かくして、ジルベルトたちの冒険が再び始まった。  まずは地図の完成を第一目標に、リベルタやまひろ、ネカネとドロテアというお馴染みの布陣で挑む。そして、この『金剛獣ノ岩窟』の謎はますます深まるばかりだった。 「ここの採取ポイントも、氷の棒ですね。ちょっと、薬や武具の素材ではないみたいです」  ドロテアがまた一つ、氷の塊を革袋に丁寧に保存する。  若輩ながら、両ギルドで一番の採取の腕を持つのがドロテアだ。日々の勉強も欠かさず、ジルベルトたちと別行動でせっせと採掘や伐採にも頑張ってくれている。  その彼女がわからないというし、宿での会議でもカラブローネたち大人は首をひねるばかりだった。 「でもでもっ! この氷の棒は大事なものなのです! わたしは使い道を聞いてきたです」 「まひろも情報収集頑張ってくれたんだね。ありがと、じゃあみんな! 進もう!」 「酒場のクワシルさんが知り合いの冒険者の妹さんの旦那さんから聞いたそうです!」 「……ごめん、ちょっともう一回地図を確認しようか。その氷、あんまり取り過ぎると重荷になってドロテアが疲れちゃうし」  ちょっと不安になってきた。  まひろはムフー! と得意満面のドヤ顔だが、ジルベルトの脳裏には胡散臭い酒場の主の高笑いが過る。ワーッハッハッハー! と笑顔の絶えない名物マスターだが、どうにもいい加減な人物であることは誰もが知っていた。  とりあえず、必要最低限の氷を持ち、残りは破棄した。  使い方がわかったら、改めて必要分を確保すればいいのである。それに、こんな重いものを何本もドロテアに持たせるのも悪い。 「じゃあ、二、三本くらい持ってあとは捨てますね」 「わざわざごめんね、ドロテア」  荷物の整理をしていた、その時だった。  不意にリベルタとネカネが同時に武器を身構えた。二人は目と目でコンタクトを交わして、瞬時に戦闘態勢に入る。一瞬遅れて、ジルベルトにも強烈な敵意が感じられた。  通路の向こう、その曲がり角の先から鋭い殺気が溢れ出ている。  砲剣を構えた時にはもう、ネカネが忍び足でその先へと向かった。続くリベルタが手と指でクイとサインを送ってくれる。  どうやら気配は一つのようだが、臭いや唸り声は聴こえてはこなかった。 「つまり、魔物の類ではないかも? だったらなぜ」 「ジル、みんなも。援護しますね……瘴気兵装、展開。いつでもいけますっ」 「わたしが先頭に立つです! なにか攻撃されたら、わたしが防ぐので反撃よろしくなのです!」  どうにも頼りない、実質四歳児のまひろ。彼女は戦闘になると人が変わったように頼れる存在だ。その鉄壁の防御は、サブクラスにパラディンを選択したことで絶体の信頼をジルベルトに感じさせる。  同じヒーローでも、違う選択をした。  お互いの連携もばっちりで、攻防一体となった二人はパーティの中軸を支える要になりつつあった。  そして、ジルベルトは見た。  盾を構えたまひろの向こうに、小さな人影があった。 「えっ? ……亜人、さんかな? それも、子供の」  この世界に生きる霊長は、ジルベルトたち人間だけではない。アルカディア大陸には四種の種族がいるし、夜の眷属まで平然と社会に交じって生きている。それに、世界樹の迷宮の冒険譚では、どの本にも迷宮の中に住む種族の存在が確認されていた。  だが、どうやらここでは亜人には歓迎されていないらしい。  そう思った瞬間、まひろが旋風を巻く。  彼女は巨大な盾で飛来したナイフを防いだ。  同時に、亜人の子供は奥へと逃げてゆく。 「まひろ、ナイスッ! で……今のはどういう意味ですか? ブロートさん、ですよね?」  眼光鋭くジルベルトが振り返る先に、ゆらりと一人の男が姿を現した。  こんなに近くまで迫られていたのに、全く気付かなかった。あのまひろでさえ、ナイフが投擲されるまで察知できなかったようである。 