風雲急を告げる。ジルベルトたちが再びモリビトとコンタクトを取ろうとした、まさにその瞬間だった。  ペルセフォネ王女が、消えた。  謎の男に連れ去られ、誘拐されたのだ。  目撃情報は極めて少ない。  だが、その全ては古代遺跡の聖堂で発見されていた。  病床の姫君を心配しつつ、ミュラーは新たなミッションを発動した。こうしてジルベルトたちは、新たなる謎と共にペルセフォネ王女を探す冒険に駆り出されることになったのである。  そして今、モリビトの里に来てみれば風景は一変していた。 「こ、これは……そんな、どうして」 「おっと、ジルちゃん。そのまま、そのままだ。おう、エイダード」 「ああ。……大丈夫だ、殺気だってはいるが俺たちへの敵意は感じられない」  思わず駆け出しそうになったジルベルトを、冷静にヴァインとエイダートが止めた。彼らの鋭い視線に撫でられた光景は、そこかしこで炎と煙が燻る地獄のようなものだった。モリビトたちは皆、怪我をしてそこかしこで流血している。  建物は全て焼かれ、屈強な戦士と思しきモリビトたちが逼迫した空気の中で走る。  そして、ふと気付けば先日ジルベルトたちが助けたモリビトの子供が足元に来ていた。  彼の眼には大粒の涙が浮かんで、それが絶え間なく頬を滑り落ちる。 「……なにか、あったんだね。怖かった、よね? 大丈夫、私たちは敵じゃない」  ジルベルトは剣と盾を手放し、屈みこんで少年の肩を抱いた。震えながら泣きじゃくるその言葉が、断片的に伝わってくる。先日、冒険王女エンリーカがモリビトの言葉を使って対話を試みていた。  ただ寝て休んでいるのも癪だから、リベルタやネカネたちと共に少しモリビトの言葉を整理したのである。その成果が、ジルベルトの耳に物騒な言葉を放り投げてくる。 「村、焼かれた…? 男と女、奇襲……虐殺! そっか、そうだね……大変だったね」  強く抱きしめ、その子の震えた寒さを自分の身に浸透させる。ニンゲンとモリビト、種族は違えどお互い平和と安寧を求めて生きている筈だ。それがどうやら、謎の人間……男女一組の二人によって隠れ里が壊滅したという。  すぐに事情を知っている人間が現れた。 「あら、『タービュランス』、そして『ストラトスフィア』……早かったわね」 「あっ、エンリーカさん!」 「さん付はおよしなさいな、前も言ったでしょう? エンリーカでいいわ」 「は、はい。エンリーカ、これはいったい」  エンリーカも困惑しているようだったが、彼女が指揮する海の一族の戦士たちは統制が取れた動きで消火や救護にあたっている。彼らはもう、マギニアの冒険者であるジルたちを見ても殺意を向けてはこなかった。  なかには、苦労をねぎらうウィンクを投げてよこす髭モジャの老人までいる。  どうにか事態は沈静化しそうな気配だったが、すぐにカラブローネが間に割って入った。 「その、ねえ。えっと……謎の男女? その片方、ブロートとかって奴じゃないかねえ」  敢えてカラブローネは、女がペルセフォネ王女である可能性を伏せた。隠しても伝わったが、エンリーカはそ知らぬふりでふむふむと頷く。 「私もそう思ったのだけど、変なのよ。村を襲った男は、金属鎧に身を固めて剣を携えた冒険者だったというの」 「ほーうほう、うんうん……確かに、今まで我々が接触してきたブロートとは印象が違うねえ。ただの偽装か、それとも……ふむ、わかってきたような気がする感じな雰囲気だネ」  そうこうしていると、槍や弓を構えたフカビトの大人たちが周囲をぐるりと取り囲んだ。すかさずエンリーカが彼らたちの言葉で敵ではないと伝える。  ジルベルトの抱きしめる少年も、精いっぱいにそのことを訴えていた。  