晴れ渡る空、さざなみの寄せる海、そして燃え盛る太陽。  カラブローネはパラソルの下で、しどけなくビーチチェアに横たわっていた。  目を細めれば、仲間たちが今まさに泳ぎ出そうと準備体操の真っ最中。十人ばかしいる少年少女たちをネカネがしっかりとストレッチさせている。 「いいねえ、たまには。しっかし、なんだねあの水着……太古の文明、なーに考えてるんだか」  ネカネが着ているのは、ごく稀に遺都シンジュクで発掘されるキュ・スク=ミズというものらしい。なんでも古代文明の教育に使われていた児童用らしく、ヒロも「うわっ! 旧スク水だ!」と仰天したりウカノに肘鉄を喰らったりしていたから間違いない。  それと、鮫だ。  鮫がいる。  それも二匹。一人は口から顔を出したシェイレーヌだが、その隣には完全に鮫人間がいた。だが、その正体もすぐ知れる。 「フフフ、顔と身分を隠して庶民の海水浴! これも冒険よっ!」 「まさかここに殿下がいようなどと、誰も思うまいて」  なぜかしれっと混ざってるのは冒険王女ことエンリーカ殿下だった。なにやってんだかと苦笑がこぼれたが、周囲には水兵たちが出店や屋台を並べ、マギニアの者たちも大勢遊びに来ていた。これといったトラブルもなく、自然と今日は休戦らしい。 「はいちょっと隣失礼? 御一緒してもいいかしら、おいちゃん……カラブローネ」  うん? と隣を見ると、マイカが敷物を敷いてパラソルの下に寝そべった。  アロハシャツにハーフパンツのカラブローネと違って、黒のビキニが女性らしさを際立たせていた。優美な曲線は黄金律のようで、彼女はどうやらすぐには泳がないようだ。  だが、こじゃれたバックから小さなボトルを出すと、仰向けに細紐を解く。 「サンオイルでも塗ってもらおうかな? 少年」  見れば、浮き輪を持ったマッフも一緒である。今時ちょっと見ない、紅白のボーダーの水着である。この医者はまだまだ、ファッションの無邪気さが許される年頃なのだ。 「あの、医者としては日焼け止めがオススメなんですけど。日焼けも度が過ぎると、痛い目を見ますよ」 「ああ、じゃあそれを塗ってもらおーかなぁん?」 「あ、いや、それはちょっと……ニ、ニングさんに頼んでくださいよ」 「ちぇー、まあいっか。いっておいで、少年。カナヅチならお姉さんが泳ぎを教えてあげよう、ふふふ」  真っ赤になってマッフは行ってしまった。遅れて準備運動に加わり、ジルベルトやリベルタたちの会話に交じって子供の顔になっていた。  普段は冒険者としての探索と医学の勉強で忙しいのだ。  そんなマッフも今日はただの少年になって海へ駆けてゆく。  子供たちが皆、海へと向かったのを見詰めて、カラブローネはぼんやりと思惟を燻らしていた。だらしなく見えても、脳細胞はフル回転で謎へと挑んでいたのだ。  だが、それもどうやら一休みのようである。 「あ、頼んどいたドリンクが届いた。おいちゃんも一杯どぉ?」 「頂くとしますかねえ……ユーティスは?」 「彼ならあそこ。えっと、ライフセイバー? だって。滅茶苦茶凄い緊張感を発散してて、ありゃ誰も溺れられないね。フフフ、君たちは律儀にできてるのかな? セレマン」  ビールを二杯運んできたセレマンが、小さく頷く。彼女はマイカとは対照的にスレンダーで、ともすれば痩せすぎてる印象もある。そんな彼女がなぜ金色なマイクロビキニを着てるかは、敢えて話題に出さないようにするカラブローネだった。 「我々は人と共に歩むも音……あれでもユーティスは楽しんでいると推測されます。今日の彼のメンタルパルスはとても静かで柔らかい様子。あ、こちらが麦酒とおつまみ、牡蠣&帆立と夏野菜のアヒージョになります」 「……だからねえ、セレマンちゃん? なんでいつもカロリーがオーバーキルなの」 「ま、いいんじゃない? それより」  身を起こしたマイカが、セレマンから受け取ったビールの片方を渡してくれる。熱々のアヒージョはニンニクとオリーブオイルのいい匂いが香った。  