「おいおい、そんな言いぐさはないだろう? 僕は君たちを守ろうとしたんだけどね」  あいかわらず、全体的にぼんやりとした不安を感じさせる。人当たりはいいし物腰も穏やかだが、この冒険者は先ほどの亜人を狙ってナイフを投げたのだ。  そのことで、盾に突き立つ刃を抜くやまひろがプンスコと怒りだした。 「これは返すです! 子供にナイフを投げつけるなんて悪い子のすることなのです!」 「はは、辛辣だな。……さすがはヒーロー様、英雄の心根だね。それが造り物でも」  微かな悪意を感じて、ジルベルトは前に出た。  友への侮辱を許せるようにはできていない、それがジルベルトという少女だった。もちろん、回りの仲間たちも同じである。 「まいったね。僕の親切がこんなに不評だなんて。じゃあ、そこの王女様はどう思ったかなあ? 僕としては適切な判断だったと思うんだけどね」  ブロートの声に、もう一人の冒険者……否、冒険王女が姿を現す。  これまたどこに潜んでいたのか、エンリーカは腕組み高笑いしながら歩み寄ってきた。  やはり、強運だけで高みに達した女性ではない。冒険者としても一流、己の存在感を消しての行動力はブロートと同等か、それ以上か。  自分の未熟さを悔やむという贅沢を、今はジルベルトは胸の奥にしまう。  反省と鍛錬は、生き残ってこその伸びしろなのだから。 「あの亜人の子供が敵意を向けてきたことは事実ね。でも、ブロート? だったかしら? 敵意に冒険者は敵意を返した、あなたの軽挙は冒険者全員の立場を確定させつつあるわ」 「ふむ、なるほど……悪手だったかな? でもまあ、レムリアの秘宝が目覚めればそんなわずらわしさもなくなる。本当にどうでもよくなるような些事だよ」  妙な言葉のニュアンスに、ジルベルトは内心で師の教えを励起させた。  レムリアの秘宝が……目覚める? つまりそれは生物ということなのだろうか? それとも、古代文明が遺した何かしらのシステム、機械的なものなのか。心の中のカラブローネは、少なくとも金銀財宝の類ではなさそうだと苦笑し、次の一手を呟く。  その言葉の通りに、プゥ! とむくれっ面のまひろの、その横に立つ。 「ひょっとして……ブロートさん、レムリアの秘宝についてなにか知ってるんですか?」 「怖い顔だなあ、お嬢ちゃん。僕だって冒険者なんだ、情報は時に砂金や宝石に勝る。それはわかるよねえ?」 「信頼に足る情報になら、代価が必要でしょう。でも、さっきあなたは亜人の子供を殺そうとした。そういう人の話なら、エンやアイテムで交渉するのは難しいです」  同意するように、リベルタが砲剣に火を入れた。ナカジマ工廠性の試作砲剣がモーターの唸りをあげて熱を帯びる。ネカネも矢を手に、いつでも番えるように距離を取る。  だが、動じた様子もなくブロートはやれやれと肩をすくめる。 「嫌われたもんだなあ。じゃ。僕はこのへんで失礼するよ。……また会おう、『タービュランス』と『ストラトスフィア』……次も生きて会えることを願うよ」  それだけ言って、あくまでにこやかな紳士的態度を崩さずブロートは去っていった。緊張感が途切れたところで、張り詰めた空気から解放されたジルベルトはよろける。だが、すぐ隣のまひろが抱き留めてくれた。 「ジル、わたしなんかのためにありがとうです。ジルはいい子なのです!」 「なんか、なんて言わないでよ。私の友達は、なんかじゃない。ってか、顔近っ!」  こうして、新たな事実が発覚した。この迷宮は、その奥には亜人がいるらしい。それはもしかしたら、仲間のウカノの同族かもしれないし、なにかイクサビトやセリアンのことを知っているかもしれない。  気を引き締めつつ、ジルベルトたちは再び慎重に探索を再開させる。  だが、まさか冒険王女エンリーカが同行を申し出てくるとは夢にも思わないのだった。