冒険者たちの『枯レ森』の探索は困難を極めた。そんな中、早朝に冒険者ギルドへと満身創痍のファーマーが報告した。下層へと続く、下り階段の位置を。それだけを地図にしるして、その男は死んだ仲間たちのもとに旅立った。  そうして無数のギルドがえりすぐりの最精鋭で『枯レ森』に向かった。  誰も帰ってこなかった夕暮れに、ジルベルトもまた仲間たちと迷宮に立っていた。 「ジル、今なら引き返せるよ? 今回の話は、あまりにも危険な臭いが強過ぎる」  仲間のネカネが気遣ってくれるが、ジルベルトの意思は変わらなかった。ランチタイムの酒場でクワシルを情報を聞いて、それ以降誰も帰ってこなかったのはわかっている。  つまり、よほど強力な魔物がいるか……姫をさらったブロートが強いのか。  詳細はわからないが、準備万端で夕暮れを待ってジルベルトは探索に出かけたのだ。  もちろん、カラブローネの許可は取っている。  こういう日に限って、エイダードもザッシュもヴァインも別件のクエストで忙しいのだった。だが、それをチャンスだと思えるくらいにジルベルトは意気軒昂の熱を宿す。 「本当は、師匠たちベテランが最前線で戦って、私たちはクエストや採集をこなした方がいいかもしれない。でも」 「でも? それでも、ジルは選んだじゃん」  いつも一緒のリベルタの笑顔に、静かにジルベルトは頷く。  ジルベルトはいつでも常に自覚していた。サブスキルとしてインペリアルを選び、砲剣を用いて飛躍的に打撃力が増した。だが、本職のリベルタとはまるで攻撃力が違う。それだけじゃない、カラブローネを中心とした大人の冒険者たちに比べれば、全てにおいて稚拙でつたない自分を痛感していた。  だからこそ、自分の背を押してくれた師の気持ちを打ち明ける。 「私は、もっと強くなりたい。ううん、強さじゃない、正しさでもない……ただ、自分が求めるものに正直でいたいんだ」  そう語ったジルベルトの短い髪を『枯レ森』の乾いた風が撫でる。  同時に、トン! と背中を叩く手があった。 「だったらわたしたちも一蓮托生だよ? ……わたし、エトリアではこの場所にこれなかったから。だから、この『枯レ森』が偽物、イミテーションでも……突破したい」  ネカネが、いつになく熱く静かに闘志を燃やしている。  元からネカネは、冷静沈着で決断力に優れた冒険者だった。ギルドマスターは名目上はジルベルト、実際的にはカラブローネが仕切っているが……冒険者ギルド『タービュランス』の財布とやりくりは、ほぼ全てネカネが守ってくれていた。  そのネカネが、一人のレンジャーとして緊張感を帯びていた。  それに、やる気に満ちているのは彼女だけではない。 「そうなのです! 一刻も早くブロートを捕まえてペルセフォネ王女をお助けするのです! それこそが今、急務なのです!」  まひろがフンス! と鼻息も荒く拳を握って意気込む。  それは、ウンウンと頷くドロテアも一緒だった。  そんな仲間たちを振り返って、ジルベルトも決意を新たにする。  扉を開いて未開の土地に踏み出す前に、最後にリベルタがニハハと笑った。 「それでこそじゃん? アタシ、ジルのそゆとこ好きだから」 「リベルタ……それに、みんなも」 「おいちゃんたちなら楽勝案件でも、それを待てない時がある。ベストなカードを揃えて勝負すれば百戦百勝だけど……アタシはジルと一緒、その場その時のカードで勝負したい」 「でも、その結果もしかしたら」 「その時はまあ、安い酒場の吟遊詩人に歌ってもらうよ。凛々しく美しいヒーローと、その仲間たち。絶世の美少女たる名門貴族の超絶最強インペリアルの叙事詩をさあ」  てへぺろとリベルタは舌を出して笑う。  この笑顔がくれる頼もしさに、ジルベルトも大きな頷きを返すのだった。  少女たちが歩を進めて流砂に乗ると、すぐに目的の扉が見えてくる。