『絶崖ノ岩島』の磁軸ポイントは、冒険者たちでごった返していた。すでにベースキャンプが築かれ、出店や屋台がならんでいる。老若男女を問わず、誰もが情報交換の立ち話で盛り上がっていた。  そんな中で、ジルベルトもまた仲間から小さな秘密を聞かされ驚いていた。 「そっか、それでマルコさんとオリバーさんはあの小迷宮に」 「ユニコーンを探してたそうです。オリバーさんの妹さんが御病気らしくて」  マッフの説明によれば、ユニコーンの角は万病に効く特効薬らしい。だが、小迷宮『埋もれた城跡』に白馬の姿はなかった。それどころか、もっと危険な魔物が巣食っていたのである。  オリバーは落胆したらしいが、相棒のマルコに励まされて今は気力を取り戻したらしい。  そして、二人は改めてレムリアの秘宝を探す旅を再会した。古代の神秘ならば、妹の病も癒せると信じて。 「でもさー、たとえユニコーンが見つかっても二人じゃ無理だったかもねー」 「そうなの? リベルタ」 「そそ、伝説のユニコーンは……清らかな乙女しか近寄れないんだってさ。昔、金鹿図書館の本で読んだよ」  友人の意外な博識さに驚きつつ、なるほどとジルベルトは得心がいった。あの二人がジルベルトたちに同行を求めたのは、もしかしたらそういう意味だったのかもしれない。  その話は初耳らしく、マッフは後ろの二人組を振り返ってニヤリと笑った。 「だ、そうですよ。マイカさん、残念でしたね」 「んー? 少年、なにか言ったかなあ?」  ガシッ! マイカが凍れるスマイルでマッフの頭を掴む。  すかさずライトニングが口を挟む。 「いやあ、マイカ先生もなかなかどうして乙女ですよ? 先日なんか夜に――」 「こら、イング。余計なことは言わなくていいの! で? 少年、おねーさんになにか言うことはないのかなあ?」 「ズ、ズミマゼンデシダ」  マイカは「よろしい!」と今度は本当の笑顔になった。そうしてマッフの頭をポンポンと叩く。ジルベルトには見慣れた光景で、なんとか一本取ろうとマッフが試みても、いつもマイカに手玉に取られてしまうのだった。  だが、その隣ではスケッチブックを抱きしめリベルタがうっとりしていた。 「はぁ、マルコさんとオリバーさんのバディ……てぇてぇ! はふーん」 「ちょっとリベルタ、顔。顔がゆるんでるって」 「はっ! やっべ、ちょっと飛んでた……オホホ、なんでもありませんわよ」 「じゃあ、そろそろ行こうか。みんな、もう準備はいい?」  真っ先にライトニングが頷き、アイテムの入ったズタ袋を肩に背負う。マイカもマッフも持ち物のチェックは万全のようだし、リベルタに至ってはすでに白紙の地図にペンを握って準備万端である。 「ちょっと歩くとまた迷宮があるみたい。名前は、ええと、『金剛獣ノ岩窟』だって」 「ほいよ、どれ」  リベルタが真っ先に迷宮名を記す。なかなかの達筆で、見た目の流麗さも手伝って本物のお嬢様なんだなあと妙な感心をジルベルトはいだいた。自分だって辺境貴族の娘だが、帝国の名家とは格が違う。  でも、リベルタは気の置けない友人だし、お互い実家は好きだが比べたことはなかった。 「おっし、じゃあ出発といきますか! ジルとアタシと、あとイングさんで前衛。お願いできっかな?」 「ええ、もちろん。女性や子供を守るは、騎士の誉ですからね」  こうして、しばらくは森の中を歩いた。途中で採取できるようなポイントはないか、危険な魔物が居座っていないか……警戒しつつも会話が自然と弾む。無駄に気負って緊張する必要はないし、どうやらこの周辺に敵意はいないようだ。  そう思っていると、異臭が鼻を刺す。  即座にジルベルトは、並んで歩くリベルタやライトニングを手で制した。  後のマイカとマッフも、ユニコーンの話をむし返すのをやめて止まる。 「僕のセンサーによる分析では、硫黄の成分が感知できますね」 「すごいね、深都の騎士って」 「いえ、即座に察してパーティの安全を確保した……ジルは優れたリーダーですよ」 「やだなあ、リーダーだなんて。で、硫黄ってことは温泉でもあるのかな?」  心の警戒レベルを三つか四つ上げて、軽口を叩きつつジルベルトが先行する。森の奥から、どんどん硫黄の臭いは強くなって漂っていた。だが、毒性のあるレベルの濃度ではないし、すぐにその発生源が目の前に現れた。 「温泉じゃなかったか。でも、見つけた。多分ここが『金剛獣ノ岩窟』、その入口だ」  盛り上がった土と岩とが小さな山になっていて、そこにぽっかりと穴が開いている。もうもうと煙る水蒸気が溢れ出ていて、不鮮明な視界はまるで濃霧のよう。  そして、その白い闇に人影が一つ。 「あ、同業者さんかな。あのー、そっち大丈夫ですかー? 階段とか見えます?」  だが、答はない。  ただ、こちらを振り向く視線だけははっきりと感じられた。  そして、謎のシルエットは暗い洞穴の中へと消えてゆく。  不愛想なのかシャイなのか、それにしてもこのレベルの迷宮に挑むにしては単独行動は不思議である。そして先程のねぶるようなまなざし……妙に不気味で背筋に悪寒が走った。  ちょうどそのころ、後の四人も追いついてくる。 「どったの、ジル。誰かいんの?」 「あ、リベルタ。みんなも。今、そこに人影が」  すぐにライトニングが前に出た。彼は静かに防御の号令を発しつつ、剣の柄に手を置き歩く。こういう時、機械の身体を持つ深都の民はとても頼りになった。  ライトニングの背が、徐々に霞んで見えなくなる。  完全に細い影になってしまったが、彼は洞穴の前で振り向いた。 「大丈夫です、ガスの毒性は許容範囲内。そして、地下への階段がありますね」 「ありがとう、イングさん。誰かいない?」 「いえ、誰も……ですが妙ですね」 「妙、というのは」 「誰か人間ないし、それに類する動物、生命体がいたという痕跡が全くありません。わずかに熱が残るものなのですが、普通は」  見間違いでは? とマッフが口にすれば、確かにジルベルトも自信がなくなってくる。その人物は本当に幻影のように、その場から何も残さず消えてしまったのだ。  だが、すかさずマイカはマッフの頭をチョップする。 「いたっ! なんですかもう」 「楽観や期待は禁物だよ、少年? ジルが見たなら確かにいたんだよ。そして、意図的に自分を隠そうとしているし、こっちとコンタクトを取る必要を感じていない」 「そ、そういうもんなんですか?」 「そりゃ、こう見えて冒険者だからね」  戻ってきたライトニングが、全く悪意のない笑顔で「意外と乙女な冒険者、ですよね。先生」と付けたす。なにか心当たりがあるのか、少し頬を赤らめマイカはそっぽを向いた。  とりあえず、ジルベルトたちの前に新たな迷宮が口をあけている。  ここから先が本番だと、誰もが頷き『金剛獣ノ岩窟』へと歩を進めるのだった。