乾いた風が夜を呼ぶ。だが、ここ『枯レ森』が月明かりに銀の砂海となることはない。ただただ暗く殺気立った迷宮が、どこまでも続いてゆく。  カラブローネはジルベルトからブロート追跡を引き継ぎ、先を急いで地図を描く。  頼れる仲間はエイダートにザッシュ、ヴァイン、そしてユーティスだ。  現時点ですぐに出発できる最精鋭を揃えた。  そうして、まだ血に濡れて臭うバジリスクの死体を乗り越え奥の階段を下りたところだった。 「しかし、リベルタ嬢の話は気になるね……彼女、少し休養するんだって?」  群がる真っ赤な鼠を一閃しながら、火の粉を散らす中でザッシュが大鎌を翻す。  言葉尻を拾うように、辛うじて即死を免れた火炎ネズミがエイダードに貫かれた。 「思うに、サブクラスのスキルがなにか、インペリアルの戦技に噛み合っていないのではないだろうか。なんにせよ、あの娘は強い。必ず戻ってくるだろう」  心の中でカラブローネは大きく頷く。  同時に、実はリベルタに起こった身の不調にも気付いていた。だが、敢えて教えないし導かない。これは彼女自身の問題で、彼女一人で乗り越えなければいけない試練だからだ。  帝国騎士は砲剣による戦術スタイルのため、サブクラスに占星術師を選ぶ者が多い。  リベルタの選択はでも、間違ってはいなかった。  ただ、いわゆる食い合わせの悪いスキルを選んだようだった。 「まあ、大丈夫だよお。それより、だ……追いつけるかね。出来れば今晩中に」  ペルセフォネ王女を誘拐したまま、ブロートなる不埒な悪漢は『枯レ森』を逃走中である。それも、逃げ道のないと思われる奥へ奥へ、深く底へ。  一番近くで警戒しているヴァインが不敵に笑う。  そこにはもう、普段の三枚目なだらしない表情は微塵も感じられなかった。 「なーに、おいちゃん。奴なんかに朝日を拝ませるかよ……さっさと片付けて、王女様からのご褒美で飲み会といこうぜ」 「おうおう、ヴァインは気合が入ってるねえ。お前さん、普段からそれくらいやる気だったらねえ? まあでも、その通りだねぇ……ひっ捕らえて牢屋にブチ込んでやるヨ」  うんうんと皆が頷く。  だが、ザッシュとエイダートが雑魚を薙ぎ払いながら会話に加わる。激しい戦闘の中で息を切らすどころか、息を弾ませますます刺突と斬撃が交互に狂い咲いた。 「いや、流石に夜明けにはなるだろうけど。そうだね、私としてもブロートなる男は早急に処分すべき存在だ。私の情報網に引っかからずにこれだけのことをしてるんだ、ただものじゃない」 「帰りは朝になるかあ。それなら、ハンバーグなんかどうだ。パンで挟んでハンバーガーというらしいんだが、まひろちゃんを通してヴィラールから聞いたんだ」 「ああ、あの店は朝だけのメニューもあって人気らしいね。……その、なんだ、エイダード。まひろちゃんはまだ、その『悪い吸血鬼の監視』をやってるのかい?」 「らしいな。おかげで美味いパン屋がどんどん見つかる」  援護射撃をしつつ、ヴァインが「あのバカ……」と顔を手で覆った。  だが、兄としてたとえ血が繋がってなくてもどこか嬉しそうにも見えて、カラブローネもニヤリと口元を歪める。無垢で無邪気すぎる英雄人形を連れた逃亡者は今、冷徹な傭兵の仮面を使いこなしている。時々その奥の素顔を見せるようになっていた。  帰還が朝になろうとも、まあそのハンバーガーとかいう朝メニューでもいいから……必ず姫を救い、全員で生きて朝食を共にしようと思うのだった。  さて、そういえばとふと視線を周囲に振りまく。  少し離れた場所に、ユーティスがはいつくばって大地を睨んでいた。 「おーい、ユーティスや。お前さん、なにしてんだーい? ちょっとは戦闘を手伝っ――いやいい。なにか見えるんだなあ? ゆーっくり集中しておくれ」  このユーティスという青年は人間ではない。かといって、なにものとも知れないのが現状だ。おおよそ感情や情緒といったものを見せず、その存在すら疑わしい男。だが、ジルベルトによく懐いているし、戦闘ともなれば頼れるナイトシンガーだった。  