冒険者たちは一時のバカンスを経て、潮騒の渚に別れを告げた。  今、エイダードたちは再び『西ノ霊堂』を攻略中だ。前半戦はジルたち若い子が頑張ってくれたので、すでに地図は完成している。だが、奥へ進むほどに迷宮は複雑化し、魔物たちも強さを増していった。  それでも進むのが冒険者であり、いつ退くかは皆で決めることだ。 「しっかし、まさかあのダンゴムシがねえ」 「オレも驚きましたよ。上を歩いてる時は気が気じゃなくて……怖いっす」 「だな」  ようやく到達したフロア、恐らく最終階層であろう魔宮。そこでは難敵F.O.Eの脅威すら利用して進むことが求められた。高低差の入り組んだ道のりは、蔦をのぼったり魔物の背を借りたりである。  今日はお馴染みのヒロとウカノ、そしてヴィラールと……最後尾で警戒心を尖らせるヴァインだ。 「よお、ヴァイン。……お前も感じるか?」 「ああ、この先にいやがるぜ。毎度おなじみ、迷宮の支配者様がよ」 「やっぱりか」  もうこの距離で、無数の壁の向こうから殺気を感じる。  階段を降りてすぐ、このフロアに漂う異様な敵意を拾ったのだ。それはヴァインも同じようで、口にこそ出さないがヴィラールも察しただろう。  ヒロやウカノも、その害意が鎮座する扉の前に行けば、いやでもわかるはずだ。  だが、今は慎重に迷宮を進むしかない。  そう心に結んで、エイダードは今日何度目かの壁をよじ登った。 「えっと、地図の作りから見ると……こっち側っぽいですね」 「よしヒロ、背中は預けるぜ? そっちから順に探索していこう」 「ちょ、ちょっとエイダードさん! 背中を預けるって、オレみたいな半端な」 「半端でも冒険者は冒険者だろ? 俺もそうだったさ。わかったらウカノとヴィラールの援護もよろしくな」  ヒロの緊張感をやわらげてやるために、エイダードは不器用にニヤリと笑う。もうすでにヒロやウカノも一人前だし、一緒の行動が多いヴァインには絶体の信頼がある。  ヴィラールも底知れぬ実力を感じる一方で、しっかり仲間と連携していた。  安心を自分に言い聞かせつつ、エイダードは率先して先頭を歩いた。  ハイランダーは救国の戦士、誇りと誓いを力に代える北方の騎士である。必定、緊張感を鮮明に尖らせれば、エイダードの脳裏に戦場での思い出が浮かんでは消えた。 「エイダードさんのふるさとって、あのブリテンと戦争してたんですよね」 「まーな。……今も休戦中だが、いつまた始まるかわからねえよ」 「オレのいた世界だと、ブリテンには円卓の騎士伝説ってのがあって」 「ああ、円卓な。一人一人が一個師団に匹敵するバケモンだぜ。ま、半分まで削ってやったけど、そこまでだ。俺だって正直、連中と対峙した時は震えあがったもんだ」 「は、半分削った? え? 倒したんですか?」 「俺がじゃない。ただ、誓いを立てた同胞は無敵だ。ハイランドを守る鉄の意思が宿るのさ」  そんな戦場、激戦区の数々で命を拾ってきたエイダードにとって、冒険者として迷宮を探索する日々は新鮮だった。  命の危険は変わらない。  侵略者の騎士たちよりも、魔物の方が恐ろしいこともある。  円卓の騎士と対峙した時よりも、何倍も危険を感じたことさえあった。  だが、生まれながらの戦士として、そしていつかまた祖国を守るためを思えばエイダードの毎日は充実していた。 「っと、どうやら当りのようだな」 「当り、ってエイダードさん……うっ! なんだ!? 今、ゾクッときた!」 「わたしもです、ヒロ。この奥、なにかいます。それも、とても強くて大きいのが」  今、巨大な扉の前で一同は足を止めていた。  やはりかとエイダードは身構える。  仲間たちも眼差しを交わし合って武器を手にした。  そして、互いに頷き合って扉を開く。  瞬間、肌を焼くような強烈な殺意が空気を沸騰させた。 