結局、『刈レ森』の探索はバジリスク討伐の後に撤退となった。急いでブロートを追いたかったが、パーティのリーダーとしてジルベルトはリベルタのことを見過ごせなかった。  アリアドネの糸で帰還し、宿でカラブローネたちに現状を説明する。  すぐさま大人たちがスケジュールを調整してあとを引き継いでくれた。  頼れる師匠たちがブロート追跡を続ける中、ジルベルトは宿の廊下で落ち着かない。  そんな時、リベルタの部屋のドアが開いた。 「皆さん、どうぞ。まあ……怪我も病気もありません、滅茶苦茶健康体ですね」  出てきたマッフと入れ替わりに、ジルベルトは仲間たちと部屋に雪崩れ込む。そこには、ベッドに身を起こしたリベルタがいつもの笑みを浮かべていた。 「わはは、どちゃくそ健康だってさー! なんだったんだろうね、鬼の霍乱? みたいな」 「リベルタ、心配したです! しばらく休んで、ネカネママに看病してもらうのです!」 「や、私はそんなことしないけど……あとは任せて? ちょっと疲れが出たのかも」 「フッフッフ……こんなこともあろうかと! あちこちの採集ポイントから薬草関係を一通り回収してきたのです! キリッ! ……まあ、師匠に手伝ってもらったんですけど……カマキリ怖い、でもでもっ! 沢山おいちゃんが薬を調合してくれました!」  まひろにネカネ、ドロテアも努めて明るく接していた。実際、ドロテアは帰還してリベルタがマッフの健診を受けている間、アチコチを駆けまわって素材を集めてくれた。当然のようにザッシュが同行したのも意外だったが、その彼も今はブロートを追っている。  ジルベルトの師であるカラブローネも、あれこれ薬を調合したあと出発した。  だが、明らかに遅れを取った。  あのままバジリスクを討伐して追いかければ、追いつけたかもしれない。  だが、突然行動不能になったリベルタのことを放ってはおけなかった。 「リベルタ、よかった……心身の不調はないみたいだね。マッフも問題ないって言ってた」 「そーなんだよねえ、ジル。でもアタシ、あの時なんで動けなくなっちゃったのかな」 「たまにはそういうことあるよ。私も調子悪い時はあるし、まひろなんか駄目な日はただの壁だもん。ね?」 「それなー! みんなもゴメン、なんか……アタシのせいで全部台無しになっちゃった。やべーぜー! こりゃ、汚名挽回のためにも次は頑張らなきゃなー!」  すかさずネカネが「汚名は返上するものだよ」とツッコミを入れる。さらにドロテアが「挽回するのは名誉ですよ! 頑張りましょう!」と追い打ちをかける。  仲間の前でリベルタは、いつものニチャッとした笑みになった。  笑いを繕ってるんだとジルベルトには感じられた。  すでにミッションは引き継がれて、今はカラブローネたちがブロートを追っている。探索司令部にも報告を入れてあるし、とりあえずはジルベルトたちの仕事はなかった。  だが、仕事ではなくとも使命というか、やらねばならないことを感じていた。 「リベルタ、ちょっとゴメン」  ジルベルトは不意に部屋のクローゼットを開け放った。  そこには、自分大好き人間のリベルタが集めた私服が整然とならんでいる。セーラー服とかチャイナドレスは、私服かこれ? とも思ったが、ジルベルトは改めて自分とリベルタの女子力の差を思い知る。  なんだか、ちょっと面白くておかしい。  そのなかから白いワンピースを選んで、ベッドの上に広げた。 「みんなも着替えてきて。リベルタはこれ! ちょっと背伸びしたディナーにでかけよ」  リベルタは、頭の上に疑問符を浮かべるように呆然と瞬きを繰り返した。  だが、ジルベルトの言葉にすぐに仲間たちは動き出す。 「いいね、ジル。ちょうどこの間、少しオシャレなレストランを見つけたんだけど」 「ネカネママ、ナイスです! わたしもおめかししてくるのです!」 