そのユーティスがようやく身を起こすと、分かれ道の片方を指さす。 「ブロートのものと思わしき足跡を見付けました。目標はあちらの方へ歩を進めています」 「よしよし、そういう訳だよぉ。雑魚は適当にあしらって進むヨ」 「はぁ、でもおいちゃん! 足跡が見えるだあ? 俺には全然だが」  あらゆる戦争を生き延びてきたヴァインの言葉に、エイダードもザッシュも頷くばかりだ。だが、以前にもこうした人間離れしたテクニックをユーティスは見せてくれていた。  彼は短剣の鞘でトントンと砂の大地を叩く。  すぐに複数の足跡が浮かび上がってきた。 「こちらの小さい足跡は、恐らくペルセフォネ王女殿下のものかと。歩幅が整っていますし、踵が柔らかい。普段から長距離を歩くことのない、しつけられた上流階級の足跡」 「へえ。まじで見えんのかよ……んで、じゃあそっちが」 「はい、ヴァイン。こちらが恐らくブロートの足跡なんですが……妙です」  ユーティスが言うには、ブロートの足跡を解析しても以前のものと微妙な差があるという。それは誤差では? と問うザッシュにもはっきりと彼は明言した。 「誤差は確かにあります。点々と続くこの足跡の全てに。しかし、以前からあねさま……ジルたちが遭遇した足跡とは微妙に異なるのです」  それでカラブローネは合点がいった。  ジルベルトとヴァインが人質になって、モリビトの村に残ったことがある。その時の報告では、なにくわぬ顔でブロートが村に現れたという。では、その時仲間たちが追いかけていた村の襲撃者は? 王女を連れて逃げるブロートは、集落に現れてからすぐに『枯レ森』の奥へ? それもリベルタたちを追い越して? 「ははーん、そういうことかねぇ。……つながったぜ、畜生が」  カラブローネは一人で納得しながらパーティを率いて進む。先導するユーティスが次々と一方通行の隠された道を見付け、跳梁跋扈する狂気に侵されたモリビトたちを避けて歩いた。  正直、迷宮に取り込まれたとはいえ、モリビトとの戦闘は避けたいという本音もあった。  そして、扉を開いた瞬間に突然ユーティスが立ち止まった。  なんだなんだと彼を追い越すエイダードとザッシュが驚きの声をあげる。 「死骸? ……いや、妙だ。風化しているにしても、残った骨の劣化具合がおかしい」 「ああ、これは骨か? 俺にはなにかしらの金属に見えるが……ユーティス?」  不意に思い出したように、ユーティスは辛うじて遺骸と思えるそれに近付き、ひざまずいた。そしてカラブローネは察した……恐らく同族、同胞、ユーティスと同じ種族の亡骸なのだろう。  だが、すぐにユーティスは立ち上がった。 「3,000番台のロットナンバーかと思われます。転用可能なパーツはありませんね」 「って、お前さあ? ……とりあえず、弔ってやるか? 埋めるなら手伝うぜ」 「ヴァイン、気持ちだけ頂戴します。感謝を……ですが今は、死者より生者を優先しましょう。この先に熱源反応があります。生命力微弱」  それだけ言ってそっけなく、ユーティスは次の扉を開けた。そのすましたいつもの無表情が、こころなしかカラブローネには普段と変わって見える。ジルベルトが「彼にも喜怒哀楽はあるんだ」と言ってた、その意味を思い出してなるほどと思っていると―― 「ニンゲンの冒険者か……確か『タービュランス』と『ストラトスフィア』だったな」  手負いのモリビトが一人、出血の中に膝をついていた。確か、ジルベルトが報告していた人間の言葉を喋れる青年が彼だろう。そのモリビトは無言で応急処置を始めたユーティスに礼を言うと、苦しそうに言葉を切る。 「あのブロートとかいう男は、奥へ行った……追いかけたが、このざまだ。これだからニンゲンは……だが、こうして助けてくれるのもまた、ニンゲン。頼む、あの男を止めてくれ……ヨルムンガンドだけは、絶対に蘇らせてはいけない」  ――ヨルムンガンド。  それがレムリア群島に眠る秘宝の正体。かくしてその実体は古代文明の大規模破壊兵器だという話だ。  カラブローネは改めてモリビトの青年に経緯を説明し、野望の阻止を誓うのだった。