仲間たちやマギニアの名もなき冒険者たちが、日進月歩の勢いで地図を描いてくれたおかげだ。  隠されていた通路をすり抜けると、その先に意外な人物が笑顔を向けてくる。 「あら、『タービュランス』と『ストラトスフィア』じゃない。遅いわよ、もう」  そこにいたのは、冒険王女ことエンリーカだった。彼女はシェイレーヌから昼過ぎに報告をもらって、急いで駆けつけたという。話せば、海の一族の水兵たちも行ったきりで戻らぬ者ばかりだという。  やはり、なにかある。  強力な魔物が階段を守っている、そういう可能性も考えられたが……ジルベルトの頭から、あの男の不気味な静謐さが離れない。あまりにも穏やかで凪いだ、空虚なあの微笑。 「よし、エンリーカさんはまひろが守って。この先はなにがあるかわからない……危険な時は撤退するけど……私がその決断をできない状況の時は、リベルタを頼って」 「オーッホッホ、頼られましてよー! まあでも、そうはならないって思うんよね」  笑いを共有しながら、例のポイントへとドアを開ける。遂に暴かれた下層への階段は、広間の向こうでジルベルトを待ち構えていた。  そして、さらなる冒険の先を二組の人影が挟んでいる。  片方は、弓を構えた例のモリビトの青年だ。  その矢が睨む相手は、ブロートと……なんと、行方不明だったペルセフォネ王女だった。 「おっと、また冒険者か……しつこいね。ん? そこの君、お嬢さんは――」  ブロートが驚きながらも冷静に右手を振り上げた。その指に踊る鈴が鳴る直前、真っ先にネカネが動く。番いだ矢で目標を固定するなり。弓の弦を小さく歌わせた。  ブロートは鈴を撃ち落とされて、手首を抑えながらわずかに表情を歪めた。 「ジル、気をつけて……ミュラーさんも言ってた。あの鈴はカースメーカーの術」 「ふっ、流石だと言わせてもらうよ。困ったなあ、楽に死なせてあげられないよ」  やれやれと肩をすくめるブロート。その背後に立つペルセフォネは、すでに瞳に輝く光がない。ただただ澱んだ目で地面を見詰めながら立ち尽くしていた。恐らく、カースメーカーの使う呪詛の力に囚われているかもしれない。  そんな時、ウロビトの青年は片言のヒトの言葉で叫んだ。 「ヒトの冒険者よ、すまない! 今は助かる……奴にヨルムンガンドを渡すわけには!」  ――ヨルムンガンド。  ジルベルトたちは始めて聞く名に顔を合わせて首を傾げた。だが、そんな余裕も許されない事態が動いているとは、夢にも思わなかった。 「ヒトの子よ、少女たちよ……レムリアの財宝など存在しない。後の世に伝わったそれは、太古のレムリア文明が原初の世界樹のもとで生み出した、最凶最悪の殲滅兵器だ」  モリビトの声は逼迫していて、絶望を滲ませながらも憤怒に燃えていた。  ジルベルトはもちろん、仲間やエンリーカも息を飲む。  しかし、ブロートだけが乾いた笑いで前髪をかき上げ前に出る。 「そう、レムリア群島に眠る太古の遺産……それは、圧倒的な力! だが、それのなにがいけない? 軍事力があれば、どんな国も他国を圧倒して栄える。これこそまさに、人類の叡智、繁栄、栄華! とこしえに及ぶ永遠の幸福!」  自分に酔ったようなブロートに向かって、まよわずジルベルトは砲剣を抜いた。  そして、静かに伝える。情報過多で混乱はしていたが、まずは自分の感じたことを伝えた。論理ではなく直感が、その言葉を選ばせた。 「それはそうとして、ブロートさん。あなたは……本当にブロートさんなんですか?」  その言葉に、ブロートの表情が凍った。そう、どこか小さな違和感があって、小さな針の穴にしては大きく感じられたのだ。時折接触してきた冒険者ブロートは、底知れぬ不思議な人物だったが、こんなに大胆不敵な笑みを浮かべる人物ではなかった。  そう思って、それをそのまま口にした時……ブロートが初めて激昂の感情を爆発させたのだった。