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 謎の爆発より三日が経過――ラグオル、快晴。

「いやがった、ったく……ゲートを守ってる軍の連中、ホントに何やってんだか」

 ヨラシム=ビェールクトは、目的の人物を見つけて溜息を吐いた。
 ラグオルの地表へと降りる、唯一の手段……そのテレポーターはハンターズ区画にだけ設けられていた。そしてハンターズ区画は、居住区画とを仕切るゲートによって、基本的に一般市民は立ち入り禁止である。にも関わらず、このような事件が起きてしまうことがヨラシムは少しだけはらただしい。

「ラクトン=ペッカリーさんですね?」

 営業用の紳士的な笑顔で、要救助者へと話しかけるヨラシム。それは、三十も半ばのベテランハンターが、人生の半分以上を費やして体得した処世術だった。無精髭の精悍な顔付きが、鋭い目付きをひそめて微笑む。市民に対しては常に腰を低く……決してハンターズのイメージを損なわないように。
 好青年を演じているつもりのヨラシムに、小太りの男が気付いて振り向いた。どこから手に入れたのか、いっちょまえにハンターズスーツを着ている。
 ヨラシムは苛立ちが増すのを堪え、努めて平静に穏やかな表情を維持し続けた。

「いかにも、わしがラクトンじゃ。ハンターズが何か用か?」
「ペッカリーさん、貴方の御子息に依頼されて来ました。一緒にお帰り願えないでしょうか」
「何じゃと!? ワシは今やっと一仕事終えたばかりで、これから――」
「御子息も心配されてますし……その、ラグオルは現在、極めて危険な状況なものでして」

 ヨラシムは嘘は言っていない。全て真実。だが同時に、それが秘められた現実であると言う現状がある。ラクトンのような一般市民には、ラグオルの情報は秘匿されていた。
 だからラクトンは知らない……この穏やかな大自然の森には、人に牙を向く凶暴化した原生動物がひそんでいるということを。

「それともう一つだけ……御子息はペッカリーさんのお立場を心配されてます」

 そう、依頼主であるラクトンの孝行息子は、父親の立場をこそ案じていた。それは当然だとヨラシムは思う。一般市民にはラグオルの脅威は知らされていないから。むしろ心配なのは――

「ワシの立場じゃと!?」
「ええ、それはもう心配されてます。違法行為に手を染めてしまうのでは、と」
「ワシはただ、移民として当然の権利を行使しとるのだ!」
「そう申されましても、総督府の方で現在ラグオルは一般市民の降下を禁じておりまして」
「そんなことを言っていたら、いい土地が手に入らないではないか!」
「申し訳ありません、ペッカリーさん。ラグオルの土地の分配に関しては、既に定められてまして」

 苛立ちがささくれ立って、平常心が揺らぐ。しかしヨラシムは全くそれを面に出さない。若い頃はそれこそ、瞬間湯沸かし器の如くブチ切れた事もあったが……それも今は昔の話だ。
 そう、昔の話。キレて叫んで暴れたヨラシムを、叱ってくれた女性が側にいてくれたのも昔の話。
 追憶の面影は今も変わらず、やれやれと思わず肩を竦めるヨラシム。彼は少し、攻略法を変えてみることにした。臨機応変は自分の長所だという自負もある。

「それにしてもペッカリーさん、本当に良い息子さんをお持ちです……いや、羨ましい」
「フン! 先の読めぬボンクラじゃよ、ワシと違って商売には向いておらん」

 クラインポケットからカプセルを取り出す、ラクトンの纏う空気が僅かに緩んだ。
 我が子を誉められて、嬉しくない親はいない。
 依頼を受けてクライアントに会い、ラグオルへと降下する前。ヨラシムはそれとなく、ハンターズ仲間からラクトン=ペッカリーの話を聞いていた。情報収集によれば、世間での評判はすこぶる悪い。商才に乏しい割に自惚れが強く、小利口で小賢しく小ずるい。
 それらは全て、ヨラシムの受けた第一印象を肯定する内容だった。

