再び冒険の日々が始まった。  ジルベルトたちが踏破した『海嶺ノ水林』の先には、海の一族が持っていた文献の通りに、霊堂が存在したのだ。その名も『西方ノ霊堂』、次なる島へとつながる新しい迷宮である。  その探索に乗り出したジルベルトたち五人の少女は、入り口ですぐに異変に気付いた。  樹海に埋もれるように苔むす中、小さな遺跡の入り口をマギニアの衛兵たちが守っているのだ。  だが、ジルベルトたちを見つけて衛兵は笑顔になり、槍で閉ざしていた入り口を解放する。 「冒険者の皆さん、『タービュランス』と『ストラトスフィア』ですね? よかった」 「噂の新進気鋭ギルド、皆さんなら安心です。実は、ちょっと複雑なことになりまして」  衛兵の言葉を端的にまとめればこうだ。  実はミュラーに率いられて衛兵たちが来た時には、もうこの迷宮の入り口は海の一族に占拠されていたという。こちらの方が数で優勢だったため、海の一族の勇者たちはすぐさま撤退した。だが、一部の者たちがすでに迷宮内の調査を始めているという。  それで負けじと、少数の部下を連れてミュラーが内部に進んでいるらしい。 「ふむ、なるほど。ネカネ、どう思う?」 「急いで追いかけた方がいいね。ミュラーさんは屈強な武人だけど、冒険者じゃない」 「だよね。わかりました、私たちでミュラーさんを追いつつ探索を開始します」  他の仲間、まひろやリベルタ、ユーティスからも了解の頷きを拾う。  衛兵たちは助かったとばかりに微笑んで、喜んで道を譲ってくれた。  その先、階段を降りた先ですぐに空気がピンと張り詰める。ここから先は危険な迷宮、一瞬の油断が命取りとなる魔宮である。だが、不思議と仲間たちには気負う雰囲気が感じられない。  みな、ジルベルトと同じく不思議な高揚感に心が躍っているのだ。  自分もだんだん冒険者になってきたなと、思わず笑みが浮かぶ。 「で、ジル。いきなりだけど、扉が三つ……ほかに道はないから、いきなり運命の選択ってやつだねん?」  リベルタが先に立って指さす通り、小さな部屋にドアが三つ並んでいる。ほかに道はなく、どうやら初っ端から判断を迫られることになる。一応、探索司令部に地図を報告するので、結果的には三つ全ての先を確認する必要があるだろう。  だが、白紙の地図を手に初手から三択というのは、かなり珍しい。  そして、決断を誤れば一瞬で迷宮はジルベルトたちの命を奪うだろう。 「ジル、どの扉にも新しい足跡がある。軍靴が二種類、どれも重装備の男性の集団だね」  床に身を付して、ネカネが地形を読む。  彼女はこの歳にして熟練のレンジャー、誰もが頼るママにしてスカウトだ。もっとも、前者の役割をねだりすぎると怒られてしまうのだが。  地べたに頬をつけていたネカネが立ち上がると、ジルベルトはほかに判断材料を探す。  特になければ、右から順に行こうかと思ったその時だった。  突然、まひろが真ん中のドアに飛び出してゆく。 「ジル、こういう時は真ん中が当たりです! 中央突破なのです!」 「あ、ちょっと! まひろ!」 「かーっ! また独断専行してからにー! ドライブ漬けにすっぞー、こらー!」  リベルタの声は本気ではなさそうだったが、本当にやりかねないなとジルベルトは思った。最近自分でも使ってみてるので、インペリアルのドライブ攻撃の凄まじさはこの身で感じている。もっとも、それでまひろが懲りるかというと、それはそれで疑問だった。  そして、そっと静かにユーティスがささやいてくる。 「大丈夫でしょう。引き返してくる足跡もかなり多く見られます。つまり」 「この先は行き止まりってこと? てか、足跡見える? こんな床の状態で」 「ネカネや私には見えますね。