言葉はうっすらとしかわからなかったが、双方の声に宿る感情が伝わってくる。  モリビトたちからの強い憎悪、そして敵意……エンリーカや少年の懇願の意志。  だが、どうにも悪い状況で空気が濁る中、例のニンゲンの言葉を放せるモリビトの青年が現れた。 「また来たか、ニンゲンの冒険者よ。去れ……この惨状、本来なら血祭りにあげて皆殺しにするところだ! なぜ、我らモリビトの日々を乱し破壊した! なにが目的だ!」  その瞳には純然たる激昂の炎が燃えていた。  だが、その怒りを真正面から受け止めてジルベルトも言葉を選ぶ。 「この所業は、我々マギニアの冒険者によるものではありません! どうか怒りを鎮めて……まずは対話を。状況を説明してください。私たちは皆さんの味方です」 「なにを言う! あの二人は……あの男は、禁忌の地を目指している。かつて栄華を極めたレムリアの、ニンゲンの文明が灰燼に帰したあの地へと」 「それは……?」 「今は疾く、疾く疾く去れ! 去らぬならば――」  周囲のモリビトが武器を構える。  いやおうなく、ヴァインやエイダード、カラブローネも身構えた。  だが、手帳をめくりつつマイカが両者の間に立つ。 「ん、だいたいエトリアのモリビト語と同じだねえ。うん、なら話は通じる。どうだろう? 私たちでその襲撃者、この里を襲ったニンゲンを捕まえさせてもらえないだろうか」  モリビトの青年は驚きに目を見開いた。  ジルベルトもビックリしたが、マイカは話を続ける。 「実は、その男は一緒の女……我々にとっての要人を誘拐して行動している疑いがある」 「なんと! ……だが、ニンゲンは信用できぬ」 「この子はジルになついてるし、彼女は二心を持ってことにあたることができない娘なんだ。ここはどうか、協力して共通の案件に対処してはどうかな」  ジルベルトの胸の中で今、ひりついた雰囲気に子供が怯えている。モリビトだろうがニンゲンだろうが、恐怖に竦む幼子には変わりはない。  そして、ジルベルトはカラブローネに視線を滑らせ、頷きを拾って立ち上がる。 「私が人質としてこの里に残ります。仲間たちに、その男女を追わせてください」  そう言うなり、ジルベルトは鎧もその場で脱いで捨てた。  モリビトたちは驚きに言葉を失ったが、次の瞬間にはさらなる衝撃に押し黙る。 「そういう話なら、ジルちゃんを一人にはできねえよなあ? 人質は二人、どっちかが逃げたらもう片方を殺せよ。……まあ、逃げはしねえけどよ」  突然ヴァインが、愛用のリボルバーを捨てた。そして、ポケットやコートの内側から次々と武器を取り出す。照明弾に手榴弾、ハンドバズーカやグレネード、爆薬の類と次から次に武器が出てくる。 「ええと、あとはサバイバルナイフに、おおそうだ。煙幕も捨てとくわ。こっちはなんだったかな、爆導索か。あとは対人地雷とハンドサイズのパンジャンドラムと――」  あっという間に、銃火器の山が出来てしまった。冒険者一人がどうやって、これだけの武器を携行していたのだろうか? だが、これでカンバンとばかりにヴァインはへらへら笑ってポケットを裏返す。  そして、すぐに真剣な表情で彼は周囲を見渡した。 「ジルのお嬢ちゃんは俺が守る。欠けた穴はそうだな、ユーティスとニングで埋めてくれ。恐らくこの先……第四の聖堂に向かう迷宮に奴は進んでいる筈だ」 「まいったねえ、ヴァイン……悪いが頼めるかなあ? そういう訳で、進もうかネ」  こうして、急遽マギニアに戻ってパーティは再編成され、新たな迷宮へと挑むことになる。ブロートと思しき男がペルセフォネ王女を連れて逃げた先……新たな迷宮『枯レ森』の探索が始まるのだった。