「あっ、まひろ待って、待ってー! わたしも師匠に買ってもらった一張羅が!」  ばたばたと仲間たちが部屋を出てゆく中、そっとジルベルトはリベルタに寄り添い肩を抱いた。いつも隣に、背中を守って前に出る帝国騎士は……こころなしか、無理に作った笑顔で震えていた。 「ご飯、いこうよ。あ、別の服にする? リベルタって沢山服持ってるよね」 「ジル……」 「さ、着替えて? みんなで今日は贅沢するよ? ……心身を癒して体力を回復するのも冒険者の立派な仕事なんだ。それに」 「それに?」 「友達のピンチには、立ち上がらなきゃ。それが私、ヒーローのジルベルトなんだ」 「ふふ、そっかあ。……無理しなくてもいいんだよ?」 「無理してないし無茶でもない。そして、無駄にならない。私も着替えてくるね」  たまにしか着てる姿を見せてくれない、純白のワンピースをリベルタが抱き締める。その姿を見て、再度ハグしてジルベルトは自分の部屋に向かった。  こうしている今も、師匠とその仲間たちがブロートを追っている。  大きく遅れを取ったが、ジルベルトの先輩たちは一騎当千の猛者揃いだ。  今は先達を信じて、自分にできることをやりとげる。  親友は弱みを見せたがらないからこそ、受け止めてやりたかった。 「さて、と。……あにさま、力を貸してね。私は……今のリベルタを放っておけない」  自室にもどってクローゼットを開けると、リベルタと違ってラフな洋服ばかりがならんでいる。部屋着のジャージ、普段着のシャツとハーフパンツ、そしてどういう訳か兄のおさがりのタキシード。自分でも少しファッションに無頓着な自覚はあるが……今はそれが救いに思えた。 「サイズ、ぴったり……だよね、あにさまは痩せすぎてたから」  タキシードを着て首に蝶ネクタイを結ぶ。  そのまま部屋を出ると、ちょうど仲間たちも着替えを終えて集まったところだった。 「ジル、素敵です! めがっさ格好いいのです!」 「ありがと。えっと、まひろのそれは……うん、似合ってる」 「放浪生活時代に兄様が買ってくれたのです! 上流階級との縁があったらと兄様が!」  まひろが珍しく、正装のドレスでくるりとその場で一回転。馬子にも衣装という言葉を飲み込みつつ、ジルベルトは完成された作為的な美の結晶に溜め息を零す。そうあれかしと造られた美少女は、豊満な胸元の大きく開いたドレスでケラケラと笑っている。  そして、他の二人も負けてはいない。 「なんだかよくわからないのですが、師匠が地雷系コーデって言って買ってくれた服です!」 「私はまあ、昔お父さんが遺都シンジュク土産で買ってくれた、キモノ? ……ちょっと気に入ってるよ。こんな日じゃなきゃ、着たりしないんだけどさ」  そうして、皆で再びリベルタの部屋を訪れる。  そこには、白亜の肌に溶け込む純白のワンピース。  ハンドバッグを手に、もじもじとリベルタは照れくさそうにしていた。 「あ、その、えへへ……着ちゃった。なんつーか、アタシの柄じゃないんだけど――」 「綺麗だよ、リベルタ。さあ、今夜は豪遊しよう!」 「え、あ、ちょ、ちょっとジル!? だってアタシ」  問答無用でジルベルトはリベルタの手を取る。そうして、手を繋いで宿を出た。まわりのみんなも続いて歩く。時は夕暮れ、茜色の夕日がマギニアの外に傾いている。  普段ならクワシルの酒場あたりだが、今日は贅沢しようとジルベルトは決めていた。 「……ごめん、ジル」 「なんで? 今日も生きて帰れた、そして仕事を引き継いでくれる仲間がいる」 「でも、アタシ……弱いよね。なんだったんだろう、突然身体から力が抜けて――」 「リベルタは弱くないよ。ただ、ちょっと今日は弱っちゃっただけ。……私の親友は弱くない、頼れて愉快で可愛くて、私の頼れる仲間だよ」  手を引くジルベルトは、リベルタの涙を感じたがなにも言わなかった。そうして一同は、おめかし三昧を決め込んで夜の繁華街へと歩いてゆくのだった。