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《所属不明機に動きナシ! バーチャロイド部隊は速やかに出動してください!》
《おいエリオン! 起きろ! 起きろって! ……すんません、起きてください》
《WVC本局のエルベリーデを呼び戻せ、各員は乗機へ搭乗。ん、待て、ホァン三査》
《412号機、緊急発進!? 下がれ、踏み潰されっぞ! あっ、あぶっ……リーインちゃん!?》

 MARZウィスタリア分署内は今、混乱の渦中にあった。
 混線する会話が幾重にも重なり、その度合いを強めてゆく。そんな中シヨは、途中でかっさらった拡声器を片手に、階段を駆け上がった。もう片方の手に、トモエ=ハーレントの手を引いて。

「なんや、おまわりさん。ウチに何させとう?」
「説得、ですっ」

 ダン! と勢いよくドアを開け放ち、シヨはトモエと共に分署の屋上に躍り出た。すぐさま振り返れば、朝日の中に闇が澱む。そこだけ漆黒の夜を纏った、一機のバーチャロイドが佇んでいた。今は閑散としている駐機場に、掲げられた月だけが空に溶けていた。
 黒い景清の前立ては、鋭利な刃物のように刻まれた三日月を象っていた。

「説得、って言われてもなあ。止まらへんで、さっきのあんちゃんも言うてたやろ」

 ハイエナは、自分で狩りをする。獲物を求めて、牙をむく。
 自分がそうだったのだからと、顔を背けるトモエに、シヨは無理矢理拡声器を握らせた。そうして地面に散らばりはじめた職員達を見下ろしながら、鉄柵へと二人で並ぶ。
 景清の炯眼にも似たメインカメラが、こちらを真っ直ぐ捉えていた。

《御嬢様を、返せ。我等が、生き様……ハイエナの、執念と、知れ》

 低く呻くような、しかし耳に染み入るような声。暗い情念を宿した、男の声だった。それが今、広域公共周波数に浸透してくる。それがトモエへ聞こえるように、シヨはヘッドギアを脱ぐなり、二人の間に挟んで押し当てた。
 その声はくぐもり、獣の唸りにも似ていたが……間違いなく、あの男のものだった。

《そこの機体、止まりなさい! ……止まってください、大尉。大尉、なんですよね、やっぱり》

 ハンガー側から回り込んで、スライプナーを構えたテムジンが現れた。頭部にアンテナを飾られ、肩には412のマーキング。それは今、かつての戦友に震える一人の兵士を内包していた。嘗て兵士だった、死地より舞い戻った帰還兵を。

《シヨのデータで、すぐに解った。でも、黙ってた……信じたくなかった! どうしてですか!》
《ホァン=リーイン……准尉。お前も、解るはず、だ。俺達は、選べない》
《何をですか! 大尉程の方が、何の為に死線をくぐり、あの地獄を抜け出たのですか》
《抜け出てなど、いない。ここは、まだ、地獄だ……俺達には、生き方は、選べない》
《生き方? 選べない?》
《バーチャロイドに、乗るしかない。俺も、そして》

 リーインのテムジン412号機が、一回り大きなスライプナーに刃を灯す。その方向へ向き直るや、景清も雌雄一対の二刀流を構えた。自然とシヨの位置から、正対する二機が視界の端と端に映る。
 シヨはただ、黙ってトモエの肩を抱きよせながら、眼を背けまいと歯を喰いしばった。

《お前も、そうだ。俺達は、生き方は、選べない。所詮は、パイロット》
《そ、それはっ》

 恐ろしくスムーズな動きで、景清の構えが流れるように変化してゆく。駐機場のスペースは、向き合う二機のバーチャロイドに、互いをダブルロックオンさせていた。

《例え、ハイエナとなりて、時に死肉を食らっても……狩る。ただ、それしか――》
《大尉っ! もう私達の部隊はないんです。レヴァナント・マーチは……終ったんですっ!》

 両者、同時に地を蹴った。瞬時に肉薄して、高周波を響かせながら鍔迫り合う。空気を振動させる金切り声に、シヨは顔を顰めながら鉄柵を握った。その傍らでトモエが、唇を噛み締め戦慄いている。
 入り混じる無線の中に、避難を叫ぶ声が混じっても、シヨは一歩も動かなかった。

「さあ、トモエさん。ノーマンさんに言ってあげてください。ハイエナは」
「ハイエナは狩りをする。それを教えてくれたんなあ……ノーマンやねん」

 激しい衝撃音。続いて烈震。
 弾き飛ばされたテムジン412号機が、分署の建物へと倒れ込む。すぐ目の前にテムジンの後頭部が迫り、シヨは慌ててトモエを庇った。目の前で同僚の愛機が崩れ落ちると……景清が真っ直ぐ、こちらへ手を伸べ歩み寄ってくる。左右の腰に実刀を納めて、まるで亡霊のように。

「トッ、トモエさんは渡しませんっ。トモエさん、ノーマンさんを止めてあげてくださいっ」
「ウチが何を喋れっていうねん。はは、MARZがざまあない」
「ノーマンさんが言いたかったのは、きっとハイエナの頑張りですっ。頑張ってるとこですっ」
「……は? なんやそれ」

 時に死肉を漁ってでも、明日へと命を繋ぐ。そうして生きるハイエナのプライドが、きっと回収業者の誰にでもある。シヨはそう思うから、トモエに拡声器を再度握らせる。直接聞いてみて欲しいと、握る手に力を込めてしまう。

「……ノーマン、ウチらハイエナは、頑張ってん? こうまでして、会社回して」
《御嬢様、他に道は……そして、俺は、他に選べなかった。兵士に、他に道は、ない》

 月影が傾いた。
 見上げてくる機体が光の尾を引いて、目の前へと昇ってくる。
 しかし、その上を取って急上昇する機影があった。

《大尉っ! 私は違うっ、選んだ……自分で、この道を選んだんですっ!》

 景清の背後から、スライプナーを手放したテムジン412号機が組み付いた。そのままマインドブースターの光を迸らせ、空中で揉み合いながら落下してゆく。慌てて身を乗り出すトモエが、拡声器へ絶叫するのがシヨには見えた。

「もうええ! ……もうええねん、ノーマン。ウチらハイエナとちゃう……弱っちいただの、人やってん」

 轟音を響かせ着地しながらも、景清が上を取って素早く抜刀する。テムジン412号機に馬乗りに、逆手に握った刃が煌いた。刹那、振り下ろされた剣と擦れ違いに、咆哮が鉄拳を振りかぶる。

《私はこれしか選べないんじゃないっ! これをぉ、選らん、だんっ、です!》

 無理な姿勢から繰り出した左拳が、容易く二刀で切り払われる。宙を舞うテムジンの腕はしかし、手の内にパワーボムを握っていた。咄嗟にシヨがトモエを押し倒すと同時に、それは眩い閃光で朝日を塗り潰した。
 漆黒の機体を、光が飲み込み白く染め上げた。

《……大尉、私は自分で選びました。これしかないとは思わないですし、これをまた選んだんです》

 光の奔流が集束すると、装甲表面を溶解させた二機のバーチャロイド……その片方、馬乗りに剣を振り上げる景清が崩れ落ちた。元から横たわるテムジン412号機の上に。それを見下ろしシヨは、ヘッドギアに同僚の名を叫ぶ。
 ややあって返事があり、署内の歓声と安堵が伝播してゆく。
 トモエはただ、ボロボロになったバーチャロイドを見下ろしていた。
 長い長い戦慄と恐怖の夜が、ようやく今、朝を向かえた。

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