アルサスが心配なので、と去ってゆくセレマンを見送りつつ、小さく乾杯。  カラカラに乾いた喉に芳醇なホップの苦みと香りが染み渡る。 「はー、やっぱり夏は冷えたビールだねえ。……ありゃ? そういや、言い出しっぺのザッシュはどうしたんだい。ヴァインやエイダートみたいに遠泳にでも出たかい?」 「ああ、なんかさっきマッチョなイケメンと腕組んで岩陰に消えてったけど」 「あ、そ。……ほいで? なーんかおじさんに話でもあんのかな?」 「そりゃ、もちろん。聞いたわ、この群島の……レムリアの謎の一端をね」  口元の泡を手の甲でぬぐいつつも、マイカの瞳が真剣な光を帯びる。彼女は先日、カラブローネがメモ代わりにざっくり雑にまとめた資料を読んだらしい。 「世界各国の世界樹の迷宮と全く同じダンジョンばかりが存在する……私も不思議だとは思ってたの。確かにエトリアと寸分たがわぬ迷宮があった」 「でしょぉ? まあでも、桜花天空楼みたいな初見の小迷宮もある」 「おや? でもおいちゃんは指摘してたじゃない。この世界には七つの世界樹がある。私たち人類が踏破したことがある世界樹は、その中で五つだけだって」 「そう、初めて見るダンジョンでも、残りの二つの世界樹に同じものがある、ってね」  確かにそう書きなぐった記憶がある。  ――世界樹の迷宮。  今までに確認されているのは、エトリア、ハイ・ラガート、アーモロード、タルシスおよび帝国領、そしてアルカディア大陸だ。  謎多き七つの神樹……それは現在の人類文明が発祥する以前より存在したという。  レムリア戴記等、ごくごくわずかな歴史的資料によれば、この大地を救うために舞い降りたとも言われている。だが、謎は謎のままで、神秘の塊は冒険者の糧であり生き様、人生そのものでしかなかった。 「おいちゃんのメモ、面白かったよー? ……それに、私もうっすら考えていた」 「おいおい、こんな老人褒めても何も出ないよん。やめやめ、ワーッハッハッハ!」 「などと、クワシルの物まねではぐらかすおいちゃんだった。でも、私も信じるよ?」  ぐいと身を寄せてくるマイカの目が、好奇心に燃えていた。  間違いなくそれは、その瞳に移るカラブローネの心にも滾っている。  探求心の徒なれば、冒険者として生きることはより多くの経験と知識を手に入れられる。カラブローネがふらりと旅に出たのも、ジルベルトの屋敷で家庭教師をやっていたのもそれが理由だ。 「おいちゃんは、逆だと書いてた。それ、私の直感にもズバリなんだよねえ」 「あーれぇ? そんなこと書いたっけかなあ。少し酔ってたからなあ」 「まだみんなには伏せてる、私もニングにすら言ってない……でも、逆転の発想っていうのはいつでもどの界隈でもあるからさ。つまり、逆なんでしょ?」  各地の世界樹の迷宮のコピーが、このレムリア群島に集まっているのではない。  逆に、このレムリアの迷宮があちこちの世界樹へと複写されたのである。  そういう仮説をカラブローネは前から考えていた。  なぜなら、このレムリアには古代文明の残滓が色濃く残り過ぎている。遺都シンジュクや天空の城、そういった滅び去りし文明の原点は、もしやこのレムリアでは?  レムリアの秘宝と呼ばれるなにかを中心に、ここにこそ古代文明は栄華を極めたのではないだろうか。そして世界各地に世界樹を広げて、その中に迷宮を作った。レムリアにあるのは、その試作版と仮定している。  そして、古代文明は滅びた……世界各地、この惑星全てを手にした高度な文明がである。  その意味を探す旅はまだ、カラブローネにとっては始まったばかりだった。 「ま、進めばわかるよね? ってことで、この話はおしまい。私も口は堅い方だから」 「はあ、なんて博識で賢明な技師様ですこと。まぁ〜、そーのうちわかるでしょーよ」  それだけ言ってビールを飲み干すと、カラブローネはねそべり麦わら帽子で顔を隠す。潮騒の風は心地よく、マイカもそれ以上はなにも言わずに日焼け止めを塗り始めるのだった。