危険な冒険は続く。『金剛獣ノ岩窟』は奥へ進むほどに複雑さを増し、跳梁する魔物たちがゆく手を阻む。  ただ、ジルベルトたちの選択は明らかに未知の迷宮で真実に近付いていた。 「こいつがこの子の言ってた目玉の魔物ね! ジル、皆も!」  エンリーカが亜人の子供を庇い、その前にまひろが立つ。頭上に今、巨大な翼の生えた魔眼が浮かんでいた。その全身が目玉そのもので、血走る瞳孔が風に揺れている。  亜人語の使えるエンリーカを通して、ジルベルトたちは少年の助言を得ていた。  どうやら、こちらに敵意がないことはしっかりと伝わったらしい。  しかし、例の謎の熱源を破壊した寒さの中、危険な迷宮は油断ならない。 「まひろっ! 今すぐ援護を! ……ん? あれは」 「ジル、アタシもピンときた!」 「ここはわたしが援護するよ。ドロテアと三人で行って」  ジルベルトは凍った水辺の上を走った。そのあとをガチャガチャとリベルタがついてきて、転んで尻で滑りながらドロテアも追いついてくる。  ネカネは矢を番えた弓を構えて、防戦に徹するまひろを援護していた。  同時に、巧みな射手の矢は意図的に虚空を視る邪眼を誘導していた。  そして今、ジルベルトたち三人の前に巨大な氷塊がある。 「せーのっ! ッ!」 「たかが氷岩一つ、アタシたちで!」 「押し出してやる、ですっ! いっけぇ、勇ましき我が闘志と共に! とぉ!」  華奢な少女たちでも、三人寄ればかしましくも頼もしい。  ジルベルトたちが押し出した巨大な氷は、戦鎚のごとく魔物へ向かって滑り出した。振り向いた虚空を視る邪眼の、その全身が見開かれて驚愕を伝えてくる。  その時にはもう、まひろとネカネがエンリーカたちを連れて離脱していた。  そして鳴り響く轟音。  凍った水路をカタパルトに、巨大な氷の塊が魔物を襲った。  砕け散ると同時に巨氷はバラバラになって、虚空を視る邪眼も綺麗にすり潰されていた。強敵ゆえに避けたい戦闘だったので、このさい素材が回収できないことには目をつぶる。ジルベルトはふうと安どのため息をついて、額の汗を手の甲でぬぐった。 「お疲れ、ジル。ドロテアもリベルタも。……うーん」 「ん? どしたの、ネカネ?」 「いや、さっきも壊した例のあれ。真っ赤に燃えてるあの物体。鱗、なんだけど……そこまでは思い出せてるんだけど」 「さっきのサラマンドラのものじゃないんだよね」 「あれは大きな山椒魚みたいなもので、全身が粘液で包まれてるけど鱗はないの」  ネカネは若輩ながらも、両ギルドの中ではベテランの冒険者だ。レンジャーとしての技能と知識は、冒険者一家の娘としてエトリアでの日々を過ごしたゆえのものだ。  その彼女が、なにかを思い出そうと懐からなにかを取り出す。  それは、ネカネが鱗と呼んでいる例の熱源の欠片である。 「なんだったかな、こう……サラマンドラよりもっと危険な魔物がいたような」 「ほへ? さっきの火蜥蜴さんが迷宮の主ではないですか? まだ凄いのがいるですか!」 「こら、まひろ。そう張り切らないでよ。ただ、もしそうならもう一戦交える覚悟がいる」 「覚悟なら完了なのです! わたしはみんなを守って戦うのです!」  フンス! と鼻息も荒く、迷宮の奥へとまひろが走り出した。  いつものことで、冷静にドロテアがその背を追う。見た目はまひろの方が年上に見えるが、このむちぷりヒーローは実年齢は四歳ほどである。戦技や身体能力はともかく、人格的にも童女のように純真で無邪気、無鉄砲だった。  やれやれとジルベルトも、肩をすくめるリベルタと苦笑を交わす。 「いっちゃった、かあ。ま、ドロテアがついてるから……ついてる、から。ね? リベルタ」 「大丈夫、これでシェイレーヌが揃えば見た目だけはキラキラ主人公トリオだけど。