人質としてヴァインと共にモリビトの里に残って、それでも黙って拘束されていないのがジルベルトという少女だった。彼女の単純で純粋な善性は、常にベストを尽くすために心を燃やす。最適解かどうかを考えもするが、まずは行動が彼女の信条だった。  今、崩れた家の瓦礫を沢山のモリビトたちと共にヴァインが持ち上げようとしている。 「ヴァインさん! みんなも! これを使ってテコの原理で」  廃材だらけの集落から、ジルベルトは太い柱のような木材を担いで走った。モリビトたちの住処は皆、紙と木、そして石でできている。その全てが徹底的に破壊されて、今も下敷きになった者たちの救出は続いていた。  ジルベルトは落ちた屋根の隙間に木の棒を突っ込み、全身の体重を預ける。 「でかした、嬢ちゃん! そら、みんなこっちだ! 言葉が通じなくてもわかんだろ!」  ヴァインと大人のウロビトたちが、一斉にテコに力をかけてゆく。ゆっくりと瓦礫が持ち上がった瞬間、ジルベルトは片言なモリビト語で叫びながら隙間に上半身を捻じ込む。下敷きになった女性が見えたので、励ましながら手を伸ばした。  その手を取る手が、温かい。  亜人といっても、ニンゲンとなにも変わらない柔らかな手だった。  そのまま引っ張り上げて、日の光を同時に浴びる。  モリビトたちからも「おお!」と感嘆の声があがった。 「ナイスだジルちゃん。まあ、人質だからって見て見ぬふりはできねえしな」 「ええ……本当に無事でよかったです」  助け出された女性は、夫と思しくモリビトと抱き合っていた。  そして、気付けば自分に特別懐いてくる子供が手ぬぐいを差し出してくる。その笑顔に笑みを返して、ジルベルトはそれを受けとり顔を拭いた。  ヴァインは煙草を取り出しながら、ポケットのライターを探しているところだった。 「でも、どうして? ヴァインさん、人質なら私一人だけでも」 「いや、まあ、なんだ。……そういう訳にもいかんだろうさ。お前さんは、まひろの……義妹の友達なんだからよ」 「はあ」 「……マギニアに来てから、まひろは変わったよ。俺も……そういう訳で、多少は兄貴らしいことをしてやりたくなったのさ」  そう言ってヴァインは、やっと取り出したライターで煙草に火をつけた。燻る紫煙を空に吐き出し、彼は呑気に言葉を続ける。 「ま、おいちゃんたちが戻るまでの辛抱だ。その間は少しボランティアでもするかな、と」 「は、はいっ! ……ヴァインさんて、なんか変わりましたね。最初は、少し怖かったです」 「はは、そりゃそうだ。泣く子も黙る指名手配犯の傭兵家業、誰が呼んだかバニシング・トルーパーだからなあ。でも、今はただ一人の冒険者。ジルちゃんと同じ冒険者なのさ」  ヘヘヘと笑ってヴァインは人手の足りなそうな場所へと歩き出す。  その背を追えば、不思議とジルベルトは故郷の兄を思い出していた。 「あにさまとは全然違うのに、ふふ」 「あん? どした、ジルちゃん」 「いーえっ、なんでもないです! それよりまひろ、まひろこそ変わりましたよ」 「ちょっぴり、か? ちょこっとは変わってくれたかねえ」 「様変わりですよ。本当に昔よりしっかり考えるようになったし、我慢強くなったんです」 「そりゃよかった、最近な……あいつ、よく笑うんだよ」  だが、そんなゆったりとした時間が突然中断される。  モリビトたちが騒ぐその奥から、意外な人物が現れた。 「やあやあ、これは随分派手にやられたね。おや、君は確かジルベルトちゃん……こんなところでなにをしてるんだい?」  大きな荷物を背負ったその人物は、ブロートだった。  突然の邂逅に、モリビトの男衆が殺気立つ。  だが、それをジルベルトは拙い彼らの言葉で制止した。  その時にはもう、ゆらりとヴァインはブロートの前に出る。  