恐るべき焔の化身、ホムラミズチはジルベルトたちによって倒された。  同時に、全てのウロコが撤去され、迷宮の空気が汗を冷たく乾かす。額の汗を手の甲でぬぐえば、背後ですこぶる元気そうな声が響いた。 「さすがは『タービュランス』、そして『ストラトスフィア』ね! 見事だったわ!」  冒険王女ことエンリーカが、笑顔でメディカの小瓶を放ってくる。彼女がみちすがら、チョコチョコと拾って集めてくれたものだ。やはり強運の持ち主、吸い込まれるように次々とアイテムが回収できたのである。  ジルベルトは礼を言って、小瓶の中のメディカを飲む。  同時に、仲間たちを見渡しその無事を確認した。 「ネカネはドロテアと素材回収か。リベルタが見張ってくれてるから、魔物の心配もない」  だが、皆がもうヘトヘトだった。  巨大なホムラミズチの躯にナイフを突き立てるネカネも、心なしか手際が悪い。ドロテアも手伝って、それでも利用できそうな部位を引っぺがしてゆく。  剣を地に突き、柄に両手を置いたリベルタの背中にも疲労が見て取れた。  そして、次の光景に思わずジルベルトは走り出す。 「まひろ、ちょっとまひろっ! 大丈夫? しっかりして!」  ズシャリとその場に片膝を突いて、まひろが崩れ落ちた。先程の激闘で、一番攻撃が集中したのが彼女だった。時に身を盾にして仲間を守り、零距離の灼熱地獄で強撃を放ってきたのである。いまや、まひろは満身創痍の疲労困憊のようだった。  なんとか肩を貸してやると、ぺしゃーんとした顔でまひろが小さく呟く。 「……です。凄く、凄く……」 「うんうん。まひろ、頑張ったね。本当にありがとう」 「――が、もう、ペコ、ペコ、なのです」  瞬間、ギュロロロロロオ! とまひろの腹が鳴った。どうやら、カロリーを消費し過ぎたらしい。 「パン、食べたいです……パン……」 「あら、さすがの英雄さんも降参のようね。ほら、お食べなさい? 海の一族に伝わる秘伝の携行食品、塩パンよ」 「エンリーカ、ジルも……ありがとなのです。塩パン……しょっぱいやつなのです」 「ちょっとまひろ? 今、私のことしょっぱい女って言ったのかしら?」 「そういう意味では……あむ、もぎゅもぎゅ……美味しいのです。しみるのです」  どうやら空腹以外の問題はないようだ。シオシオな表情のまま、まひろはパンを食べ続ける。聴きなれない、というか理解できない声が響いたのはその時だった。  すぐにエンリーカが、奥を指さす亜人の子へと走る。 「ついてこいって言ってる……やっぱり、この近くに集落があるのね」 「みんなはここで待ってて! 私が見てくる!」  ジルベルトだってヘトヘトだったが、すぐ目の前に脱出口が見えた。その先にまた、新しい冒険が待っている。そう思うと、重い足が一歩、また一歩と己の身を運んだ。  そして、久々に浴びる太陽の光。  どうやらすでに午後になっていたようで、昼下がりの日差しに思わず目を細める。  そんな中を、エンリーカに追いかけられながら亜人の子が走る。  その先に、森に埋没した古代の遺跡のようなものがあった。  すでに廃墟と化しているのか、かなり風化が激しい。 「これは……レムリアの先史文明の? ――ッ、危ない、エンリーカ!」  突然の殺気。  それが、鋭く研ぎ澄まされた無言の出迎えだった。  思わず立ち止まったエンリーカが数歩下がる。  そして、遺跡へ走る亜人の少年が振り返って小首を傾げた。 「エンリーカ、ちょっとこれをお願い。……大丈夫、さすがに王女様に怪我させるわけにはいかないしね」 「ちょ、ちょっとジル!? お待ちなさい、こういう時こそ私の激運が」 「いや、これは……あまり歓迎されてる空気じゃないみたいなんだ」  武具を全てエンリーカに預け、ジルベルトは両手をあげて静かに歩み出す。今この瞬間も、相手にその意図があれば一瞬で殺されているだろう。激闘の疲労とは別種の汗が噴き出て、悪寒が背筋を駆けあがる。  はっきりと感じ取れる強烈な殺気の、その発生位置が全く気取れなかった。  隠密の術に長けた手練れのようである。  亜人の子供に追いつくと、ジルベルトは静かに、しかし大きな声で落ち着いて言葉を選んだ。 「私たちはマギニアの冒険者! 敵意はありません! この子を保護したので、お返しします!」  激しい殺意が少し緩んだ。  同時に、目の前に屈強な男が舞い降りる。すらりと細身だが、引き締まった肉体にはカラフルな意匠が散りばめられている。手には弓を持っており、恐らく亜人の狩人なのだろう。そして、次の瞬間ジルベルトは驚きに目を見開いた。 「……なにをしに来た、ヒトよ。我ら亜人、モリビトの里は決して知られてはならない。悪いがここで」  ジルベルトと同じ供用語だった。やや訛りが強いが、はっきりとその言葉の意味が理解できる。しすて、モリビトと名乗った青年は腰から矢を取り出し、弓に番える。  すぐに少年が飛び出し、彼の足に抱き着いてモリビトの言葉をわめき出した。  それで、モリビトの青年は弓を降ろして弦を外す。 「なんと、あのホムラミズチを……そして、この子を守ってくれたのだな。そこだけは感謝しよう、ヒトよ。ホムラミズチには我々も苦慮していたところだ」 「恐ろしい魔物でした。改めて私はジルベルト、飛行都市マギニアの冒険者です」 「……今すぐ去れ。疾くといね。逃げれば追わない……モリビト、恩義に仇を返さない」  どうやら、口封じに殺されることはなさそうだ。青年は足元の子供に二言、三言呟いて、そして二人で背を向け遺跡の奥へ向かう。  あとから追いついてきたエンリーカが、呼び止めジルベルトを追い越していった。 「ちょっと、あなたたち! レムリアの秘宝を探してる、なにか心当たりはない? 永遠の繁栄をもたらす、太古の遺産よ。一族のためにどうしてもそれが必要なの!」  エンリーカの言葉を聞いた途端、振り返った青年の目元が険しくなる。なにか、彼の逆鱗に触れたようで、突然モリビト語で怒鳴られた。そのことに彼は自分でもしばらく気付かず、激しい口調で喋り続けたあと、ふと我に返って咳ばらいを一つ零す。 「……ヒトよ。まだあれを望むか。古き昔、我が祖先たちをも巻き込んだ大災厄の元凶……世界樹に封じられし、邪悪なるあの力! 秘宝などではない……繁栄など、虚しい幻影にすぎぬのだ」  訳がわからず、ジルベルトはエンリーカと顔を見合わせた。  なにか、話が違う。探索司令部では、このレムリア群島のどこかに太古の超文明の遺産があると聞いていた。それを持ち帰った冒険者には、あらゆる富と名声がもたらされる。そして、マギニアはより繁栄して華々しい文明社会を謳歌するのだ。  海の一族であるエンリーカたちが、同じ目的で一時対立したことからも間違いないはずだ。 「大災厄……? 邪悪なる力って」 「これ以上は話す舌を持たん。ヒトよ、もしこの里の場所を他言してみろ……その時は我が弓が地の彼方までお前を追うだろう」  それだけ言い残すと、小脇に子供を抱えて青年は行ってしまった。  残されたジルベルトは、ただただエンリーカと黙って俯くことしかできないのだった。