マギニアに無事生還を果たしたジルベルトを待っていたのは、レポート作成の作業だった。しかも、そこに見聞きしたものを全ては書き出せない。  今、自室にリベルタを招いての書類仕事は佳境を迎えていた。 「ほいよー、図鑑用のイラストはこれでOK。地図も改めて清書したかんね」 「うう、ありがとうリベルタ……こっちもなんとか」 「モリビトの件、さあ。ジルって嘘つけないタイプじゃない?」 「そうかも。なんか、彼らのことを全部隠して、結局ホムラミズチ討伐だけのレポートになっちゃった」  そう、あの『金剛獣ノ岩窟』でジルベルトたちは出会った。亜人……自分たちとは全く異なる、ヒトならざるもの。モリビトと名乗った青年は、レムリアの秘宝を災禍の元凶だと断じた。  彼らを含めた、レムリア群島に栄えた古代文明になにがあったのか?  レムリアの秘宝は、マギニアのさらなる繁栄と平和をもたらすものではないのか。  今はただ、混乱の中でも慎重に言葉を選んで記すしかない。  熱い茶をトレイに乗せて、ユーティスが現れたのはそんな時だった。 「おや、一段落したようですね。お茶をどうぞ」 「ありがと、ユーティス。……で、あねさま。彼女たちはあれは、なにをやってるんでしょうか」 「それなー、めっちゃ気が散るんだけどさ」  ズビビーと茶をすすりつつ、リベルタが窓際へと視線を放る。  そこでは、お互い謎のポージングを決めつつ踊るように身構える冒険者が二人。そう、ドロテアとシェイレーヌである。夕暮れの西日が刺しこむ中、彼女たちは今も勝利の決めポーズの開発に夢中である。 「あっ、わたしたちのことは気にしないでくださいっ」 「うむ、妾たちに気を遣う必要はないぞよ。でも、確かに喉が渇いたのう。妾たちも茶を所望するとしよう!」 「……ごめん、ユーティス。図々しいけど、お願い」 「わかりました。それと、こちらのレポートを今から探索司令部に提出してきましょう」  こんなこともあろうかと、と言わんばかりに無表情で、ユーティスはトレイから新たに二つのティーカップをテーブルに置く。ポットの熱い茶を注げば、ふんわりと温かな香りが湯気となって広がった。  同時に、資料をまとめた封筒を彼はそっと手に取る。 「明日でいいよ、ユーティス。私が行くから」 「いえ、あねさまは随分と疲労が溜まっているかと。現状での稼働率……人間でいうところの元気、みたいなものが60%を切っています。精神的な摩耗も顕著ですね」 「ま、まあ、激戦だったからね」 「あねさまには休んでいてほしいのです。これは私が今日中に処理しておきましょう」  いつもの真顔だが、不思議と今日は表情が柔らかい。整い過ぎたその目鼻立ちが、節々に気遣いを浮かべているような気がした。気がしただけで十分で、思わずジルベルトは頬が熱くなる。  だが、ユーティスは全く表情を変えずに「では、あねさま。また後程食堂ででも」と言い残して去っていった。  茶を飲むドロテアやシェイレーヌも、思わずうっとりとしている。  そして、キラキラと淑女オーラを出しながらリベルタも満面の笑みになっていた。 「おてぇてぇですわ……はあ、ユーティスからしか得られない栄養分がありましてよ」 「ちょ、ちょっとリベルタ! 顔! 顔が緩んでるって!」 「はっ! い、いっけねー、危ない危ない。はぁ、尊すぎて茶が染みるわあ」  少し照れくさいのだが、確かにジルベルトも自分を姉と慕うユーティスに随分助けられている。彼は時々人間の常識を軽く超越してくれるが、周囲との協調性もあるしまひろというライバル? もいる。両ギルドにとってユーティスはすでに、かけがえのない仲間、戦力以上の存在だった。  そんな彼が去ると、入違いでカラブローネが現れる。 「ここにいたかい、シェイレーヌの嬢ちゃんよう。