冒険だけの日々ですまないのが、冒険者たちの日常だと人はいう。  食べて飲んで寝て、時には春を買ったり喧嘩を売ったり。おおよそ自由奔放なのが冒険者という職業だった。  そんなわけでドロテアは今、コインがぎっしりの小袋を手にネイピア商会を訪れていた。 「いやでもさ、ドロテア。いいの?」 「そうそう、結構な大金みたいだけど」 「はいっ! 師匠に海でまだ泳いでないって言ったら、これで水着とかを買いなさいって」  そう、ドロテアはまだ今年は泳いでいない。地元だと川とかで同世代の仲間たちと水浴びなんかをする夏もあった。ましてここはレムリア群島、絶海の秘境だ。冒険は忙しく、その合間の採集も驚きの連続だが……そういえばまだ、今年は泳いでいない。  むしろ、海水浴という優雅な文化にドロテア自身もドキドキが止まらなかった。 「んで? そのザッシュ大先生は?」 「なんか、綺麗なお姉さんを両手に花でどこか行っちゃいました!」 「あの人はもー、本当にお師匠様してる自覚あんのかなー」  ジルベルトやリベルタ、ウカノが眉を顰める。一方で、ネカネはいつもの平常心だった。まひろにいたっては、大きな疑問符を頭上に浮かべたままニコニコと笑っている。 「その、海水浴ってなんですか?」 「ありゃ、まひろは知らないの? えっとこう、みんなで海に遊びにいくことだよ」 「ほんとですか! 海、いきたいです! きっと水兵さんたちとも仲良しになれるです!」 「あー、海の一族……そのへんどうなの? シェイレー、え? ええ? えっと? あれ?」  さっきまでドロテアの横にいたシェイレーヌの姿がない。  かと思ったら、奥の試着室がカーテンレールを歌わせた。  そこには、ある意味で神々しい禍神の姫巫女が腕組み仁王立ちしていたのだった。 「妾はこれをもらおうおか! ふっ、海の狩人,その威光を背負いし最高の水着なれば!」  ちょっと言ってる意味がわからない。  その場の全員が首を捻る一方で、女主人のネイピアだけが笑いを殺して顔を背けた。  水着なんだろうか、あれは。  鮫だ。  鮫である。  巨大な鮫の口から顔を出したシェイレーヌは、これみよとばかりに自慢げだ。どうやらサメスーツがいたく気に入ったらしい。 「えっと……まあ、じゃあ、水着でも選ぶとしますか」 「豊穣の! 汝も鮫にするか? ラッコやアザラシ、鯨もあるぞ!」 「フッ、自分の水着は自分で選ぶ、それがわたしのジャスティス!」 「うむ、見事なり!」  また謎の小芝居を演じつつ、ドロテアは皆を水着コーナーへと連れてゆく。早速張り切って鼻息も荒く、真っ先に飛び出したのはリベルタだった。  彼女は数店の水着をハンガーからひったくるや、ニチャリと不気味な笑みを浮かべる。その視線の先に、やっぱりきたかと呆れ顔なジルベルトが苦笑している。 「さあ、ジールー! 水着を選びましょうぜ、フヒヒ。めっちゃかわいいの着せちゃる」 「私は別に、普通のでいいよ。……てかリベルタ、絶体楽しんでるでしょ」 「だーってぇ、ジルも水着くらいはオシャレしようぜー?」 「はぁ、まあ付き合いますか。とりあえずその紐みたいなやつは却下ね」  だんだん賑やかになってきた。  ドロテアも自分で水着を選び始める。ネカネは「わたしは昔、トミン族からもらったやつがあるから」と、浮き輪や麦わら帽子などを選びだした。  ウカノはどうやら、まずはまひろの水着を探してやるらしい。  なんだか、ワイワイと同世代の女子たちが集まればかしましい。そして、それがドロテアにはウキウキとしてなんとも嬉しい。華やぐ乙女たちの買い物は始まったばかりだ。  