先程のぼんやりとした優しさが嘘のように、その横顔は冷徹な兵士のそれだった。 「君も一緒だったんだね。よければ手伝うよ、モリビトたちも困っているようだし」 「……質問にはYESかNOで応えろ。場合によっちゃ、容赦しねえ」  誰もが驚いたし、ジルベルトも目を疑った。  ブロートに向けたヴァインの右腕は、袖口から小さな小さな拳銃が飛び出ていた。それを握って銃口を向け、眼光鋭くヴァインはブロートを眇めた。  彼は全ての武装を解除したのではなかったか?  あの銃火器の山は、彼の装備の全てではなかったのだろうか?  その答は、気付けば隣に立ってた例のモリビトの青年が教えてくれた。 「なかなかの策士だな。我々はまんまと騙された訳だ。あれだけの武器を差し出されれば、それで全部だと思い込んでしまう」 「あ、あの」 「同胞の救出と援助には感謝する。だが、あの男がブロートか? 確かにあの時、突然襲い掛かってきた冒険者と瓜二つだ」 「だからヴァインさんは……!」  だが、へらりと肩を竦めてブロートは曖昧な笑みを浮かべた。 「私だって冒険者なんだからね。新しい迷宮とあらば出向くし、途中でこの里の惨劇を聞きつけ駆けつけたんだけどね」 「質問するのはこっちだ、ブロート。……お前がやったのか? この平和な集落を!」 「まさか。私はそんなことは――」 「YESかNOかだと言ったぜ? 警告は一度だけだ」  ブロートの足元に土煙が舞い上がった。銃声と火薬の臭いが、微かにジルベルトの鼻孔をくすぐる。ヴァインはすぐに撃鉄を引き上げ次弾を装填した。小さな銃だから、恐らくそんなに弾薬もないのだろう。  だが、返答次第では殺すなり行動不能にさせるなりできる、そういう裂帛の意志が寒い程に伝わってきた。 「誤解があるようだなあ。いやあ、参った」 「で、どうなんだ? お前がやったのか」 「いや? 私の方でも情報は得ているが、犯人はどうやらペルセフォネ王女を連れて逃走中とのことじゃないか。私は悲しいかな一人だよ」 「の、ようだな」  他にも二、三の質問をしてからヴァインは銃口を下げた。  ジルベルトは驚かされてばかりだが、なんとなく彼が捨てたデリンジャーの意味も感じ取れた。いざという時はあれ一丁だけで、モリビトたち全員を相手に自分と逃げるつもりだったのだろう。  だが、意外な珍客によってその可能性は消え去った。  そのブロートの背後から、聴きなれた声が響く。 「まずはそこまでにしましょう、ヴァイン。話はおいちゃんたちから聞いていますよ。助けに来ました」  あとから現れたのは、ライトニングだった。他にはマッフやアルサス、セレマンもいる。  ヴァインとブロートの間に割って入ると、ライトニングはいつもの温和な笑みで言葉を選ぶ。 「探索はおいちゃんたちに任せて、動ける人間だけで来ました。ミスター・ブロート、でしたね? あなたはなぜ?」 「まあ、目的は同じかなあ。私に力になれることがあれば、ってね」  すかさず身を乗り出したヴァインを、そっとライトニングは手で制する。その笑顔は、瞳だけが笑っていなかった。  先程のヴァインとは別種の、研ぎ澄ました怜悧な意志が言の葉に宿る。 「今はお引き取りいただけませんか? あなたには王女誘拐とこの里の虐殺の嫌疑がかかっているんです」 「やれやれ、とんだ濡れ衣だと言わせてもらいたいね」 「言うは易し、自己弁護も弁解もご自由に。ですが……これ以上モリビトたちに関わらないでいただきたい。無辜の民の心胆を寒からしめるなら、僕も騎士の義務を果たさねばなりませんので」  苦笑しつつ頭をバリボリ掻きむしりながら、ブロートは去っていった。  その時、ジルベルトは確かに見た……ほんの一瞬、僅か一秒にも満たぬ瞬間だった。あのブロートが、舌打ちと共に笑顔を曇らせるのを。