さっき海の一族の兵隊がこいつを持ってきた。エンリーカ王女殿下からの書簡だとさ」 「ふむ、これは手を煩わせたな、おいちゃん。感謝を」 「はいはい、感謝されるおいちゃんですよ、っと。んじゃまあ、ジルもみんなもよーく休みなさいねえ。明日も宿屋で待機しつつ、英気を養う方向で――うん?」  気付けばジルベルトは、去ろうとする我が師を呼び止めていた。  すぐに事情を察したのか、カラブローネはそっと唇に人差し指を立ててウィンクを一つ。そうして、ドアを開けると廊下を見渡し、全身で周囲の気配を察してゆく。  どうやら、すぐにカラブローネには重要な話があることが伝わったようだ。  さすがは、幼少期からジルベルトとその兄の先生を務めてきただけはある。 「うん、ザッシュはいないようだねえ。大事な話があるんだね、ジルや?」 「あ、師匠ならホムラミズチの素材を売りにいってます。なんか、希少な部位があればその入手情報を手に入れたいとか言ってました」  ドロテアの言葉にうんうんと頷いて、カラブローネはジルベルトの前に腰を下ろす。  封筒から便箋を取り出しつつ、シェイレーヌも神妙な顔になる。  やはり、仲間の中だけでは情報を共有すべきだとジルベルトは感じていた。それが探索司令部や冒険者ギルドを裏切る行為になろうとしても、モリビトの隠れ里の話は胸にしまっておくべきだと思ったのだ。  それでも、重い秘密に胸が痛くて、それにこの真実を知らぬまま進む仲間や同業者が酷く心配だったのだ。 「師匠、実は――」  ようやくジルベルトは、真実を口にすることができた。そして、その信憑性を裏付けるようにシェイレーヌもエンリーカからの手紙を見せてくれる。  冒険王女からも、内密に両ギルドと秘密を共有したい胸が伝えられてきた。 「ふうむ、亜人ねえ。まあ、おいちゃんはウロビトだし? イクサビトってのもいるし」 「妾の母国アーモロードにはフカビトと呼ばれる民がおる。亜人自体は珍しいものではないが」 「……そうそう、姫巫女ちゃんのいう通りヨ。亜人は必ずしも、冒険者に対して好意的じゃない。そういう前例はエトリアやハイ・ラガートでも沢山聞いてるからねえ」  例えば、マイカたちトミン族。地上とのかかわりを断ち、数百年も地下の遺都シンジュクで暮らしてきた人間たちである。いってみれば彼女たちも亜人のようなものであり、ほかにもハイ・ラガートの翼人や、アルカディア大陸のルナリア、セリアン、ブラニ―などは人間社会に溶け込んでいる。  だが、亜人の中には世界樹の迷宮に籠り外界を拒む風潮も珍しくなかった。 「さて、そうかい。そういうことだったのかい……ジルや、よく話してくれたねえ」 「冒険者は玉石混合、中には心無い無頼漢も少なくありません。もしモリビトの里がそんな冒険者たちに襲われたら」 「うんうん。懸命な判断だ、合格点だネ。探索司令部と他のギルドには、しばらく足踏みしててもらうとして……まずはモリビトの誤解を解かないといけない。厄介な話だが、端折っちゃいけない話サ」  カラブローネは腕組みうんうんと頷いて、そしてとりあえずはモリビトの秘密を『タービュランス』と『ストラトスフィア』のみで共有、徹底した緘口令をしいて機密とすることとした。  師匠に話したからか、少しジルベルトは心が軽くなった。 「ま、あとはザッシュだけどねえ。情報屋は大金を前にすると口が軽いもんねえ」 「師匠なら大丈夫だと思いますっ! この秘密は多分、今後もっと値上がりする情報ですし」 「ははあ、ドロテアの話も最もだ。それに、最近のザッシュなら大丈夫だろうさ」  こうして、とりあえずは明日は休息の日として心身を休め、ジルベルトは再びモリビトたちの住む里に接触することになったのだった。