どこまでも続く『枯レ森』は、じわじわと冒険者たちにその全貌を露わにしだす。  ユーティスはいつも以上に警戒心を尖らせ、前衛のさらに少し前を歩く。すると、すぐにまたお馴染みの光景が現れた。  背後ではマイカが地図を片手てやれやれと肩をすくめる。 「また、流砂ですね。マイカ、地図の確認を」 「んー、これに乗るとここに繋がって……最初の階段前の通路に戻るね」 「了解。ですが、こうして今は可能性を潰して回るしかないようですね」 「その間にも私たちは消耗してゆく。みんな、水分補給に気を付けて」  エイダードが水筒の中身を一口飲み、それをザッシュに渡す。マイカやカラブローネも水分を補給したが、ユーティスの計算ではすでに彼らの全身からは5%ほどの水分が失われている筈だ。  どこかで水の補給ができればいいのだが、あいにくとここは『枯レ森』だ。  乾いた砂漠のアチコチが、枯れて化石と化した樹木でゆく手を阻む。しかも、複雑に入り組んだ流砂によって、思うように進むこともままならない。 「人間にとっては、全身の水分が8%失われると危険だと言われています」 「確かに面倒だねえ。いざという時戦えないようでは、一度戻るのも手だヨ」 「じゃ、この流砂で入り口前に戻って、今日はそこまでにします?」  ザッシュの言葉に首肯を返して、そうしてユーティスはふと背筋に悪寒を感じた。今、なにかが背後で動いた気配がした。それで振り向くが、そこにはなにもない。ただただ、黒く風化した木々が立っているだけである。  だが、妙だ。  目配せすると、エイダードも槍を構えて頷く。  先程この場に来た時と、木々の位置が違うような気がするのだ。 「メモリ検索……システムエラー、くっ。わずか数分の映像も引き出せないとは」 「焦るなって、ユーティス。……そこだっ!」  突然、エイダードが身を引き絞るや、槍を投擲。真っ直ぐ投げられた穂先が一本の枯れ木に突き刺さる。  だが、なにごとも起こらない。  それでエイダードが、槍を取りに歩み寄った、その時だった。  不意に、周囲の木々が絶叫を張り上げながら蠢き出したのだった。 「やっぱりか! ザッシュ、援護してくれ。ユーティスは後衛の守りを」 「やれやれ、枯れ木の伐採祭といこうか。エイダード、後は気にしなくていいよ」  あっという間に大混戦になって、ユーティスは即座に位置関係を脳裏に浮かべて把握した。タイミングの悪いことに、出口へ向かう流砂の前に敵は密集している。このまま包囲されれば、死せる巨木の屍に圧殺されてしまう。  すぐに視線で全ての敵をロック、番号を振って自分のマーカーに従い疾風になった。 「突出して左翼を突き崩します。カラブローネ、部屋の中央へ」 「そう急かすんじゃないよお、トホホ。まあ、じゃあ……おっぱじめるとしますかネ」  すかさずマイカが合わせてくれて、四方から圧倒する波状攻撃にズレが生じる。放たれた占星術の炎に導かれるように、中央でカラブローネはトンと杖で地面を叩いた。  瞬間、複雑な方陣の幾何学模様が同心円状に広がった。  何体かの魔物が、その力に囚われ足を止める。  そこへユーティスは、左右のナイフを逆手に握って襲い掛かった。  その時にはもう、カラブローネの方陣は光の筋をしならせ違う術へとシフトしている。 「おっ、毒入っちゃったねえ。いまだよぉ、ユーティス」 「モード、キラースタンス。最終フェイズ、即時実行」  ナイトシーカーのフォースブレイク、ディザスターが炸裂した。何本か持ち歩いているナイフの中でも、特別強力な劇薬を乗った特別な一振りだ。それを深々と刺されて、枯れ木のバケモノはさらさらと砂になって風に散る。  すかさず開けた空間に飛び込み、素早くユーティスは身を伏せる。  巨大な死神の鎌がいま、頭上数ミリの場所を横薙ぎに通り過ぎていった。 「おっ、麻痺にはわりと強いか……マイカ、こいつらエトリアとかシンジュクではなんて呼ばれてたのかな?」  ザッシュは返す刀でもう一回り、踊るように死を振るう。彼の細身を包む瘴気がふわりと舞い上がって、強力な負の力が敵を弱体化させていった。 「えっと、確か……メデューサツリー、だったかな?」 「なるほど、その名の通り石化攻撃をしてくる、と。高く売れそうな情報だ」 「そうそう、それが厄介、って――早速石化してるバカがいるんだけどぉおおお!」  ザッシュはいかにも心配するなという感じで華を鳴らす。  だが、彼の下半身は先程放たれた妖光を受けて、完全に石になっていた。このままだと、淫靡で不埒な美の石像がこの場に爆誕してしまう。  そして、ここぞとばかりにメデューサツリーが統制の取れた陣形で迫ってくる。 「あーあ、なにやってんだかねえ。でも、待てよ。そろそろ向こうも毒が回っている……ユーティス!」  すかさずユーティスは、毒の投刃をばらまく。ザッシュに迫る一体が、崩れ落ちるようにして朽ちて散った。どうやら毒が全身に回ったようだ。カラブローネの方陣と、ユーティスの投刃、この二重の毒は一般的な致死量を超えるものだった。  そして、エイダードの突撃が攻防をひっくり返す。  その頃には、なんとか石化が解けてザッシュも飛び出していた。 「退路を塞ぐ奴だけを倒して、流砂に乗って脱出する」 「だね、じゃあお先に、まず一つっ!」  頭上でブンと回した大鎌を翻し、ザッシュが強く強く踏み込んだ。メデューサツリーの一本が、縦に真っ二つに断ち割られる。  次の瞬間には、隣で脚を止めていた個体もエイダードによって串刺しになった。  そこへさらにユーティスが割って入って、進路上が徐々にクリアになってゆく。 「よし、引き潮だ。……俺が殿に立つ。みんなはすぐに」 「俺たち、だろ? ユーティスは二人を連れて流砂へ。黙って流されれば、その先は階段の近くさ」  無言でうなずき、ユーティスはカラブローネとマイカを先に通路の奥へと連れて走る。  振り返ると、仲間の背中が二つ。  押し寄せる枯れ木の亡者を次々と撃破していた。  その声が興奮になぜか、楽し気に弾んでいる。 「これで三つ、なるほど数が多い」 「こっちは五つだ。無理するなよ、ザッシュ。っと、半分はやったか」 「もう少し粘って、そして私たちも離脱しようよ。あと」 「あと? なんだ、他にはなにか」 「四つ目、っと。どっちが多く倒せるか、賭けない? 勝者は敗者をデートに誘うってことで」 「……お前しか得しないような気がするんだが? よし、退くぞ」 「ちぇー、結構前から狙ってたのになあ。んじゃまあ」  ザッシュが最後に瘴気の全てを纏めて周囲にばらまく。あっという間にメデューサツリーの群は、その動きを鈍らせて遠ざかった。相手のアジリティを奪えば、こっちは攻撃も当てやすく逃げるのも容易である。  こうしてユーティスたちの『枯レ森』探索は波乱の幕開けを迎えたのだった。