「しかし、心の優しい息子さんです。本当にペッカリーさん、貴方を心配しています」

 ギルドカウンターの前で会った、ラクトンの一人息子。その人となりは穏やかで、良識に満ち溢れていた。何より父親を思う気持ちは、ヨラシムに一人の少年を想起させる。

「私の知り合いもちょっと、その、大怪我をしてしまいまして。で、一人息子がいるのですが」

 カプセルを地面に置こうとする、ラクトンの手が止まった。彼は今、ヨラシムの言葉に聞き入りはじめている。
 しめたものだと思いつつ、内心ヨラシムは少し気が重い。今から話すのは全て実話で、しかもヨラシム自身が大きく関わっているから。そしてまだ、落ち着いて言葉に出来る程、ヨラシムは心の整理が出来てはいなかった。
 それでも口をついて出たのは、余りにも似ていたから。ラクトンの息子が、とある少年に。落着きがなくお調子者で無駄に前向きなところは、ラクトンの息子とは大違いだが……その少年もやはり、父を思い案じて行動を起こした。

「その一人息子ってのが、ついこの間突然ハンターズになってしまいましてね」
「……ほう、またどうして」
「父親の治療費と生活費を稼ぐ為ですよ。健気じゃないですか、貴方の息子さんと一緒ですよ」
「い、一緒!? 何がじゃ」
「父親を思う気持ちです。本当なら貴方の息子さんだって、ラグオルに自分で降りたかった筈」
「どうかの、ワシはあちこちで嫌われとるからな。きっと息子の奴も」
「あるいはそうかもしれません。ではペッカリーさん、貴方はどう思いますか? 息子さんを」

 言葉に詰まってラクトンは俯き黙る。長い沈黙の後、彼は足元を見詰めながら呟いた。

「歳は? その、父親の為にハンターズになった、坊やの歳を聞いとる」
「今年で十六になります。学校を飛び出してしまいましてね」
「若い……そんな子供がハンターズに。どうしてそんなことになったのかのぉ」

 ラクトンは面を上げて遠くを、森の彼方へと視線を巡らせる。彼の何気ない一言は、丸い刃となってヨラシムの心を刻んだ。未だ傷が膿んで出血する、心の奥底に。

「それは……父親の相棒が、無能、だったからですよ」

 ギリリと握った拳の中で、特殊素材のハンターズスーツに爪が食い込む。ヨラシムは辛うじて言葉を搾り出す。紳士の表情は崩れなかったが、その笑顔は僅かに翳った。短く刈り込んだ頭を、一度だけ掻き上げる。
 話さなければ良かったとの後悔もあったが、結果が少しだけヨラシムを救う。

「……帰るかの、パイオニア2に」
「本当ですか? ペッカリーさん」
「うちのボンクラは優しすぎての……いい土地の一つも残してやりたいと思ったが、これはいかん」
「息子さんはきっと、元気なペッカリーさんが帰るだけで喜んでくれますよ。では早速」
「いや、その前に……これと同じカプセルを三箇所に置いたんじゃが、これを回収――」

 ラクトンの言葉を、ヨラシムは手で遮った。その顔は瞬時に緊張感に強張り、鋭い視線が油断なく周囲に気を配る。
 獣の殺気をヨラシムは、敏感に察知した。

「何じゃ? どうしたんじゃ急に」
「シッ! 黙ってな……コイツはちょいとヤバいぜ」

 素早く背に手を回して、クラインポケットからソードを引き抜く。本星コーラルや長い航海中での仕事では、脅しやハッタリに役立つ大袈裟な得物だったが。まさかこれで、野性の動物を殺す日が来るとはヨラシムは思ってもみなかった。しかし実際、彼はもう数え切れぬ原生動物をその剣の錆と変えていたが。
 低い唸りを上げてソードにフォトンの刀身が浮かび上がる。それをヨラシムが構えると同時に、彼の背後で大地が弾けて咆哮が轟いた。