約一名、自分の鮫姿にうっとり鏡にポーズをとる姿があるが、ショッピングはこれからである。 「えっと、わたしはこれにしようかな。サイズもいいみたいだし……ちょ、ちょっと着てみようかな」  水着売り場はまるで、極彩色の珊瑚礁みたいだ。色とりどりの薄布がそこかしこで、私を選んで! とハンガーに揺れている。  ドロテアも少し勇気を出して、ちょっと大胆なものを選んでみようか?  それとも、無難につつましくワンピース?  何着かをチョイスし、師匠に感謝しつつ試着室のひとつに入る。  カーテン一枚向こうから、悲喜こもごもな声が聴こえてきた。 「リーベールーター! 紐はやめてって、いやほんとに! 似合わないどころか、それじゃ痴女だよ」 「んー、じゃあこっちは? ほら、露出度も過激じゃないし」 「……私にそんな、フリルとレース満載のフリフリキラキラを着ろと?」 「そっかー、あと一応持ってきたけど」 「鮫は着ません! ……こ、これなんかどうかな。私も自分で選んでみたけど」 「おっしゃあ、試着してみようぜー? うんうん、きっと似合うよ。いい趣味してんじゃん」  なんやかやで皆、盛り上がってるようだ。  ドロテアも手早く着衣を脱ぎ捨て、そそくさと水着を身に着ける。  鏡の前に今、真夏の魔法少女といった雰囲気の自分がいた。ドロテアはそれが自分じゃないような気がして、照れくさくて気恥ずかしい。ごまかすように服を畳みつつ、ちょっとカーテンから顔だけを出して周囲の様子をさぐってみた。 「あ、シェイレーヌ……まだ鮫ポーズしてる。よっぽど気に入ったんだね。うんうん――!?」 「わたしはこれにするです! 早く兄様にも見せてあげたいのです!」  そこには、ビキニ姿のまひろがいた。淡いブルーの上下が、たわわな膨らみを揺らしている。そう、上はもちろん下も……猛ダッシュでネカネが視界を遮り、まひろの腰にパレオを巻く。 「まひろ、これ取っちゃ駄目だよ? 人目があるとこでは取らないこと。いい?」 「はいなのです! ありがとうです、ネカネ」 「ドロテア、まあそういうことなんだけど……ドロテア? おーい、大丈夫かーい?」  見てしまった……異性にはみんなについてるものが。そのふくらみがもっこりと。それに、無邪気にはにかむまひろはスタイル抜群だ。そういう風に造られた人間だとは知っていたが、自然と自分のささやかな胸に手を当てる。  質も量もまるで別物である。  ふと横を見れば、試着室を出たジルベルトとリベルタも同じポーズで固まっていた。  エヘヘと互いに妙な笑みが行き交って、そしてドロテアも皆の前に出る。 「おっ、ドロテアいーじゃん! それにしよ、それ!」 「うん、凄く似合ってるよ。いいなあ、かわいい子は」 「ジルも素敵ですっ! 凄く大人っぽいの、黒のワンピが綺麗です」 「この、背中ががら空きで網目になってるのが気になるんだけどね。ふふ、ありがと」  ウカノはイクサビト用の尻尾穴がある水着をチョイス、確か俗にいう競泳水着だが、シンプルかつ洗練された機能美がウカノの肉体美を引き立てていた、  まあ、バストサイズは団栗の背比べだが、不思議とスタイルの良さが曲線美に現れていた。 「わたしはこんなところですね。あっ、ヒロはこういうのが好きかも。これもですね!」  なにかと思ったら、水鉄砲だ。しかも、ガンナーが使う本物を模した本格的なものだ。これはみんなで海で遊ぶことにして、数丁購入。それでもザッシュから預かった資金はまだ半分以上が残っている。  ゴムボートやパラソルなども買って、ドロテアの胸で期待が大きく膨らむ一日が終ろうとしていた。