その日の冒険は驚きの連続だった。  相次ぐ罠と罠、そして罠。トラップの先には自然の残酷な摂理や、同業者の忘れ物を拾って幸運に恵まれたりもした。  だが、ギリギリ限界まで素材を回収し、体力を使い果たして戻ってくれば一瞬の出来事のように思える。なんにせよ、発見と再発見の連続で、報告に来たジルベルトはヘトヘトだった。 「おや、ジル。お疲れ様だねーえ? 今日の収穫はどうだったのかナ」  いつも通り、カラブローネはクワシルの酒場で一杯やっていた。ほかにはマイカとザッシュがいて、今まであちこちから集めたデータの処理をしている。  情報は、武器だ。  いかな名刀であれ、業物の防具であれ、迷宮の情報がなければ宝の持ち腐れだ。  秘められた謎を知っているか否かは、時に冒険者の生死を左右する。  それに、魔物やその素材、収集物リスト化は探索司令部に命じられた仕事のひとつでもある。 「ただいまです! お疲れ様なのです。みんな、無事に帰ってこれたです!」 「おうおう、まひろちゃんも元気だねえ……ってか、おやぁ? リベルタちゃんは」 「リベルタはなんか、ユーティスをスケッチしたあと部屋に一直線だったのです」 「……なんか、変なスイッチ入っちゃったんだねえ。ま、いいさね」  すぐにザッシュが、冷たいお茶を二人分注文してくれる。  ジルベルトも本当は、今すぐベッドに飛び込んで寝たい。実際には、宿に戻ってからネカネに頼んだアイテム整理を確認して、お風呂に入ってから寝なければならない。  でも、今この瞬間でもジルベルトは、瞼を閉じればその場で寝れる自信があった。  それくらい、今日の冒険は過酷で刺激的なものだったのである。  順を追って説明しつつ、ジルベルトも自分の頭の中を整理し始めた。  トラップは仕込み矢だけではなかった。  あちこちで罠の数々を解除しつつ、ジルベルトたちは進んだ。自ら斥候を買って出たネカネのおかげもあって、その後は致命的な損害もなく探索が進む。後方見張ってくれるユーティスのお陰で魔物の奇襲を受けることもなく、立ちはだかる敵はリベルタがドカンと一発で一刀両断にしてくれた。  順調だったのである。  その難敵が、目の前に現れるまでは。 『虫さんです! すっごく大きい虫さんなのです!』  それは、まひろが無邪気に指さす先に鎮座していた。  通路をいっぱいいっぱいに塞ぐ、それは巨大なイモムシである。  少し、めまいがした。実際、くらっと足元が揺れた気がしてユーティスに支えられた。  実は、ジルベルトは虫が苦手だ。  昆虫全てがそういうわけではないが、どうしても虫が、それも蠢くタイプの多足系が苦手なのだった。カブトムシやクワガタ、トンボに蝶なんかはいい。だが、ワシャワシャと無数の脚で這いまわる虫には少し委縮してしまう。 『……これ、ここで行き止まりってわけじゃないよね? どう、ネカネ? ユーティスも』 『向こう側に空間がある。けど』 『この魔物、たしか記憶に……ッ、メモリ破損率71%。残念ながら思い出せません』  この道はここで行き止まりだが、その先にまだまだ迷宮は続いている。  ただし、そこへ進むにはこの巨大なイモムシを排除する必要があった。  やれやれと、心底うんざりした溜め息と同時にジルベルトはイモムシに触れてみる。ガチガチに硬い甲羅が、まるで甲殻類のようだ。眠っているのか、全く動く気配はない。が、足元をみればワサワサと毛とも足とも思える無数の器官が蠕動していた。  ちょっと勘弁してほしいが、引きさがる訳にもいかなかった。 『おっしゃ、まひろ! 出番だってばよ!』 『はいです、リベルタ! 今こそ汚名挽回なのです!』 『いやいや、挽回するのは汚名じゃなくて名誉だから』 『そ、そうでした。でもっ! これで! 汚名返上なのですっ!』  リベルタの声に、まひろがフンス! と鼻息を荒げる。彼女は両手で目の前のイモムシを押すと、そのまま気合を叫んで奥へと押し出した。ズズズとおとなしく、イモムシは通路の奥におさまり、その陰から曲がり角が現れる。  その先にも無数のイモムシが散らかっていたが、リベルタは笑顔でポンとジルベルトの肩を叩いた。 『アタシたちでどかしとくから、少し休んでなって』 『あ、いや、でも……私も手伝うよ、数も数だし。それに、そこまで嫌ってわけじゃ』 『いーのいーの、ジルにもかわいいとこあるじゃん。あ、まひろ! それは右にどけて』 『はいです! ……ほえ? まだ先に押せるです。このまま片付けるのです!』  その瞬間だった。  突然、岩のように硬直していたイモムシが起き上がった。同時に、その全身からとげのような手足が伸びて、完全に立ち上がる。その威容がまひろに振り向いた瞬間、ジルベルトは抜刀と同時に走り出していた。  このイモムシたちもまた、生きたトラップなのだ。  通路を塞ぐように配置され、どかそうと思っても一定距離を移動すると起動する。 『まひろっ、下がってみんなを守って! あと、リベルタッ!』 『がってん! 占星術のエーテルで強化された力、見せちゃるわーい!』  砲剣の重さにも慣れてきて、走るジルベルトの影が残像となって浮き上がる。  絶叫を叫ぶ魔物は、すでに遭遇例があって個体名が識別されていた。その名は、暴戻な鉄塊。イモムシのような休眠状態の裏に、獰猛な殺人昆虫の姿を隠していたのだ。  だが、嫌悪感を振り払うようにジルは一閃、払い抜ける。  連続して分身がドライブの爆発を花と咲かせた。  そして、駄目押しの一撃が跳躍と同時に大上段から剛撃を叩き付ける。 『おっしゃあ、取ったどー! わたくしたちにかかれば、この程度でしてよ! オーッポッポッポ!』 『いや、誰もみてないから。猫被っても意味ないし』 『っと、テンションが上がってつい……ふむ、珍しいドロップはないみたいだね』  これが、今日の冒険の顛末である。このあと、次への階段を確保し。帰路へと向かう隠し通路を見つけての帰還となった。  途中、クエストで受けた星のペンダントを拾えたのは幸いで、それだけでもイモムシを片っ端から動かした会があったというものだった。  ここまでの報告を終えて、ジルベルトは乾いた唇を茶で湿らせる。  ザッシュは手短に情報をまとめ、マイカは例の暴戻な鉄塊に興味津々である。 『そいつは大冒険だったねえ、ジル? 疲れただろうに』 『いえ、確かに疲労困憊なんですけど……今日もいい日でした』  新たな発見があった。恐怖もあったが、好奇心と探求心が満たされた。  疲れも寝れば言えるし、今日も無事全員で帰ることができたのである。 『んじゃまあ、ジルや。飯食って風呂入って寝ちまいな? まひろちゃんもこのありさまだしなあ』  テーブルに突っ伏してすでに、まひろは爆睡していた。ムニャムニャと無邪気な寝言を浮かべる彼女を、肩を貸して立たせて歩く。仲間たちに一礼して、ジルベルトはマーリンの宿へと帰路を急ぐことにするのだった。