温かな朝日を浴びて、ヒロは意識を取り戻した。  今、彼はウカノに背負われてマギニアの街中を宿へと運ばれていた。 「あっ、ヒロ。気が付きましたか?」 「あ、ああ。降ろしても大丈夫だよ、ウカノ。一人で、歩け、る。と、思う」 「ふふ、無理そうですね。ヒロはわたしが背負って帰ります。いつもは逆でしたね」 「怪我はない?」 「身体は大丈夫です……ただ、あの石に意識をもってかれてからも、はっきり覚えてます」  前を歩くエイダードやヴァイン、カラブローネも笑っている。うとうとしながら歩くまひろは、ネカネに手を引かれていた。ドロテアは一足先にネイピア商会に向かってくれていた。  そこにもう、ヒロの親しい友人の姿はない。  あの赫き魔眼と共に、もうヴィラールは去ってしまったのだ。 「……全部、オレのせいだ。あれが、そんなに危険なものだなんて」 「でもヒロ、わたしは嬉しかったです。それに」  ヒロを背負いなおして、そっとウカノが手をかざす。  そこには、銀色の鎖が陽光に輝いていた。 「ヒロが買ってくれたこれは、これだけは残りました。宝物です……ウォレットチェーンにでもしようかなって」 「ウカノ……」 「ヒロはまず、その大怪我を直してくださいね? そしてまた、わたしたちの冒険は続くんです。きっとわたしもヒロも、故郷に帰れるって信じてます」  それが兄妹の別れになったとしても。  この世界のどこかにウカノの故郷があるかもしれないし、ヒロも異世界から元の世界、自分が生きるべき時代へと帰らなければならない。  それが遠い未来ではなくとも、しっかり歩んでゆけると思う。  だが、今は治療と睡眠がほしかったし、酷い空腹だった。 「むにゃ、えうー……パンにホットケーキははいらないのです……でも、美味しいのです」 「なんか夢みてるね、まひろ。ヴァイン、背負ってあげたら?」 「馬鹿言え、俺にだってそんな体力は残ってねえよ。ふああ、クソ眠み」 「俺も久々に疲れた。まさか、ヒポグリフとやりあう羽目になるたあなぁ」 「だーから慎重にって言ったんだヨ。迷宮をなめちゃいけない……でもま、無事にこうして帰ってこれたからいーじゃないの。ウカノちゃんも無事だったし」  人影もまばらないつもの通りを曲がると、マーリンの宿が見えてきた。  そして、その門の前で腕組み仁王立ちの少年が一人。  目が据わっていた。  普段からは想像もできないその怒りは、沸点を通り越して彼を無表情にさせている。一同を迎えても、マッフは微動だにせず言葉でだけはねぎらってくれた。 「お疲れ様です、皆さん。ウカノさんが無事でよかったです。……で、ヒロさん? 「は、はいぃ……」 「僕、絶対安静って言いましたよね? 右腕、使えなくなっちゃうかもしれないって」  凄く、凄く凄く怒っている。  あまりの静かな剣幕に、あっというまにそっとエイダードたちは逃げ出した。ヴァインもカラブローネも、素知らぬ顔でヒロを見捨ててゆく。  医者の憤りもしかたなしだが、ヒロはどうしても寝ていられなかった。  だがそれは、夜通し手術と治療とで頑張ってくれたマッフには悪いことをしたとも思うのだ。 「だ、大丈夫だったよ、マッフ。心配かけてごめん、ほら! もう痛みもほとんどないし」 「痛覚が薄れてるのは、すでに右腕の間隔が失われつつあるからです! さあ、早くこちらへ! 今度抜け出したら、切断して義手にしちゃいますからね!」 「ハ、ハイ……スミマセンデシタ」  そっとウカノが降ろしてくれて、ヒロはマッフの小さな背中を追う。本当に申し訳ない気持ちが込み上げてきたが、肩ごしに振り向く少年医はようやく表情を取り戻した。 「でも、本当に無事でよかったですよ。ヴィラールさんだけ戻ってきたのに、みんな遅いから」 「いや、本当にごめん! ……って、へ? ヴィラールが、戻ってる?」  宿に入って猫と主に挨拶した、その時だった。  食堂から何でもない様子で、笑顔のヴィラールが現れた。 「やあ、お疲れ様です。災難でしたね……なにかトラブルがあったみたいですが」 「……ヴィラール、君は、あの」 「朝一番の便で魔石をアルカディア大陸に送りました。あちらには頼れるギルドが二つほどありまして。まあ、類は友を呼ぶ、といった感じですが信用できる人たちです」  ヴィラールの言い訳というか、説明はこうだ。  赫き魔眼は危険なアイテム、これを回収できたからにはすみやかに真祖の元へと送らねばならない。ただそのためだけに、彼は何百年もの旅を流離ってきたのだから。  しかし、まさか想像もしなかっただろう。  ウカノが意識を取戻し、魔石が確保できた直後……恐るべき魔物が襲い掛かってくるとは。 「少し焦りすぎましたね。私も残って戦うべきでした。まさかそんな大物が」 「い、いや、いいんだ。オレもウカノも無事だし、みんなに助けられたよ」  ヒロは少しほっとした。  別れも言えぬまま去ったかと思えたが、ヴィラールにはヴィラールの使命、事情があっただけなのだ。そして、自分がそうであるように彼も当分はここが、この場所が帰るべきホームなのである。  そうこうしていると、寝巻姿の少女たちがドドドド! と雪崩を打って現れた。 「ウカノッ! 無事? よかった……私たちも捜索にって今朝は」 「うんうん、っていうかまひろ立ったまま寝てるじゃん。大変だったね、でも終りよければ全てヨシ!」 「妾も胸を撫でおろしたぞよ。これぞまさに禍神の御加護であろうな! わっはっは!」  ジルベルトやリベルタ、シェイレーヌといった面々がウカノを囲む。肩を抱き合い再会を喜ぶ姿を尻目に、ヒロは皆にそっと頭を下げるとマッフを追った。  今度こそ治療に専念しよう、ちゃんと言うことを聞いておとなしくしてよう。  まだまだ自分の右腕には仕事があるし、右手は大事な者を守るために銃をとるから。  そうこうしていると、鼻提灯を膨らませていたまひろがけだるげに目を覚ました。 「ホットケーキもパンケーキもパンでいいのです……はっ! ね、寝てないです! 大丈夫なのです! さあこいヒポグリフ! わたしが相手になるの、で、す? あ、あれ?」  ネカネにざっくり雑に経緯を説明され、寝ぼけ眼のまひろが口を開けたままぽかーんと小さな母親係を見下ろす。  だが、そんな彼女がヴィラールの姿を見るや、驚きに目を見開き指さした。 「ヴィラールがいるのです! やっぱり吸血鬼は悪い子なのです! 敵前逃亡は英雄失格、廃棄処分になるのです!」 「こらこら、まひろ? いいからもう戻って寝な? わたしも少し疲れたし」 「ネカネ、やっぱり吸血鬼は危険です。今後もわたしが見張るのです! フンス!」  どうにかこうにか、ヒロはウカノと共にいつもの日常に帰還した。あとから聞かされ知ったが、ユーティスやセレマンは徹夜で『西方ノ霊堂』を探索してくれていたらしい。もうすぐ帰ってくるとのことで、ヒロは心の中で小さく感謝を呟いた。  こうしてヒロは今度こそ、絶対安静の重傷患者としてベッド生活を満喫することになるのだった。