「うひょー! 何じゃありゃー!?」
「伏せてな、オッサン! ちょいと荒れるぜっ!」

 振り向くヨラシムは見た。既に御馴染みとなりつつあるブーマが、鋭い爪の光る両腕を翳して吼えていた。その後には、見慣れぬ毛色の違う亜種。原生動物の数は、ざっと見て十を超えるか超えないか。
 即座にヨラシムは、ラクトンに一番近いブーマへ向って駆け出す。身を低く屈めて、這うように。引き摺るソードの切っ先で大地の若草を散らしながら接近。彼は相手に肩口からぶつかって重心を崩すと、よろけるブーマを一太刀で切り伏せた。

「しゃあ、来ぉい! お前等の相手は俺だ!」

 怯えるラクトンが足元に這い寄ってくる。その身を庇って、自分の背後に下がるよう顎をしゃくると。ヨラシムは群をなして迫る原生動物達へと気勢を叫んだ。
 一歩も退かぬ構えで足を止めて、真正面からブーマと切り結ぶ。多勢に無勢だったが、巨大な得物が功をそうした。鋭い粒子の刃が煌くソードが、まるで巨木を薙ぎ倒すように複数のブーマを切り裂いてゆく。

「こ、これはどうしたことじゃ、どうしてこんな恐ろしいことに……」
「見るんじゃねぇ! 目ぇ瞑ってガキと女房の名前でも唱えとけよ。こりゃ……悪い夢だ」

 半数ほど片付けた所で、いきなり振るうソードが重くなった。身体が疲労を訴え悲鳴を上げる。それを無視して、ヨラシムは始めて見るブーマの亜種へと剣を振りかぶった。
 始めて見る個体だからデータを取るとか、そんな余裕は無い。仲間達が一緒ならば、それも可能だっただろうが。今はただ、ラクトンを守って全力でソードを振り下ろす。
 普通のブーマとは違う、固い感触にヨラシムの手は痺れた。

「チィ! 黄色い奴ぁちょいと違うぜ、気をつけろザナードッ!」

 ヨラシムの一撃を受けて尚、ブーマの亜種は鋭い爪を繰り出してくる。それを必死で避けながら、気付けばヨラシムは叫んでいた。今は連れて来ていない、嘗ての相棒の一人息子へ。
 そのことに自分でも気付いて、ヨラシムは不敵に笑った。

「こりゃいけねぇ、ちょいと喋りすぎておセンチになっちまったか? らしくねぇな」

 ソードを持ち代え、手負いの獣へ構えて手元を引き絞る。緑色の刀身がブォン! と高鳴り、その輝きが一際強くなる。体中の血液が沸騰し、筋肉が躍動。猛るヨラシムの氣に合一した粒子の刃が、雄叫びと共に新種のブーマを両断した。
 噴出す血を浴びるより速く、ヨラシムは払い抜けて膝を突く。流石の彼も、突然の襲撃で数に押され、その上ラクトンを背負っての戦いで疲労していた。
 それでも彼は、呼吸を落ち着け立ち上がると、テレパイプで帰路を開く。

「ペッカリーさん、帰ってくれ……今すぐだ。帰って、全部忘れてくれ」

 危険が渦巻くラグオルの現状も、ヨラシムが話したことも全て。決して忘れられない、忘れてはいけないヨラシム自身の代りに。
 何度も礼を言って、ラクトンの姿が光の柱へと消える。それを見送り、ヨラシムは大きな溜息を一つ。獣達の死骸は、その肉を狙う他の獣を呼ぶ。ブーマの亜種も気になったが、心身共に深い疲労を感じて……ヨラシムもラクトンの後を追って、パイオニア2へと伸びる光を集束させた。

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