ドロテアは最近、採取や伐採もだけど確実に戦闘の手際がよくなってる」 「意外と面倒見いいもんね、お師匠さん。ザッシュさんってさ」 「胡散臭くて時々心配になるけどね」  エンリーカと亜人の子供を中心に、ジルベルトたちは慎重に歩を進めた。  すぐに追いつくと思ったし、あのまひろが独断専行したところで心配は心配だが……もう慣れてしまっている感覚もあった。むしろ、手綱を厳しく縛るよりも逆に、余裕をもってこちら側で合わせることがよい結果を生むこともある。  なんだかんだでこの数カ月で、ジルベルトたちはすっかりまひろとの信頼関係を構築できてしまっていた。ましてや今回は、ドロテアが一緒にいてくれるのである。  だが、一瞬でその安心感が瓦解した。 「だ、だから言ったじゃないですかぁ! ジルたちを待とう、って」 「だだだ、大丈夫です! まずは脱兎のごとく逃げるのです!」 「って、凄いスピードで追いかけてきますぅ!」 「こんなの聞いてないです! 一階ではのっそりしてて、簡単に逃げられたのです!」  絶叫と共に、二人が戻ってくる。というか、全速力で逃げてくる。  その背後に、回転する巨大亀の魔物が迫っていた。上のフロアでは鈍重で危険度も少なく、容易に回避してきたF.O.Eだ。  だが、様子がおかしい。  凍結した回廊の上を今、その魔物は……鎧の追跡者は、手足を引っ込め高速回転でスピンしながら迫ってくる。  とっさにジルベルトも、仲間たちと走り出した。  運の悪いことに周囲の水が凍って、鎧の追跡者に恐るべき進撃速度を与えているのだった。 「ちょ、やっべえ! こういう時は逃げるっきゃねー!」 「エンリーカ、その子をお願いね? わたしが少しでも足止めを――」 「駄目だよネカネ! くっ、どこか凍ってない通路への道は……!」  皆、必死だった。ジルベルトもそうだったし、エンリーカやまひろ、ドロテアなんかはちょっと女の子が見せてはいけない形相で猛ダッシュしていた。ムードメーカーのリベルタも真顔で歯を食いしばって駆ける。  これはいよいよと思い、ジルベルトが懐からアリアドネの糸を出した、その時だった。 「ジル、目の前が行き止まり」 「うんっ、ネカネ! 今日はこの辺で撤退しよう。壁と亀とでサンドイッチになっちゃう!」 「でも、すぐ横…小さなくぼみがある。みんなでそこに飛び込めば、あるいは」 「ネカネ、ありがと! って、妙に冷静だよね、いつも! うう、ごめん……リーダー失格だよぉ」 「そんなことはないよ。ただ……さっき、思い出したんだ」  小柄なネカネを最後は小脇に抱えて、ジルベルトはエンリーカたちと一緒に横の小道に逃げ込んだ。一拍の間をおいて、まひろとドロテアも追いついてくる。  すぐ横を高速で魔物がすり抜け、岩盤に当たって砕ける音が聞こえた。  どうやら鎧の追跡者は、自分でも止まれずに行き止まりに正面衝突したようだった。その無残な死体の向こうにぽっかりと穴が開いている。  そして、焼けるような殺気がそこから漏れ出てジルベルトに警戒心を励起させた。  走って流れ出た汗が、一瞬で乾いてしまうほどの熱量……灼熱の大気が陽炎を揺らめかせている。 「な、なんだろ。この先になにが……熱っ! え、嘘……さっき氷銀の棒杭でこのフロアは」  そう、ネカネが鱗と呼ぶ熱源体は確かに破壊した。  それなのに、あっという間に周囲が熱気に包まれ氷が溶け消える。  そして、その高温の根源をネカネは小さく呟いた。 「そう、確か……ホムラミズチ。この『金剛獣ノ岩窟』の真の主。焔の化身、灼熱の王」  ぽっかりと空いた穴の先に進んだジルベルトは、即座に砲剣を抜いて盾を構えた。  目の前に今、紅蓮に燃える炎の化身が巨体を揺すって唸っているのだった。