私の機能が万全ならば、もっと詳細がわかるのですが」 「ん、ありがと。それだけわかれば十分だよ。まひろー、開けてみて」  まひろが勢いよく扉を開くと、その先は袋小路の行き止まりだった。  これはこれでハズレともいえるし、逆に好都合だ。早くも三択のうちの一つを忘れられるのだから。つまり、中央の扉はダミーで、左右のどちらかが奥へと進む道だ。  そして、慎重に周囲を調べれば、つたない公用語で壁に先駆者のメモがあった。  恐らく、海の一族の者たちが残した言葉だろう。周囲には僅かだが血痕が見て取れる。 「ん、なになに……飛び出し注意? 罠!? みんな、動かないで!」  瞬時にパーティーの全員に緊張感が伝わった。だが、罠とは書いてあるが、その詳細が途切れている。ただ、流血を強いてくるような危険な罠だということはすぐにわかった。  はたしていかなる罠か……ここは行き止まりでもあるし、引き返すのも手だ。  だが、罠で守るだけの価値が眠っている可能性もある。  たとえば、壁に見えて実はその先に隠された通路があるとか。  ジルベルトが思案に明け暮れていた、その時である。 「あ、わかったです。試してみるといいのです!」  無防備にまひろが、奥の壁へと手を伸ばした、  またやった、やってくれた……やらかしてくれちゃった。そうは思いつつも、リーダーの自分が率先して危険を調べようと思っていたのもジルベルト本人である。  そして、古代の眠りから覚めたトラップが牙を剥く。  どこからともなくカチッ! という音がして、矢が飛んできた。  余裕でそれを見てからまひろが避けて、ジルベルトへと向かう過程でユーティスの腕が伸びてくる。彼は信じられないことに、ジルベルトに向かっていた矢を手で掴み取った。 「あ、ありがと、ユーティス。はは、器用なことできるんだね」 「ジル、お怪我はありませんか? 発射音の距離と方向性を聴いたので、これくらいは。しかし、まひろ」  ユーティスはつかみ取った矢を捨てると、壁を熱心に調べるまひろの肩に手を置いた。ジルベルトも少し驚いたが、それは見もせず至近距離からの矢を最小限の動きで避けたまひろにだけではない。この時、ユーティスは皆を驚かせた。 「リスクのある行動は避けるべきです、まひろ。貴女のみならず、皆を危険にさらしますので」 「うゆ? そ、そうでした、うかつです。わたし、またなんとなくで動いてしまったのです」 「こういう他の冒険者がメモを残している場所には、もっと注意を払うべきでしょう」  ジルベルトは驚きにかたまり、そして笑みと共に喜びが込み上げる。  ネカネは腕組みうんうんと頷いているし、リベルタはスケッチブックにあわわと筆を走らせていた。  あのユーティスが、仲間に対して意見し、無謀をいさめたのである。  どこか機械のように冷静で、ともすれば冷徹な印象もあるユーティス。そんな彼はチームワークを大切にこそすれ、他者に興味を持つことも、干渉することも今まで稀だったのである。 「ごめんなさいです、つぎは気を付けるです。避けるんじゃなくて、叩き落すです!」 「そういう話ではありません、まひろ。貴女のアクションそのものに対して危惧を感じています。もちろん、貴女自身も心配ですし」  こうして、新たに『西方ノ霊堂』の探索が始まった。まずは戻って、次は右のドアをくぐる。その先にようやく迷宮本来の回廊が枝分かれしながら続いていた。  いよいよここからだと、気合を入れるジルベルト。  だが、すぐあとに再び皆が肝を冷やした。今度はメモさえない行き止まりから、再び矢が飛んできた。先の発言通り、真っ先にまひろが盾で叩き落す。  普段にもましてジルベルトは、来訪者を拒む古代の気配を肌で感じたのだった。