帰還した冒険者たちを重い沈黙が押し潰す。  ヒロが緊急手術を受けている間、皆が一人の男を囲んで異常事態の解決を図ろうとしていた。正確には、そのための情報収集と整理だ。  しかし、悲壮感に満ちた空気はいかんともしがたい。  カラブローネは溜息を一つこぼして、話の先を促した。 「で? いったいぜんたいなにがあったわけヨ。ウカノちゃん、どうしちゃったって?」  質問の先に座った流麗なる美男子は、一瞬考え込んでから口を開く。  今日『西方ノ霊堂』の最深部にて、巨大な魔物との戦闘があった。そして、夕方に勝利の凱旋を果たした冒険者は一人足りず、もう一人は右腕に重傷を負っていた。  その異変の中心人物が、このヴィラールというわけである。 「……全ての真実をお話しします。その上でいかなる処罰も受け入れましょう」 「あとのことは後回し、さっさと話した話した」 「はい。あれは……我らが眷属の秘宝、赫き魔眼の力による暴走です」  ヴィラールは主たる真祖に命じられ、何百年もその宝玉を探して旅してきた。  ――赫き魔眼。  それは、吸血鬼の力を物質的に結晶化させた禁忌の宝石である。真紅に輝くそれは、所有者に一時的に吸血鬼の力を与え、変容させてしまう。恐らく、仲間の危機に焦るウカノの意思に反応し、本来の力を発動させたのだという。 「あの力を多用しすぎれば、本当に我ら夜の眷属になってしまいます。そうなるともう、後戻りはできません。危険な秘宝なのです」 「なるほどねえ? それでお前さんの主は回収するように命じた訳だ」 「はい。しかしまさか、ウカノ嬢が持っていたなんて……灯台下暗し、でしたね」 「ヒロが拾って贈ったそうだが、そこはもういい。これからどうするって話だネ」  エイダードやマイカも大きく頷く。  深刻な事態な上に深夜になってしまったので、少年少女は部屋に下がらせた。  大人たちは今、事態収拾のためにもしかしたら……とても非情な選択をせねばならなくなるのだから。もちろん、それは最後の手段で、いかなる手を用いても救出を最優先させるつもりだ。  それはヴィラールも同じで、彼は全ての情報を開示した上で打開策も提案してくる。 「今ならまだ、ウカノ嬢から赫き魔眼を取り上げるだけで元に戻ります。しかし、長く力を使い過ぎると……」 「本物の吸血鬼になっちまうわけだ」 「なんでまた、そんな厄介なもの作っちゃうのかねえ。そっか、あの紅い石はそういうマジックアイテムだったかー。ウカノちゃん、凄く大切にしてたんだけどね」  やりきれない思いを吐露するように、マイカもまた溜め息を吐き出す。  だが、打つ手がないわけでもないし、この場に諦めを示す冒険者は一人もいなかった。  なるべく早期に、ウカノから魔眼を取り上げる。  シンプルだが、唯一の救出方法でもある。  そして、もっとも難易度の高い策でもあった。 「俺らは見た、あれは……普段のウカノちゃんじゃなかった。あんな巨大な魔物を圧倒するパワーとスピード。果たして、俺らが束になっても勝負になるかどうか」 「殺す気でかかればどうとでもなるけどよ。加減しねえとウカノちゃんは助けられねえ。でも、加減してどうにかなる強さじゃなかったぜ、あれは」  エイダードとヴァインは、その目で見てきたからこそ客観的に語る。  一時的に吸血鬼の力を得たウカノは、まさに伝説の九尾狐。金毛白面の怪物である。その動きを封じて戦闘力を奪い、すみやかに魔眼を回収する……それがどれだけ困難かは、二人にはわかるのだ。  カラブローネはとりあえず、この場での結論を迫られていた。 「とりあえず、しばらく子供たちには話を伏せといてやろうかね。ちょっと時間のかかるクエストに出てるとか、そういう感じで」 「それがいいでしょう。それで、私への処罰は」 「そーんなつまんないことより、ちょっと協力しなさいヨ。お前さん、責任を感じているんだろうけどねえ。今は少しでも戦力がほしいし、関係者の知恵も拝借したいし」  うなだれるヴィラールは、小さく頷いた。  さてと、カラブローネは知恵をひねり出す。  だが、答はすでに出ている。問題はそれをどう実行するかだ。手をこまねいていては、ウカノは本当に吸血鬼に堕してしまう。  ひとまず、両ギルドの中でも手練れの冒険者でことにあたるしかない。  そう思っていると、食堂のドアが静かに開かれた。 「おっ、お疲れさまだね少年! どお? 一杯やっとく?」 「未成年にお酒を進めないでくださいよ、マイカさん」  現れたのは白衣姿のマッフだった。彼はヒロの手術が終わったと告げ、あとは本人の体力と精神力が問題だと語った。かろうじてヒロの右腕は繋がったようである。  皆でねぎらいつつも、まずは安堵の空気に場が和らいだ。  正直、ヒロの冒険者生命が繋がったことだけでも吉報だ。  そのマッフに、カラブローネはかいつまんで詳細を話す。彼も年少者だが、医者である以上は関わってもらわなければならない。最悪、この場の誰かが彼の治療を求めることになるかもしれないのだから。 「そういう話でしたか。それで……まるで凶暴な魔獣にかじられたような傷でした」 「でも、繋がったんだよねん? ヒロの右腕」 「ええ。ちょっとなんか、手加減というか……本気で噛んだことに動揺した、そんな傷でした。もしかしたらウカノさんは」 「希望はあるヨ、いつだってね。多分まだ、ウカノちゃんは完全に意識を石に奪われていないんだねえ。……なら、チャンスはある。戦いつつ説得する線でいくかねえ」  だが、そのためにはヒロの声が、言葉が必要になるかもしれない。しかし、彼の回復を待っていては、ウカノの精神は飲み込まれてしまう。本当に魔眼のバケモノになってしまうのだ。  作戦会議は深夜までおよび、議論は迷いの中で白熱した。  結局、明日の朝一番で選抜された最精鋭による捜索が提案され、ほかにこれといった意見は一つもあがらなかった。 「ま、あとは出たとこ勝負だね。ニング、私たちはバックアップに回ろう。少年もそれでいいかな? ……おやおや、よっぽど疲れたようだね」  マイカは背後のニングに呼びかけつつ、隣で舟をこいでるマッフをポンと撫でる。  今夜はこれでお開きだと思った、その時だった。  カラブローネは不意に人の気配を感じて、音もなく立ち上がる。そのまま忍び足で、食堂のドアをバン! と開いた。 「おやぁ? 誰かがいたような感じだったけどねえ。嗚呼やだやだ、年は取りたくないねえ……ん?」  そこには誰もいなかった。  だが、確かに先程までいたようである。  カラブローネはそっと、床に転がるパンを拾い上げるのだった。