「こいつぁまた、デカいのが巣食ってやがるな! ヒロ、ウカノちゃんを守ってやれよ」 「は、はい、ヴァインさん!」 「わたしは大丈夫です。でも、この巨体……どこから攻めれば」 「方陣で援護します。封じれる部位から封じていきましょう」  仲間たちは冷静だ。  その頼もしさが、エイダードに無限の勇気を与えてくれる。  心の底に小さく誓いを立てた。今この戦いに勝利し、必ずこの『西ノ霊堂』を踏破すると。自分になら、自分たちにならできると信じて槍を手に走れば、目の前に醜悪な巨躯がそびえたっていた。 「こりゃ、蟲か? でけえな、だが……そりゃ、的がでけえってことだ」  いつもの調子で、口調も変わらずテンションは低い。しかし、エイダードの血潮は真っ赤に燃えて静かな闘志を燻らしていた。背後からの援護を得て、槍の穂先が光になる。  だが、必殺の一撃を叩き込んだエイダードを鈍い違和感が襲った。  手応えがない……目の前の巨大昆虫には、全く刃が通らなかった。 「なんだこいつ、やべえぜ……俺、バニシングしてもいい?」 「駄目だ」 「だよなあ! おいヒロ、撃ちまくれ! エイダードを孤立させんなよ!」  ヴァインの声が弾丸を連れてくる。二人のガンナーによる波状攻撃で、辛うじてエイダードは一歩距離を取って息を整えられた。ちらりと仲間たちに目をやれば、すでにヴィラールの血が方陣を広げていた。  一方で、ウカノは得意のインレンジに踏み込めずたたらを踏んでいる。  ただならぬ強敵とは予想していたが、全く相手にならない。  シンプルにパワーとスピード、そして質量の差が歴然だった。  それでも果敢にウカノが飛び込んでゆく。拳を構えて左右に軽く揺れながら、踊るようにパンチとキックを浴びせてゆく。そして、トドメのコークスクリューが逆巻く空気を刃に変えた。 「これでっ! まずは動きを止めます!」 「や、やったか!」 「ヴァインさん、それ駄目! それ言っちゃまずいやつですよ!」  同感だとエイダードもヒロに共感した。  あれだけの乱打を喰らっても、敵はびくともしない。蟲にして獣、まさに動く城の如き巨体が絶叫を張り上げる。後に大いなる蟲獣と命名される怪物が、その全身から紫色のガスを吹き出した。渦巻く空気は雷雲を呼んで、身を切るような疾風が吹き荒れる。 「ガスだ! 状況、ガス! くそっ、エイダード! 今そっちに行く! ヴィラールは二人を頼むぜ!」  ヴァインが口元を手で押さえつつ、片手で銃を乱射した。もはや視界も煙って、狙撃どころではない。最前線のエイダードから敵の注意をそらすための威嚇射撃だ。  だが、エイダードとてハイランダー……立てた誓いの前で退く訳にはいかない。  仲間の意思と体力を吸い上げ、より強力な一撃を叩き込んだ。 「……くっ、駄目か。なんて硬さだ。それに、このガス……っ!?」 「引くに引けねえしよ、おいっ! こっちだエイダード! ひとまず扉の前まで下がるぞ!」 「ああ。それとヴィラール、方陣を変えてくれ。封じより麻痺や毒を、ゲホゲホッ!」  死の恐怖が忍び寄る中でも、エイダードの心は全く折れない。その心は、死地に際して一際強く燃え上がっていた。そして思い出される過去の記憶……総勢数百人のハイランダーを薙ぎ払った円卓の騎士総員参戦、奇襲を決行したロンデ二オンでの激闘、そして恐るべき円卓外の騎士との突発的な遭遇。  その全てを生きて生き抜いて、戦ってきた。  そんなエイダードの耳が不穏なつぶやきを拾う。 「どうすればヒロを……みんなを助けられるの? ……え、あ……なに? 胸の石が――」  エイダードは目撃した。  ガスの暗がりに皆が包まれる中で、目を見張って驚くヴィラールが消えてゆく。  そして、なにも見えない中で輝く真紅の光。  酷く鮮明なそれは、溢れ出る鮮血のように紅く煌めきを広げてゆくのだった。