しようとした。 「リベルタッ! 足元!」 「ごめんジル! 腕をやられた、って……あら? いやですわ、まあまあ。って猫被ってる場合じゃねええええええ! なんじゃこらああああ!」  リベルタはその場でよたついて、倒れた。  その足には、いつの間にか地面から生えた植物が絡みついている。  これは間違いなく、ネカネがとったサブクラス、ファーマーの妙技だった。以前、ドロテアが戦闘中に種を巻いて、長期戦の中で相手の脚を封じたのを見たことがあった。 「ぐわー、やられたー! つーかさぁ、最強の防御と、その背後からの最高の援護射撃って……ずるくない? なんか、ひっでーの」 「……まひろ、頭も、ってか口も封じるかい? リベルタの」 「わたしは頭を狙う技は持ってないです、ネカネ」  まずいことになった、数の上で不利になってしまった。  リベルタはまだまだ体力に余裕があるものの、手と足を縛られ戦闘力を封じられてしまっている。そんな彼女をフォローして守りつつ、まひろとネカネを同時に相手にするのは一苦労だ。  あるいは、普段通りのヒーローだけなジルベルトだったら可能かもしれなかった。  ただ、今は両手でも持て余す砲剣が重く熱い。 「おーい、ジル? 降参しなー?」 「ネカネ……いつの間に植物の種なんて」 「矢につけてばらまいといた。これはまあ、使えるスキルかもね」 「なるほど、もうみんなサブスキルを使いこなしてる。なら、私だって!」  本業のインペリアルではないので、砲剣の冷却にも時間がかかる。それでも、本来の性能を取り戻した新たな愛剣を手に、ジルベルトは残像を刻みながら吶喊した。  残像が消えゆく中で、先程捨てた盾を拾い、それを別の残像が凪げてくれる。  再び左手に盾を装着して、飛んでくる矢を全て防御。  次の瞬間には、別の残像が一足先にまひろを足止めしていた。 「むぐぐっ! でも、防げないドライブじゃない、で……なのです? え、えっ!?」 「ごめんまひろ! そして……勝負だっ、ネカネ!」  ジルベルトは、残像の放つドライブを防御したまひろの、その鉄壁の盾を踏んで跳躍した。背中で「わたしを踏み台にしたです!?」の声を聴きつつ、踏み込んでネカネの弓を封じる。  こうして、今日の修練は引き分けということになった。  だが、ジルベルトはヒーローとインペリアルという、両極端な職能を交え混ぜて戦う術を見出しつつあったのだった。